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Side-S:06章 舞い上がる戦神2


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舞い上がる戦神2


 なぜかぱらぱらと拍手が上がり、おー、だの、さすが、だの、よくわからない賛辞が控えめに沸き起こる中、カノンは握手を交わした少女を見下ろしていた。なんとも居心地が悪そうで、少し気の毒になった。
「では早速仕事始めといくか」
 努めて軽く明るい声を出し、 の肩をぽんぽんと叩く。訝しげに見上げてくる の肩を掴んだまま、兄に声をかけた。
「というわけでサガ。昨日預けた のモビルスーツを返してやって欲しいんだが。場所はもう移動してあるんだろう?」
「ああ。言われた場所には移したが……本当にあそこでいいのか?」
 ほとんどうろたえる寸前といった風情の兄に、カノンは溜息をつきたい気分を精一杯抑える。万が一にも今ここで兄の機嫌を損ねるわけにはいかない。移動済みであるということなのであまりにサガがごねるようならカノンが解放してもいいが、サガの言うとおり場所が場所だ。力ずくという事態は避けたほうが賢明だろう。
「アテナのご指示だ。――教皇もお聞きでしたね?」
「うむ」
 静観していたシオンも巻き込んでみた。アテナと教皇の言質を突きつければサガに反論の余地はない筈だ。もっともシオンも不承不承ではあるようだ。それでも昨日の内に下されたアテナの決定を確かに聞いてしまっている以上、違えることはできない。
「……アテナ神像後ろの崖下、だったか……」
 いつもの覇気はどこへやら、シオンはