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謁見1
件の少女がカノンに伴われて姿を現した。
かなり広い謁見の間とはいえ、両袖には黄金聖闘士がずらりと居並び鋭い視線を彼女に投げかけている。いくら小宇宙を感じ取る能力のない一般人でも、普通ならば足が竦む状況だ。
そして正面。幾重にも連なった緞帳を背に、数段高い玉座から彼女を迎えたのはこの場の主、聖域教皇その人である。放つ威厳は何の関係もない凡人ですら厳粛な心持にさせるだろう。
その中へ、彼女は気負いした様子もなく進み入る。速くもなく、遅くもなく。悠然とした足取りで中ほどまで歩み入り、いっそ優雅とさえいえる動作で片膝を付き、礼を取った。ほとんど黒と見紛うダークブラウンの長い髪がさらりと落ちて横顔を隠すほど深く頭を垂れ、口を開く。
「この度はこちらへ無断で侵入しお騒がせした挙句、負傷したところをお助けいただき、心よりお礼申し上げます」
全く感情を窺わせない声だった。このような場にありながらも全く臆した様子もない彼女に、居合わせた者のほとんどが各々の心中で驚嘆していた。
教皇――シオンも例外ではなかった。
面白い娘だと思った。
「面を上げよ」
重々しく告げる。彼にしては珍しいことだった。あえて自ら声をかけたのは、それほど彼の興味を引いたからだ。
そして彼の期待は裏切られることはなかった。
一言で言えば、美しい少女だ。
十代後半くらいに見える。比較的小柄な方だろう。北欧系の顔立ちをしているが、髪の色も濃いし、東洋の血も混じっているのかもしれないと思わせる華奢な体つきをしている。
儚げにすら見えるのに、眼を合わせた途端その印象は飛散した。
一対の群青に射抜かれて、シオンは一瞬言葉を失う。動揺を隠せたのは、過ごしてきた歳月の賜物に過ぎない。
あまりにも苛烈な瞳だった。
自分たちと酷似した、戦う者のそれ。
一方でどこか違うとも感じさせる。どこまでも深く、静かだった。それでいて激しい。
その矛盾は彼に、その内にマグマを湛える地球を連想させた。最近になって目にする機会が増えた様々な映像――その中のひとつ。漆黒の空間に包み込まれる、青い星。宇宙の中の。――星。
慄然とした。つい最近、似たような輝きを見たことを思い出した。
「余はこの聖域を統べることを我等が女神より任されて教皇という任についておる、シオンと申す。……そこのカノンより我らに関する知識は得ていると聞き及んでおる。こちらもある程度は報告を受けたが、改めて訊こう。名と、身上を明らかにせよ」
彼女は無言でカードを取り出した。
「こちらではあまり意味がないかもしれませんが、これが身分証です」
言って、彼女の後ろ脇に同じように跪いて控えたカノンを見遣る。カノンは彼女の意を汲んでそれを受け取ると、正面の教皇を見上げた。心得たようにシオンが頷いて見せれば、カノンは玉座の一段下まで歩み寄ってそれを両手で差し出した。
受け取ってみればごく薄い金属製のカードで、中央部に細かいパターンを描く模様のようなものが埋め込まれている。余白には何かのシンボルマークと彼女の顔写真、所属を明記する文言等が印刷されていた。
「地球圏統一国家、大統領府中央情報局国家保安部所属、 ・ユイと申します」
内容自体は信じ難いが、とりあえず納得せざるを得ない。目撃者による経緯を聞く限り、彼女が聖域に入り込んだのは全くの偶然のようだった。もしこの聖域に何某かの悪意を持ってやって来たというのなら、このような小道具をわざわざ持ってきてもあまり意味はない。むしろこの内容では警戒されるのがオチだろう。
面白い材質でできている。カードそのものに対してシオンが一番興味を抱いたのはそんなことだった。無論口には出さない。裏表とも見かえして、カノンに渡した。
「……異界には、斯様な名の国があるのか」
カードを彼女に返すようカノンに下がるよう促してから問えば、 は淀みなく返答する。
「国家という概念は半ば消滅しております。太陽系内でのエリア単位、惑星単位の自治体全てを統括する政府が地球圏統一国家と呼称されているに過ぎません」
その言葉に、小さいながらもどよめきが起こった。
「太陽系って…」
「惑星とはどういう意味だ?」
下がったカノンが に身分証を返した。 がそれをしまい込んだ頃には静寂が戻っていた。
「では ・ユイ。そなたは軍人というわけではないのだな?」
我ながら意外そうな声を出してしまったとシオンは思った。
