MA★くろすオーバー【おまけ】
後日。
どうにもあのネーミングが気になったシオンは に『ダイダロスアタック』の真意を改めて尋ねた。
しかし は遠い目をするばかりで、多くを語ろうとはしなかった。
ただひとつ、こう答えたという。
「まあ……貴鬼くんが使うのだったら『ダイダロス』は変でしょうね……そこのところは、場合によって臨機応変に変えていかないと……」
そして。
「どうしても知りたいのなら、もしかしたら私よりも、例の青銅の英雄達の方が詳しいかもしれません。ええ、彼らなら、きっと……」
どこか夢見るようなまなざしで、そう付け加えた。
別口でムウからも同じ質問を受けていたらしいが、どうやら反応は同じだったようだ。
***
それから間を置かずして、有事でもないというのにわざわざ日本から青銅聖闘士が五人ばかり呼びつけられた。
聖闘士にとって、教皇命令とは絶対なのである。
渋々参上したものの、なぜか丁重な接待を受ければすぐに口は軽くなった。
そこでようやくことの顛末を聞いた彼らは、初めに爆笑したという。
曰く。
「 さん……あの人、ガンダムだけじゃなくてついにマクロスまで……!」
結局、五人から詳細を聞き出したシオンはムウに、例の技の名前を変えるよう貴鬼に指導するよう、厳しく言い含めたのだそうだ。
***
そんな話を、前以上に美しく仕上がったタイピンを受け取りながら、 は貴鬼から聞いた。
「どうしてそんなに技の名前なんかにこだわってるんだろうね?」
心底不思議そうな貴鬼に、 は言葉を濁すしかなかった。
「まさかわざわざ聞き出すなんて……読みが甘かったかしら……」
「え?」
「まさか呼び出しまで掛けるなんて思わなかったわ。でも嘘はつきたくないし……」
「 さん?」
ぶつぶつつぶやいているところを怪訝そうに見上げられて、 は慌てて両手を胸の前で振る。
「な、なんでないわ。別に、名前なんてなんだっていいじゃない。ね?」
少しばかり苦しげに笑ってみせる。
「ところで、これ、ありがとう。でも……これ、なにかしら?」
話を逸らすように受け取ったばかりのタイピンの裏を指し示した に、貴鬼はああ、と教えてくれた。
「ムウ様がね、魔除けの印を刻んでくれたんだ。あのままでは良くないからって。ついでに、ちょっと特別な方法で聖別したんだって。仕上げはもっと早くできてたんだけど、だから時間がかかっちゃったんだ。ごめんね」
「ううん。いいの。そういえば、デスマスクにも魔除けがどうのって言われてたから、助かったわ。どうもありがとう」
これで巨蟹宮を夕暮れ時や深夜に通っても、何事も起こらなくなるのだろう。
そういう時間にあそこを通って、妙なことがあったのはこのタイピンが壊れたときだけだ。
しかしこれまでにも、深夜などに通ると人気はないのになぜか人の声がざわざわとうるさいことがあって、いったいどこから聞こえているのだろうと不思議に思うことはあったのだ。
――まあ、深くは考えまい。
はふるふると頭を振って、雑念を追い払ったのだった。
***
改めてタイピンの礼を言いに訪れた に、ムウはどこか憔悴した様子で謝辞を辞退した。
曰く、シオンからの教皇命令で、代償としてそうするよう指示されたのだという。
「代償? どういうことですか?」
首を傾げる に、ムウは妙に綺麗な笑顔を浮かべて見せた。
「こちらの話です。どうぞお気になさいませんよう。ああ、そうそう。スターダストサンドについて教皇に面白いお話をしたそうですね。私も興味深く聞かせてもらいました。それについての、教皇よりの礼だと思って下さい」
「ですから、それをなんであなたが代わりに?」
更に怪訝そうに眉をひそめた に、ムウはついに笑顔を引っ込めた。頭を下げる。
「ですから、気にしないで下さい。お願いします。これ以上そのネタで私を責めないで下さい……もう土偶はこりごりです……」
