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Side-S:16章 Promised Reunion 2


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 無人の闘技場で、サガは一人、女神の客を待っていた。
 聖域の者が外部の人間と接触する際には大抵、くすんだ色のローブを纏い、フードを目深に下ろす。そうすることでここが外とは隔てられた特殊な場所であり、彼等自身が外界との縁を断ち切った存在であることを知らせる為だ。
 もっとも聖闘士であればその下に聖衣を纏っているし、雑兵であってもまたその下には専用の防具を身につけている。単にこの慣例は来訪者に己の階級――それはつまり、各々の強さを現す――を悟らせないためのものに他ならない。また聖域という特殊な組織の、いわばエージェントである彼らの顔を晒さないためにも、このローブは必要不可欠だった。
 今のサガもその慣例に倣っている。すっぽりと顔を覆い隠したフードはサガの顔を見えにくくしてくれると同時に、サガの視界をも著しく遮る。
 だが既に秋とはいえ、今日は厳しい陽光が降り注いでいる。色素の薄いサガの目にはフードによって作られる日陰はありがたかった。
 やがて急激にその光が翳った。
 空気が巻き上げられ、もうもうと砂塵がサガに吹き付ける。やはりローブに助けられた。開いた口元を覆うだけで風と砂を避け、お陰でサガはそれ以上微動だにしないですんだ。
 大きさのわりに、音がずいぶんと小さい。
 第一印象はそんなもので、サガは少々拍子抜けした。もっと無骨な兵器のようなものを想像していたのだが、サガの目の前、闘技場の真ん中に静かに着地したものは、白を基調にした流線型の優美な姿をしていた。上に黒いモビルスーツが載せられてさえいなければ、きな臭さなど微塵も感じられないのに違いなかった。飛行機ともまた違うそのシルエットはサガが今までに目にしたどんな乗り物とも違う。異世界のものなのだと、嫌が応にも納得できた。
 そしてもう一つ、腑に落ちたことがある。
 女神直々に命じられたこの役目。サガに課せられたのは、どうやら客人の案内だけではない。
 軽い排気音と共に開いたハッチから人影が現れた。全部で三人。
 ハッチの開放と同時に地面に降りたタラップを足早に降りてきた彼等に向けて、サガはフードをかぶったまま一礼する。誰もが一言も発することなくサガに目を向けた。サガもまた、フードの奥から彼等を検分する。
 全員男だった。年の頃も全員同じようなものだろう。だが共通項はそれだけだった。メンバーは実にバラエティに富んでいる。
 童虎を彷彿とさせる中国服の東洋人が一人。黒い僧衣(カソック)に、これ見よがしに十字架をぶら下げた西洋人が一人。そして一見しただけでは出身地の予想のつかない男が一人。
 最後の男は、見たことのある顔だった。そして彼が来ているジャケットも、サガがしばしば目にしてきたものと同じだ。
 成る程。女神がサガに期待した行動がわかった。知らず、笑みが浮かぶ。思いもかけないかたちで評価されるというのは、気持ちのいいものだ。サガは身を引く。手を述べてアテナ神殿の方向を示した。
「女神がお待ちです。こちらへ」
 カソックの男が少しばかり首を傾げてサガの顔を見ようとしたようだが、それを許さずサガは背を向ける。
 しばし無言で歩いた。
 やがて十二宮の入り口――白羊宮までやってきたところで、背後から小さく呻き声が聞こえた気がしたが、黙殺した。長い十二宮の石段を見れば、大抵の人間が同じ反応をするものだ。彼等も意外と普通の人間なのだと、それで思った。
 だが双魚宮を抜けた辺りで、サガは入り口で抱いた所感を変えた。
 普段行き来し慣れているであろう文官や女官よりは余程短い時間でここまで到達している。しかも息を乱している様子もない。さすがだった。
 ここでサガはようやく振り返る。
「この先をまっすぐ行けば、突き当たりに大きな扉がございます。女神はその先におられます。どうぞこのままお進み下さい」
「俺達だけで勝手に行っちまっていいの? おまえさんは?」
 黒衣の男が聞いてきた。躊躇わずに歩を進めようとしていた他の二人も、その言葉にしばし足を止める。
 どう返答しようかサガは一瞬迷った。おそらくこのまま三人をサガ自身がアテナの元まで連れて行っても構わないのだ。教皇はそのように考えているのだろうし、初めはサガもそう思っていた。
 だが女神の意図は、どうやら違うところにある。どうすればいいのかまでは、女神は指示しなかった。裁量はサガにある。そしてサガは彼等の姿を見てすぐに、何を為すべきか悟っている。共に行くわけにはいかなかった。
 結局何も答えず、サガは三人に向かって一礼するに留めた。
 それを受けて、何事もなかったように客人達は謁見の間に向けて歩き出す。唯一口をきいた男が、最後までサガに目を向け肩をすくめ首を捻っていたが、結局はやはり無言で行ってしまった。
 見慣れぬ後ろ姿をしばし見送った後、サガは踵を返す。
 伝令の役を果たしに行かなければならない。