カノンだけでなく、シャカやその場に居合わせていた者達の証言では巨大な兵器を操っていたと聞いている。しかも先ほど自ら抱いた第一印象。戦うことを生業としているものだとばかり思っていた。
「当局には軍という組織は存在しておりません」
「軍隊が、ない?」
「対立するものがない以上、軍などというものを保持する必要はありません」
の答えを、シオンは理解できなかった。そんな話は聞いた事がない。
「軍隊がなければ、戦争が起こったときに対応できぬのではないか」
「対立する国家がないのならば、戦争は起こり得ません。――完全平和という思想の元に確立された体制です」
それは本来ならもっと誇らしげに言われるべき言葉だろう。しかし はあくまで淡々と告げ、シオンはその内容に引っかかりをおぼえた。
「戦争がなくとも、強力な兵器はあるようだが? そしてそれを使った戦闘もある。それで”完全平和”と言うのか」
は黙った。回答に詰まったというよりも、彼女のマニュアルにはこの問いに対する答えが存在していないのだと、なんとなく分かってしまった。
「……そなたに申しても詮無いことを申してしまったな。話を戻そう」
「いえ……ご指摘のとおりです」
見れば が瞳を伏せていた。視線が外されて安堵している自分に気づいて、シオンは困惑する。
「それは完全平和の理念を掲げた国家発足より二千年以上、ずっと我々が抱え続けている懸案です」
ぽつりと言って は顔を上げた。またあの視線と対峙することになった。仕切りなおしだ。
「二千年といえば、そなたも同じくらいの年月を過ごしてきたというのは真か」
「はい」
事前にカノンから受けた報告の中で一番信じられなかった事項である。短く肯定されて、思わずまじまじと目前の少女を眺めてしまった。どう見ても十代後半にしか見えない。同席させた黄金聖闘士達も、シオンの言葉に少なからずぎょっとしているのが気配で分かった。その中でただ一人、カノンだけは無表情を装いながら訳知り顔で澄ましている。
場の困惑を感じ取ったのかどうかは定かではないが、 は自らフォローを入れた。
「冷凍睡眠と覚醒を繰り返しておりますので」
「……つまり、見た目どおりの年齢だと思って良いのだな」
「はい」
「しかし何故……そのようなことを?」
しているのか、させられているのか。
「任務のない時は冷凍睡眠に入っています。有事の際には呼び出されます」
台本でも読み上げているかのようだった。しかもこの答えでは、肝心の部分はわからない。
人として当然の好奇心を刺激されて確認したくなった。
彼女が何を感じているのか――何も感じていないのか。
「用事のない時は氷漬けにされていると、そういうことか」
は軽く頭を伏せるにとどめた。明確に答えないところを見ると、概ねその通りだがそれだけではない、と言った所だろうか。
ふと、最初の問いかけが中断していたことに気づいた。
「そもそもそなたの所属している機関というのは、何をするところなのか」
「通常は大統領をはじめ、要人の警護と諜報活動をメインに従事しております」
よどみなく返ってくる答えは、やはり何かを読み上げているように聞こえる。今はとりあえず無言で先を促した。
「国家の発足時から武器や兵器の製造や流通を禁止、もしくは厳しく管理しておりますが、やはり過激派武装勢力が散発的に現れます。常日頃の諜報活動によって凡そ9割の武装蜂起を未然に防いでおりますが、どうしても止められない事態も発生します。そのような時に、唯一公式に武力の行使を認められているのが、わたくしの在籍している中央情報局です」
「兵器の製造が禁止されているというなら、なぜ過激派――テロリストが武装できる? それにそなたが操っているという巨大兵器をどう説明する?」
「現在使用されているほとんどの兵器は遺跡より発掘されたものです。わたくしのモビルスーツは発掘されたものではありませんが、作られたのはやはり三千年以上前です」
モビルスーツ、というのが例の人型の機械なのだろう。まだ見ていないのでよく分からなかったが、追求するとまた話が逸れてしまいそうなのでやめておいた。
「つまり、古の兵器をずっと使いまわしているというわけか」
「基本的には、そうです。改造や補修は頻繁に行われていますが」
それはまるで聖闘士にとっての聖衣のようだとシオンは思った。新たに作られることなく、古代より脈々と受け継がれてきたもの。
では、 の役割は何なのだろうか。