「?」
誰にだって触れられたくない話題というものはある。
よくわからなかったが、 はそう思うことにして、それ以上追求することはしないでおいた。
***
さらにその数日後。
はなにやら疲れ切った様子の貴鬼と行き会った。
「あら、貴鬼? 一体どうしたの? なんだか……ボロボロだけど……」
「あ、 さん……!」
悄然としていた貴鬼は、 の姿を見るなり走り寄って来る。
「 さ~ん!」
ほとんどタックルのような勢いで抱きつかれて、 はよろけた。なんとか堪えられたのは、後ろでカノンが支えてくれたからだ。
「どうしたの?」
重ねて問えば、貴鬼は顔をくしゃりと歪ませた。
「うん、なんかね……あれ以来、すっごい猛特訓されてるんだ」
「猛特訓? なんの?」
「クリスタルウォールとスターダストレボリューションの……」
ああ、と はそれで大方の事情を察した。
そもそも貴鬼の弱みはそこだったのだ。クリスタルウォールは局部的に短時間しか展開することができなかったし、スターダストレボリューションは一点集中させなければどうにも使い物にならないほど威力が弱かった。
貴鬼にあの像の破壊方法をアドバイスするに当たって、貴鬼から聞きだしたそれらの実情を勘案した結果、あのような複合技があったことを思い出しただけだったのだ。
要は、弱点を補える方法を は示したわけだが、それは同時に――
「あの方法を使ったことで、苦手な部分をさらけ出したようなものだものね……かえって悪いことをしてしまったかしら……」
申し訳なさそうに肩をすくめた に、貴鬼は慌てる。
「あ、ううん! 全然そんなことないよ!」
「そうだぞ、 。むしろこいつが本気で聖闘士を目指すのなら、避けては通れない道だからな」
ずっと の後ろにいたカノンがようやく言葉を発した。眉間に皺を寄せ、半眼で貴鬼を見下ろす。
カノンの様子はわからなくても、しがみついている貴鬼の腕に更に力が籠もったのは感じる。それでなんとなくカノンの表情を察して、 は慰めるつもりで胸の辺りにある頭を撫でた。貴鬼も素直に頬をすり寄せてくる。
「―― 」
なぜだか目を据わらせて、カノンは腕を伸ばす。なにかしらと が首を傾げる暇もなく、貴鬼が引きはがされた。
「あまり甘やかすな。こいつは聖闘士候補生なんだ。――それしきのことで音をあげてどうする」
わざわざ貴鬼と目線を同じ高さにして諭してやったのだが、貴鬼には通じなかったようだ。
「確かに候補生だけど、猫になった覚えはないってば! 放してよ!」
首根っこをひっつかまれつまみ上げられてもがく貴鬼を、カノンは無言で要請通りに解放する。
「うわわわ!」
奇声を上げながらも、得意のサイコキネシスを使うことなく着地する様はそれこそ猫のようだった。 はこっそり笑みを漏らす。
「おい小僧。大体お前、一体もう何年ムウの元に師事しているんだ? 一年や二年ではないだろう。それなのに聖闘士でもない に見切られるような弱点を持っているなんて、かなり問題だぞ」
辛辣なカノンの言葉に、貴鬼はとたんにまたしゅんとなった。
「……わかってるよ。だからムウ様も、急に特訓なんて言い始めたんだ。おいらが情けないのさ。わかってるよ……」
「ではこんなところで に甘えてないで、さっさと訓練に戻るんだな。――行くぞ、 」
冷たく言い置いて、カノンは の肩を押す。強引に歩かせた。
「頑張ってね」
追い立てるカノンに特に抵抗もせず、 は貴鬼ににこりと笑みを投げかけた。その場を後にする。
名残惜しそうに見送る貴鬼の脳裏に、声が響いた。
『おい、小僧』
小宇宙を介した念話だ。他の候補生に比べて、貴鬼は小宇宙の扱いに長けている。こういったことは造作もなかった。
『なんだよ』
