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Side-S:03章 共有2 (03章終了)


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 異様な轟音と炎が上がったのは、教皇宮に用意されている仕事用の自室からも確認できた。
 通常の異変――というのもおかしな言い方だが――と明らかに違う変事だ。昨今の情勢から、何かが墜落でもしたのかとサガは思った。誰かに様子を見に行かせようと廊下に出たところで、珍しく驚いた様子の教皇も現れた。
「事故か? 何か落ちたな」
「今から人を遣ろうとしていたところです。飛行機か何かだと思うのですが」 
「……ならば人道的観点とやらから、救助隊でも差し向けなければならないか」
「確認が取れ次第、警察かギリシア政府に連絡する必要もありますね」
 さして急ぐでもなく、二人は悠然と会話を交わしていた。緊急の事態であると判断しなかったためだ。大きな聖戦も終了した現在、敵意ある小宇宙も何も感じられなかった以上、それは無理からぬ判定だったといえよう。
 しかし暫し後、二人とも表情を険しくすることになった。地響きのような轟音、大砲のような発射音が何度か聞こえて、また爆音。それからまた静かになる。
 足を止めて、サガが眉を顰めた。
「事故にしては変ですね」
 うむ、とシオンも頷いて、首を傾げる。腕を組んだ。眇めた目の眼光が険しい。
「教皇? いかがなさいましたか」
 見咎めたサガの問いに、シオンははっと腕を解いた。
「……いや。なんでもない。とりあえず、急ぎ雑兵を何名か様子を見にやらせたほうが良かろうな」
 教皇宮の中でも奥に位置するデスクワーク用のこの一角には通常、雑兵はいない。教皇宮の玄関とも言うべき教皇の間の入り口に警備要員がいるきりだ。彼等も今の爆音が気になりつつもその場を動けないでやきもきしていることだろう。二人は教皇の間へ急いだ。
 緞帳をくぐって広間に出ると、たった今来たばかりらしい先客がいた。
「シャカ! 一体どうしたというのだ? その手は……?」
 サガが驚くのも無理はない。なぜか片手だけ血塗れのシャカが参上していたのだ。しかも眼が開いたままだった。いろいろな意味で滅多に見られぬものを見てしまった。
 思わず冷や汗をかきかけたサガを尻目に、欠落系の情緒不安定なんじゃないかと思わせる静かさでシャカが口を開く。
「先ず教皇補佐に報告をと言われて参ったのですが、教皇もお出ででしたか」
「……いないほうが良かったか?」
 教皇が眉間にくっきりと皺を寄せた。
 黄泉返ってから仮面をやめた教皇シオンは、意外なほど表情が豊かだった。身体が若返った分精神年齢も低くなったのか、元々そうだったのか。真相を知っているのは女神と、旧友でもある天秤座の童虎くらいだろう。おまけみたいに言われて、少々気分を害したらしい。
 だが嫌味の効く相手ではなかった。
「いえ。一緒に聞いていただいたほうが、サガも後々楽でしょうし」
 シオンの機嫌が更に傾いたのがわかった。頼むから自分を引き合いに出さないでくれという言葉をすんでのところで呑み込む。どうやら自分に用事があるらしい。こんな状態でここまで来たのはいつのも彼らしくない。恐らく急ぎの用件だ。今なら間違いなくあの件だろう。
「先ほどの爆発の報告か?」
「爆発?――ああ、確かに爆発もしていたな」
 彼にしては珍しく、悩むように視線を泳がせた。
 一体何があったのかとサガは先を促そうとして、やめざるを得なくなった。不意に大きく小宇宙が拡がるのを感知したのだ。
 ――馴染み深いこの感触は。