自身の操る兵器と同じ時間を過ごして来た少女。――必要なときにだけ使われながら。
それは聖衣に対する聖闘士のありようとは全く違う。
「……兵器については分かった。しかし、分からぬのは冷凍睡眠とやらについてだ」
自分達の世界に置き換えて考えれば、実に神話の時代より現在までと同じくらいの時間を、問題を内包しつつもとりあえず"平和"を維持してきた人々。
驚嘆すべきことではある。しかし。
「何故、事が起こったときにのみ覚醒させられる? ……何故、そなたが?」
うまく質問できなかった。なんとなく答えを聞きたくないような気もしていた。そのせいかもしれない。
「同じ立場の者は他にもおります」
シオンの心中は分かってはいないだろう。しかし問いかけの意は理解して、 は答えた。
「当局は欠員が生じない限り新たな戦闘要員はできるだけ確保しない方針で動いています。最小限の戦力のみを確実に保持するために、冷凍睡眠は有効な方法です」
やはり聞かなければ良かったと、心底後悔した。でも仕方ない。それでも確かめたいのだ。
後はもう、開き直るしかない。
「兵士もまた、使いまわしということだな。ある意味、貴重な存在というわけか」
軽く挑発してみたがあまり反応はない。 はただ軽く頭を下げただけっだった。
なんとなく癪に障った。
「その貴重な戦力であるそなたをわざわざ呼び覚ますような事態が発生しているのだな?――それも、次元の壁をも超えてしまうような重大な何かだ」
が完全に沈黙した。微動だにしない。顔も伏せてしまっているので、あの瞳も見えなかった。
「そなたの目的は何だ? 何故、ここに来た?」
ようやく本来の質問ができた。シオンの予想外の反応ばかり返すので、いつもの自分のペースに持ち込めなかったのだ。非常に珍しいことだ。
「お答えするわけには参りません」
予想済みの返答だ。少し話し易くなった。
「最初に自ら申したとおり、そなたは現在、この聖域に不法に侵入したことになっている」
は相変わらず頭を下げたままだった。全く反応がうかがえない。
シオンはまるで言い聞かせるように、ゆっくりと発音する。もちろん脅しだ。明確な。
「だが、事情如何では寛大な処置もしよう」
「どうぞ、ご自由になさいませ」
即答だった。これも半分は予想済みだ。黙るか、突っぱねるかのどちらかだろうと思っていた。
見れば、またあの瞳が彼を射抜いている。
「任務の内容については規定により守秘義務がございます」
これでいい。自分のペースを取り戻せた。
シオンは薄く笑んだ。
「己の命が掛かっているとしても言えぬか?」
「特例として口外が可能な場合もありますが、上司の許可がなくては適いません。わたくしには、その権限はありません」
「上司の許可、とやらは取れぬのか」
「現在の状況では、不可能です」
「――」
彼女は困っているのだろうかと、抑揚のないその一言を聞いて初めて思った。
あまりにも落ち着き払っているように見えるのですっかり失念していたが、よく考えてみれば当たり前だ。
そう思って見てみれば、シオンの前ではあまり表情を変えないカノンが気遣うように の後姿を見つめているのにも気づいた。
それほど気になるのかと微笑ましく思ったが、これ以上拙い対応をして自分の勘気をこうむるのを心配しているのだろうかとも思う。
どちらだろうか。
判定は難しい。人の心ほど分からないものはないからだ。
だからこそ分かろうとする努力は欠かしてはならないと、シオンは思う。
「……では、どのような処遇をも甘んじて受けるというのだな」
は頭を下げる。承諾の意を示した。
それで先ず分かった。かなり強情なようだ。
「よかろう」
覚悟があるのか、諦めているのか。
「当方の訓練生及び一般兵がそなたに助けられたことは恩義に思う。たが、そもそもこの聖域には幾重にも結界が張り巡らされている」
確かめることは重要だ。
「只人が簡単には入って来れぬようにする為だ」
判じかねていた星の徴。確信に変わりつつある。
――確かめなければならない。
「だからこそその結界を抜けてきた以上、我々が認めた者でない限り、何人であろうとこの聖域の脅威とみなす。―― ・ユイ、聖域はそなたを侵入者であると判断する」
言い切って、少女を見据える。――見誤らないように。
彼女もまた、視線を上げていた。まっすぐに。
「異論はありません。いかなる決定にも従います」
「 !」
カノンが低く叫んだ。 は振り返らない。瞳を伏せる。
そうだった。
シオンは二人に時間を与えることにした。ほんの少しだけ。