 ***


 ざわめきがぴたりと収まった。
 ようやくの女神の登場に、倦んでいた気配が霧消する。
「いらしたようです」
 それだけを言って、女神は玉座に腰を下ろした。象徴たる黄金の杖を掲げて。来るべきときを、待ち受ける。
 見据える先で、扉は開いた。


 ***


 現れたのは、なんということもない格好をした男だった。
 ジーンズにジャケットというごく普通の――この場にはあまりそぐわない装いで、気負うことなくつかつかと入って来る。
 後にもう二人いたが、彼らは開かれた扉の向こうで立ち止まったまま、それ以上動こうとはしなかった。
 両脇に控える黄金聖闘士達の視線は自然と、歩み寄って来る男に集中することになった。そして誰もが気づく。男の羽織っているジャケットに、見覚えがある。誰からともなく呟きが漏れた。
『あいつは……』
の着ていたやつと同じ服だな』
 そしてなによりその顔は、つい先日、映像を通して見たものに相違なかった。
『あのときの、あの男ではないか?』
『降伏を宣言した奴か!』
 一旦は静まっていた間が再びざわめきに包まれた。だが男は騒々しい両脇に目をくれることはない。それでいて男には隙というものがまるでなかった。全方位に意識を向けて、周囲の状況を余すところなく把握しているのは間違いない。
 完膚なきまでに戦士だった。だが――違う。聖闘士の誰もが感じた。それでも彼は自分達と同じ『戦士』ではないと。彼にはもっと機械的で、非人間的な異様さがあった。
 例えば研ぎ澄まされた刃。例えば狙いの定められた銃口。そんなふうななにかを、男のまなざしは彷彿とさせた。
 小宇宙など微塵も感じさせない普通の人間であることは疑いようもない。それなのに、ここに集った最強の戦士達の誰もが奇妙な戦慄に襲われる。
 やがて男は間の中央辺りまでやってくると唐突に足を止めた。正面に座す女神に向かって、臆することなく視線を投げかける。礼も執らない。
 その態度に対して、ざわめきはいっそう大きくなる。だが苦言が投げかけられることはついになかった。居並ぶ聖闘士達の気勢を制して、なんと女神から先に言葉を掛けたのだ。
「お久しぶりです。ヒイロ」
 涼やかな声には、先程まで見せていたわずかな緊張の色はなかった。押しとどめているのか、実際に対面したことで気がほぐれたのか。どちらなのかは誰にもわからない。
 対してヒイロと呼ばれた男の方も、その表情から何を思っているのかをうかがい知ることはできなかった。ただ控えめな声で答える。
「……できればこんな日は、来ない方が良かったのだが……」
 鋭すぎる気配に比べて、あまりにも静かな声だった。抑揚に欠けるその話し方に、誰もが既視感を覚える。
「そうかもしれませんね。でも、私はもう一度あなたに会えて嬉しく思います。……あまりお変わりないようですね」
 にこやかに微笑みながら、女神はヒイロに話しかける。その様は言葉通り、旧知の者との再会を喜んでいるようにしか見えなかった。
 向けられた至高の笑みを、ヒイロは無表情に見返す。それでもほんのわずかに間を空けてから返された返答は、先ほどの第一声に比べて深い響きを伴っていた。
「女神アテナ――あなたは随分と変わられたようだ」
 その言葉に、女神は目を伏せる。過ぎ去った過去を思い起こしていたのだと、次の言葉で知れた。
「そうでしょうね。あれから二千年以上……いえ、三千年近く経ちました。その間に私は神の肉体を捨て、それからは人間として何度も生まれ、そして死にました。姿だけではなく、精神的にも随分変わったことでしょう」
 静かに語るその口調は、女神が過ごしたあまりにも長い時間が凝って重い。それでも女神はその重圧に押しつぶされたりはしないのだ。再び目を上げる。ヒイロを見据えた。試すかのように。
「でもあのとき、リリーナさんから受け継いだ想いは、変わってはいないつもりです。――ヒイロ、あなたはどうですか?」
 眉一つ動かない鉄仮面のような顔の口元だけが動く。そこから繰り出された答えは、表情と同じく揺るぎがない。迷いも後悔も、なにもなかった。
「変わっていない。だから未だにこんなことをしている」