 三人とも一斉に同じ方向を向いた。シャカがひとり、納得したように微笑む。
「ああ、カノンだな。なるほど、あの一画を迷宮化するつもりか」
「……なに?」
「あまり騒ぎが大きくなるのもまずいからな。あの一帯を一時的に異次元に放り込んだのだろう。そうすればあれも隠せるし、火も燃え広がらない。――考えたな」
「一体、何があったというのだ?」
 見えない話に、シオンが痺れを切らせた。もたもたした話し合いを彼は好まない。
 一方サガは押し問答に慣れてしまっているせいか、喧嘩でもない限り先を促すのはあまり得意ではない。これで少しは話が進むかと、ほっと胸を撫で下ろしたのだった。

 *** 

 あの愚弟めと罵り半分、何があったかと心配半分の複雑な心境で、サガはシャカに教えられた場所に向かっていた。
 シオンが信じられないほど要領よくシャカから事情を聞きだしている最中、高まっていたカノンの小宇宙がいきなり拡散してしまったのだ。やはりどこかからの敵だったのかと上役二人は訝しがり、目撃者はそれはありえないと言い切った。銃と巨大兵器を使っていたとはいえ相手はただの小娘、しかも怪我人だった、と。
 確かにカノン以外の小宇宙は微塵も感じられなかった。ここで議論していても始まらないと、シオンはサガに様子を見てくるように命じたのだった。
 現場に到着してみれば、シャカの言ったとおり一帯が異次元に紛れ込んでいた。双児宮の迷宮の応用である。本来ならば誘い込むべく異次元が口を開けているのだが、ここではその口が閉じていた。どちらも本来あるべき空間に人を踏み込ませないというところは同じだ。オリジナルの技自体はサガのものだが、上手くアレンジしてある。こういう使い方もあったかと感心しながら覗き込んでみた。
「…………」
 場合によっては迷宮を解こうとも思っていたのだが、やめておいた。なかなか賢明な判断をしたものだと弟を少し見直し、その本人を探しに来たのだと頭を切り替える。
 技は有効なままだし、小宇宙もまるっきり消えてしまったわけでもない。死ぬような事態には陥っていないと判断した。
 希薄な小宇宙をたどろうと、俯いて神経を集中しようとして目に入った。点々と赤い跡がある。指に取ってみた。紛れもなく血液だ。問題の少女は意識を失ったとシャカが言っていた。確かにこれだけ流れていれば倒れてしまうのは必至だ。ではどこかで介抱でもしているのか。
 血痕と小宇宙の残滓を追っていく。程なくして、小屋に辿り着いた。誰かの修行用の離れといったところだろうか。入る。
 思いのほか立て付けの良いドアは音もなく開き、踏み込んだ室内に漂う微かな血の匂いに眉をひそめた。
 木の板がむきだしの寝台に横たえられた黒髪の少女。彼女に半ば覆いかぶさるように、カノンが倒れ伏していた。その右手は少女の額に添えられている。
 サガは思わず立ち竦む。
 寝台の横にある窓から陽が差して、丁度ふたりを照らしていた。血の気の失せた少女の貌は掛かった黒髪のせいでいっそう白い。その黒髪に絡んだカノンの長い金髪が緩く光を弾いている。少女の白い上着についた血はまだ赤い。
 穏やかで、不吉な光景だった。――あるいは、キリスト教の聖堂によくある彫刻を髣髴とさせるように、血生臭くとも神聖な。
 妙なことを考えるものだ。サガは苦笑した。ここにはステンドグラスもなければ、祭壇もない。そもそも聖母(マリア)が傷ついた神の子(キリスト)を抱きかかえているものはあっても、瀕死のマリアなど聞いたこともない。
 二人に近寄る。先ずは聖母に例えるにはあまりにも年若い少女の様子を見た。シャカの話では左腕を撃たれたということだった。袖なしの上着から除く腕は濃い色の袖で覆われていて出血の状態は分かりにくかったが、血は止まっている。しかし傷口は塞がっていない。血止めだけしかされていないようだ。胸が静かに上下している。とりあえず息があることは確認した。