すでに離れているので、先ほどのようにつまみあげられる心配もない。強気に返した貴鬼だったが、揶揄の色が強いカノンの言葉には敵わなかった。
『あのニヤけた間抜け面が に見えてなくて良かったな。――そんなに気持ちよかったか?』
さも意味ありげに強調された最後の言葉に、貴鬼は真っ赤になる。
『へ…変なこと言わないでよ! って……そりゃ柔らかくてとってもいい気持ちだから大好きだけど、別にさっきはそんなつもりでやったわけじゃ――』
『ほう? まるで、いつも堪能しているような口ぶりだな? 俺は、 に甘えるのはそんなにいい気分だったかと聞いたつもりだったんだが?』
『――――っ!』
ついうっかり語るに落ちてしまったことに貴鬼は気づいた。今度は青くなる。だがカノンは容赦がなかった。
『大体お前、これまでもそうだったが隙があれば に抱きついているだろう? しかもいつもいつも同じところに顔を……あれだけ露骨にやれば、そのうち だって気づくぞ』
『………………う………………』
さらに色をなくしてうろたえはじめた貴鬼の様子が見えているかのようにカノンは痛烈なとどめを刺した。
『このエロガキが。自重しろ』
遠ざかっていく二人を貴鬼は咄嗟に振り返る。案の定、カノンだけがこちらを向いていた。
遠目にもわかるほどぎろりと貴鬼をにらみつけ、これみよがしに の肩に手を掛け――怪訝そうに振り払われていた。
――自重するならあんたもじゃないか。
ざまあみろこのクソオヤジ、と少しほくそ笑みながらも反論は心の奥にしまい込み、貴鬼は前を向く。歩き出した。
とりあえずガキだとか候補生だとか、馬鹿にされないように頑張ることについての意欲だったら、勿論ある。ありすぎるくらい、ある。
そうして、ただ抱きしめられるのではなく、自分から抱きしめることができるようになりたい。――大きくなりたい。
「よーし! 頑張るぞー!」
今度は自分の意思で自らの前の立ちはだかる壁と向き合い、自らの拳のみでそれを壊す。
少年はそう決意した。
MA★くろすオーバー【おまけ】 END
以上、蛇に生えてしまった足でした。
当初の目的としてやりたかったのは1にマクロスネタ、2に本編に入れるのが難しいと判断した伏線、
3に巨蟹宮の怪談、それから4に貴鬼のちょっとした成長物語、のつもりでした。
成長っていうより、ませておしまいになってしまった気がします。ごめん、貴鬼(笑)
それからおまけを書いているうちに、5も浮かんでしまったので書いてみました。
5ていうのはつまり、第二次性徴前のガキと張り合おうとする情けない三十路男です(笑)
当サイトでの小説の設定上、貴鬼は10歳くらいのはずなので、最後部分の描写に自然となりました。
そのくらいの男の子って、見た目はガキでも下心だけは結構育っていると思うので(笑)
でも下心も勿論ありますが、それ以前にまだまだ甘えたい年頃じゃないかな。
多分、貴鬼の周りにいる女性といったら聖闘士とか候補生とか女神とか、とても甘えられる相手なんかいないはず。
なので、とりあえず上記の項目に当てはまらないお姉さんがいたら、こんな甘え方もするんじゃないかと。
ま、妄想ですが(笑)
それから書き上げてから気づいたのですが、なぜか羊一家物語の様相も呈してます。
あんまり書く余地がないんですが、この3世代師弟は好きです。
特にシオンがかなり好きなんじゃないかと、最近思うようになりました。
だって登場頻度がハンパない。気づけば出してるし(笑)
出すといえば、今回はデスマスクに登場してもらいましたが、
本編でなかなか書くことのできない他の黄金も短編で書きたいです。
ネタが浮かんだら、また突発的にやるかもしれません。
そのときはまたよろしくおつきあい下さると嬉しいです。
おまけに加えてだらだらした後書きまで読んで下さって、どうもありがとうございました(^^)