 微塵の迷いもない言葉が力強く耳を打つ。
 そんなところも本当に変わっていない。心底安堵し、アテナはそっとため息をついた。肩の荷が、下りた気がする。
 ようやく約束を果たせるのだと思うと、本当にほっとした。
「本題に入りましょう。あなたがここにいらしたということは……」
「ああ――あれを、引取りに来た」
 憚るように声が幾分低くなった。アテナはうなずく。本当は確認などしなくても、知っている。だがやはり口に出さずにはいられなかった。
「また、あれが必要な事態が起こっているというわけですね」
「そうだ」
 ひそやかながらも打てば響くような明確な返答。しかしヒイロはそれ以上なにも言おうとしなかった。
 本当に、もう言うべきことはないのだろうか。アテナは探るようにヒイロを見つめる。だがヒイロは何も答えない。
 少し待ち、アテナはやがて諦めた。
 ちらりと居並ぶ黄金聖闘士達へ視線を向ける。ことの成り行きを固唾を呑んで見守っている聖闘士達の中に、一人だけ苦虫をかみつぶしたような顔をしている男がいる。遠目なのでそのようにしか見えないが、もしかしたら睨みつけているのかもしれなかった。
 だがヒイロはそれに気づいた様子はない。彼が自らに向けられるそのような視線に頓着しないということは、身に覚えがないということだろうか。――おそらく知らないのだ。
 ではアテナが口を出すべき事柄など、もうない。手は打ってある。どうとでもなるだろう。
 溜息をつき、口を開こうとしたそのときだった。
「……長い間、世話になった」
 あまりにも殊勝な言葉が聞こえてきて、アテナは驚愕する。やはり長い時間は、少なからず変化をもたらしていたらしい。
「これで、終わらせる」
 厳かにヒイロは宣言する。確固たる意思。揺るぎない信念。その何もかもに打たれて、アテナは応える以外の選択肢を失った
「――わかりました。お返ししましょう」
 黄金杖(ニケ)を手に立ち上がる。小宇宙を高めた。傍に控えていたシオンにまじまじと見つめられている。驚いていた。当然だ。
 これまで教皇といえども何人たりとも知ることのなかった秘儀を、アテナは行っているのだから。
 ニケが輝く。初めは微かだったそれは、やがて目を覆わんばかりの目映い光輝となった。風のような光が神殿の各所を覆う緞帳を激しくたなびかせる。
 柱に床に光は余すところなく浴びせられ、古い石材に浸透していく。吸い込まれるように光が収まると、地の底から重い響きが伝わってきた。どおんと神殿を震わせ、それはついに解き放たれる。
 低い振動はじきにさらさらとなにかが流れ出でる音に変わった。しばらく続く。
 その段になって、アテナはようやくニケを構えていた腕から力を抜いた。止まない音を確かめるように、目を伏せる。
「アテナ……これは……?」
 動きを止めてしまった女神に声をかけたのはシオンだった。少々険しい声に、アテナは顔を上げる。知らされていなかったことに憤っているのか、それとも単に驚いているだけなのか。判別はつきかねた。
 だがどちらにしてももう隠す必要はない。解いたのだから。
「アテナ神像の下に封印の間があることは、シオン、あなたも知っていますね」
 聞けばシオンは重々しく頷いた。
「それは……勿論」
「ですが、目録があるわけではありません。重要なものは、伝えられてはいますが」
「確かに」
 ここまでは教皇ならば知っていて当然の事柄だ。問題はこの先にある。
「取り立てて記述がないもののひとつに、かつて『女神アテナ』が異世界の人間から預かったものがあるのです」
 アテナは実に数千年ぶりに、初めてその事実を口にした。
「それが、彼――ヒイロのモビルスーツ、ウイングガンダムゼロ」


 これにはシオンのみならず、居合わせた全聖闘士が驚愕した。
 ――そんなものがこの聖域にあったとは。
 最高潮に達したどよめきの中で、カノンも絶句していた。女神アテナを、そして涼しい貌をしているヒイロを見遣る。
 まさかそんなものが、元々ここにあったとは。
 これを知っていたら、 はどうしていただろう。考えずにはいられなかった。
「今、封印はすべて解除されました。――ヒイロ」
 女神の呼びかけに、ヒイロは目線だけで応えた。
「現代は、あの時と違います。またあのときのようなことになれば……」
 女神に禍言をすべて言わせず、ヒイロは自らその役を引き取った。
「あなた方、神々が滅びるだけではすまなくなる。今度はこちらの地球が――人類が滅びる事態になるだろう」
 あまりに短い言葉であからさまに表現されたその凶事。聞いた者すべての背筋を凍らせた。
 しかしヒイロは宣言する。力強く。
「だが、そんなことにはさせない。絶対にだ」
 言い切り、ヒイロは踵を返した。途中でその足が止まる。女神を今一度振り返った。
「長い間、世話になった。礼を言う」
 抑揚のない謝辞にはしかし、確かに心がこもっている。女神もそれを感じたのだろう。頷いて応えた。
 約束された邂逅はこれで終わりだ。
 ヒイロは背を向け、女神はただ見送る。
 それで、終わるはずだった。


「待て、ヒイロ・ユイ!」


 憤った怒声が去っていこうとする背に投げつけられなければ。


Promised Reunion 2 / To Be Continued


サガが出迎えに出た闘技場に降り立った機体はVガンダムに出てきたホワイトアークのようなものを想像して書いています。
単独での大気圏突入が可能かつモビルスーツ4機搭載可能な小型戦闘艇、しかもメガ粒子砲とビーム・シールドまで備えていて戦闘力は巡洋艦並みときたら、あまり大きな艦艇を持つわけにもいかない(だろう)プリベンターには打って付けかな、と(゚∀゚)
小型で高機能っていいですよね!
全長32mとのことなので、闘技場にもきっと降りられます。降りれるんです!←
以上、補足でした。

2012/02/29


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