 次にカノンの肩を揺すってみた。反応がない。少女の額に乗せられた手も動かない。それでわかった。幻朧拳の応用で、彼女の記憶を探ろうとしたのだ。
 失敗して潜りすぎてしまったのだろう。詰めの甘い奴だと一発後ろ頭を小突いてやった。小宇宙を込めた刺激でも与えてやれば気づいて目を覚ますはずだ。心配して損をした。
 頭を叩き、頬を叩き、ゆさゆさと揺すぶることしばし、いきなり目を覚ましたので驚いた。掴んでいた胸倉を思わず離す。大きく仰け反りはしたものの、後ろ向きに椅子ごと倒れなかったのはさすが聖闘士というべきか。椅子だけががたんと倒れ、本人はその場にしっかり立っていた。
 いつもなら寝起きであろうともこんなシチュエーションの場合は罵声のひとつも飛んでくるのだが。
「…………」
 呆然となにかを呟いて、すぐに少女に視線を向ける。もう一度額に手をやった。瞳を眇めて何度か頭を撫でる。ついと目をサガに向け、初めて気がついたかのような口調で平然と聞いてきた。
「何でお前がここにいる?」
 いつもなら怒りで震える拳を必死で押さえているシチュエーションである。しかし妙に疲れきった声の方が気になった。
「シャカが教皇宮に来た」
 それだけで通じたらしい。小さく頷く。
「なにがあった?」
 聞いて少女を見た。こちらはまだ目覚めそうにない。穿たれた傷口が痛々しい。
「何故傷を癒してやらんのだ? 血止めしかしていないだろう」
 ああ、とカノンは乱れた髪をかきあげ、そのまま考え込むように額に手を当てた。
「それでいいんだ――いや、そういうつもりではなったんだが。結果的にはそれで良かったんだな」
「なに?」
 さっきのシャカ以上にわけがわからない。詰問したいところだが、疲れた風情に免じてもう少し辛抱することにした。
「あまり急激に癒してしまうと、体内のナノマシンが自身を不要と判断して死期(アポトーシス)を迎えてしまう。この環境にもまだ慣れていないし、後々のことを考えるとそれは望ましくない。現状では補充ができないからな」
「…………は?」
 目が点になるとはこのことだ。我ながら間の抜けた声を出してしまったと思った。同時にカノンが非常にバツの悪そうな顔をする。倒れた椅子を立て直し、どっかりと座り込んで頭を抱え込んだ。
「すまん。まだ頭が混乱しているようだ」
 なんとなく事情を察した。
「同調しすぎたのだな?」
 咎める口調になってしまった。しかし否定も肯定も返ってこない。頭から外した両腕をだらりとぶら下げて、どこか遠くを見るような目つきをしていた。
 ややあって、口を開く。
「昔――本当に幼いころだ。ツインチャンネルが在ったな」
 またしても意味不明だった。しかも唐突だ。だがそれほど口下手な男でもないし、頭が悪いわけでもない。その程度には評価している。本題に入るためには必要な前振りなのだろうと納得しようと努力した。相槌だって打つ。
「お前がどこか怪我をすると私まで同じところが痛かったりした、あれか?」
「それもあるが……」
 まっすぐに見上げてきた。うっすらと微笑んでいる。どこか寂しげに見えるのは、気のせいだろうか。
 垂らしていた手を伸ばす。腕を掴まれた。サガは動けなかった。ただ、眉を顰める。
「カノン?」
「こうして触れ合っていると、そこから互いの考えていることがわかった」
 今ではもう無理だがな、とカノンはあっさりサガから手を離した。
「……そんな時もあったな」
 もしも、互いにずっとそれほど分かり合えていたなら。何度そう思ったことだろう。そうであったなら、これまでに自分達が起こした悲劇はすべて、起こらなかったかもしれない。