がその立場上言えなくとも、カノンは知っているのだ。何かが少し分かるかもしれない。
「どういうことか、分かって言っているのか」
たまらず声を上げた割には冷静だった。
「 」
静かだが、決して無視できない高圧的な話し方は、彼の兄とよく似ている。
「一応そのつもりです――あなたにも」
は上半身を捻って後ろのカノンに顔を向けた。
「分かるでしょう?」
シオンからは の表情は窺えないが、カノンが苦々しく眉をしかめたのは見えた。言葉を捻り出していた。
「……このまま、放っていくつもりか」
「問題はないはずです」
「何故そう言い切れる?」
「動いているのは、私だけではありませんから」
「だが、ここまで来たのは、お前だけだ」
「そう――軽率で、重大なミス……」
カノンがはっとしたように押し黙った。重い溜息をつく。
はまたシオンに向き直ってしまった。
結局収穫はなかった。シオンもそうとは気取られぬ程度に溜息を漏らした。
「教皇」
珍しく硬い声だった。目を向ければやはりというべきか、カノンがひれ伏していた。
「差し出がましいことは重々承知しておりますが――御再考いただきたくお願い申し上げます」
「……カノン!」
が再びカノンを振り返った。ゆるゆると首を振る。婉曲で、断固とした拒絶だった。
「しかし…… 」
言い募ろうとするカノンに、 はもう一度首を横に振った。
「どうも、ありがとう」
一瞬押し黙ったカノンの隙をシオンは逃さなかった。
「控えよカノン――これは決定である」
明らかな非難と憤りの視線を向けられながら、シオンは尚も念を押す。
「折角助けたものを害することに納得がいかないのも分かる。しかしお前が口を挟むべきことではない」
がまたシオンに眼を向けた。睨むでもなく、怒るでもなく。
「 ・ユイ自身も承服したことだ」
シオンは玉座から立ち上がった。ゆっくりと。
「身内のものを助けられた恩義と、その覚悟に免じて――」
歩み寄る。
己を射抜く一対の群青へと。
「余が自ら」
或いは、引き寄せられているのか。
「導いてやろう。――生憎、元の世界へではないがな」
手刀を構えた。
「何か、言い残すことはあるか」
瞳は逸らされない。
「モビルスーツは、始末してください。跡形も残らないように」
笑んでさえ見せた。初めてだった。
「特殊な金属なので生半可な方法では破壊できません。やり方は、カノンが知っているはずです」
「…それで終わりか」
「はい」
結局瞳が逸らされることはなかった。
小宇宙を高めた。手刀に込める。
――突き出した。
謁見1 END
解説。GWをご覧になっていた方向けです。
わからない方は勿論スルーして下さっても全然構わないと思いますよ~
解説というより、裏話ですから(笑)
さん所属の「地球圏統一国家 大統領府中央情報局国家保安部」とは当然ながら捏造したでっち上げ組織です。
多分国家発足当初は「プリペンダー」と呼称されていたはずです。
エンドレスワルツに出てきていたアレですよ(^^)
アレを見る限り、まだまだ暫定組織の枠を超えてないようでしたが、マリーメイアの乱でその重要性は認識されたのではないかと考えて、勝手に昇格させ、正式な政府組織として登場させました。
なので、 さんってば、実は公務員なのです。
現在の状況は、一公務員が出張先で失踪、というところでしょうか。
大変ですね(゚∀゚) 怪我もしてますし。
しかもへんな広間に引きずり出された挙句、いいがかりまでつけられて……(涙)
プリペンダーで使用されていた妙なコードネームは、多分もう使われてないと思います。
だってファイアーとかウォーターとか、ウィンドとか、すぐにネタが尽きますよ。
でも好きな人は使ってそう。
だったら、 さんにはケツァルコアトルとか付いてたらいいな。
アステカの神様ですね。白き羽毛の神。
生贄を要求する黒い太陽の神・テスカトリポカを退ける、風の神です。
……いや、そんなに詳しいわけではないんですけどね(汗)
厦門潤さんの漫画で「風霊王(かぜおう)」というのがあるんですが、その外伝「貴人の大祭(ウェイ・テクイルウィトル)」でそのテーマを扱ってまして。
そういえば厦門さんて未完の大作が多いんですが、そのひとつに「レーゲンデ」というのがあります。
ローマ初期の頃のお話で、主人公はなんとアテナの巫女なんですよ。
でもそのアテナっていうのが、かなり黒くて(笑)けっこう非道です。
もう続き出ないのかなぁ……って、だんだん解説じゃなくなってきた(汗)