 同時に考える。もしそのままだったら、自分達が分かれて生まれてきた意味は、きっとなかったのだろう。
「それがどうした?」
「その強力版を、体験した」
 さらりと言いながらも、カノンはサガの様子を上目遣いで窺っていた。
「強力版?」
 自然と声が硬くなる。どうにも聞き捨てならないことを聞いてしまった気がする。
「いや、だから」
 カノンの答えも歯切れが悪い。渋々といった調子で続ける。
「互いの記憶――というか、知識だな。それを公開しあったというか……」
 眉間に皺がよるのを止められなかった。決して怒りの所為ではない。胃が痛くなってきた。
「探り出したいことが分かったのはいいが、お前の知識も暴露されてしまったということだな」
「先ず教皇にだけ報告するか、アテナにもお伝えするか。その判断はお前に任せる」
「自分で言いに行け!」
 思わず怒鳴りつけてしまったが、弟は平然と言い返す。すっかり開き直っていた。
「そうしてもいいが。お前がここにいるということは、どうせ教皇に行けと言われて来たんだろう? ならばお前が先ず報告するべきだ。その上で俺が補足する。何か問題でも?」
 口調は強いが、相変わらず疲れた顔をしていた。それで気づく。  
「私に報告させている間に、少し休もうという腹か」
「まあ、そうだ。着替えもしたいしな」
 気だるげに立ち上がる。確かに胸の辺りにべっとりと血がついていた。そういうことならば仕方ない。
「わかった。だが、なんと報告すればいい? 我々のことについてバレてしまいました、とでも?」
「言えばいい」
 ほんの皮肉のつもりだったのだが、あっさり肯定されてしまった。先ほどから気味が悪いほど突っかかってこない。目を見れば珍しいほど真剣だった。サガも居住まいを正す。
「……他に言っておいたほうがいいことはあるか?」
「ああ」
 言いにくそうに一旦言葉を区切る。しかしすぐに意を決した。
「彼女は異世界から来た人間だ。別次元と言ってもいいが。一応、多元宇宙論という理論が成立しているらしい。説明しろと言われればある程度なら答えられると思う」
 不覚にもサガは二の句を告げなかった。そんな兄にカノンは苦笑する
「信じられんだろう? だが俺が直接行けば、同じことをいきなり言うぞ。だから、先ずお前から奏上してくれと言ったんだ。俺がそう言っていたと伝えてくれていい。内容が内容だからな。前振りくらいしておいたほうがいいだろう」
「……わかった」
「ああ、でも」
 戸口に向かおうとして、足を止めた。
「こんなところに一人で放って置くのもまずいか」
 いまだ眠り続ける少女を指差した。
「どうしたらいい?」
 なかなかの難問だ。聞かれてサガは顎に手をやり、思案する。
 カノンの不注意とはいえ聖域のことを知ってしまった彼女をどう処分するか、今の段階ではサガに判断はできない。
 もしかしたら治療しても無意味になってしまうかもしれない。しかしシャカの話では、訓練生を助けた為に撃たれてしまったらしい。それを見捨てるのはどうかと思う。勿論そうでなくとも、事情はどうであれ負傷者を放っておくなど、人間として断じて許されない行為だ。怪我は見たところかなりの深手だ。さっきのカノンの説明は意味が良く分からなかったが、つまりヒーリングをしてはいけないということだろう。ではせめて清潔な環境で普通の治療をする必要がある。
 自分は報告に戻らなければならない。カノンは着替えと、休息を取りに戻るという。現状ではあまり他の人間を関わらせるのは得策ではない。教皇宮に双児宮。どちらを取っても十二宮には入らなければならない。――どうする?
 逡巡はそう長くなかった筈だ。選ぶのは難しいが、もとより選択肢は少ない。
「一緒に双児宮に連れて行け」
 この答えは予想外だったらしい。カノンが目を見開いていた。
「……いいのか?」
 承諾ではなく、確認を求めていた。サガは頷く。
「そうするしかないだろう。幸い今日は白羊宮も金牛宮も不在だ。見咎められはしない。教皇には私から伝えておこう――事後承諾になってしまうがな」
「すまないな。余計な手間をかけさせて」
 珍しくしおらしい弟にどうも調子が狂うが、たまには悪くない。つい、頬が緩む。
「なに。いつものことだ。気にするな」
 片眉を上げただけで嫌味を受け流し、カノンは少女を抱え上げる。傷ついた腕をそっと胸の上に乗せて、たいそう慎重だった。
「代わろうか?」
 相変わらず疲れた顔をしていたので申し出たのだが、やんわり拒否されてしまった。それなら、と思い出したように頼まれる。
「あの迷宮、引き継いでもらえないだろうか」
「いいだろう。……ところで、あれはなんなのだ?」
 ドアを開けてやりながら尋ねた。外に出たカノンは眩しそうに自分が構築した異次元の壁のあたりを見上げた。
「見たのか?」
「ああ」
 サガも見上げた。常人の目には何もないように見えるだろうが、二人の目にははっきりとその姿が映っている。
「モビルスーツ、というそうだ」
「スーツ?」
 怪訝そうに首を傾げる兄に、弟は苦く笑って見せた。
「人が載って、操作する。手足を動かし、走り、跳ぶ。人間のように、人間以上に。そのように動き力を振るう為の、あれはただの道具というよりも、スーツなんだ。厳しい気象条件下や、宇宙空間でも搭乗者を包み、護り、確実にその任を果たさせる」
「それは……」
 まるで。
 一瞬浮かんだ思いが口をついて出そうになってしまった。慌てて口を噤む。それはあまりにも不遜だろう。言えるわけがない。
 ――聖衣を想像してしまった、など。
 そんな兄の様子には構わずにゆっくりと足を進めながら、カノンは続けた。唾棄するように。
「だが、兵器だ。ただの戦争の道具だ」
 それが、彼女の中でのモビルスーツというものに対する位置づけなのだ。
 極力振動を与えないように、それはそれは注意深く少女を運ぶ弟の横顔がそう語っていた。
「……そうか」
 弟がここまで他人を気遣う様を見るのは初めてだ。よほど深く同調したのだろう。
 それは一体どんな感じだったのか。ツインチャンネルの強力版といわれたが、いまいちピンと来なかった。その感覚はずいぶん昔に失われて久しいし、そもそもそんなにはっきりしたものではなかった。
 未だにかたく瞼を閉ざしたままの少女に目を向ける。自分が既に失った領域を、自分以上に体験してしまった少女に。
 それは一体どんな感じだったのだろうか?
 向けた眼差しは、恐らく羨望だ。今ではもう弟と共感し合えなくなったことに対する落胆ではない。また、それを為してしまった彼女への嫉妬でも、勿論ない。
 失ってしまったこと。喪失感そのもの。それを思い出したから、懐かしく思った。それだけだ。
 サガは瞳を伏せた。立ち止まる。例の異次元迷宮の前に来ていた。昂然と顔を上げる。小宇宙を高め、カノンが築いた壁の外側にもう一重、同じ技を施した。同時にカノンが技を解く。
「すまんな。後でまた引き取ろう」
「いや。別に構わん。どうせ彼女の目が覚めたら、あれをどうするか考えねばならんだろう。その前にアテナと教皇に対処をどうするか相談しなくてはな。それなら私が維持しておくほうが良かろう」
 確かに、とカノンは短く同意し、それからふたりは会話もなく十二宮へ戻った。


 教皇宮へ向かおうとして、サガはふと足を止めた。
「……なんだ?」
 血で汚れるのを厭わずに自分のベッドに少女を横たえてから着替えようと部屋を出たカノンは、まだ出かけていない兄を怪訝そうに見遣った。
「忘れ物か?」
「ああ」
 サガは苦笑して、広い肩をすくめた。
「名前を、聞くのを忘れていた」
 それもわかっているのだろう?と問われて、カノンも肩をすくめる。それについては俺も最後に聞き出したんだ、とは言わないでおいた。
 答える。
、だ。 ・ユイというそうだ。――生まれは、宇宙(そら)だ」 

共有2 END


2009/12/30


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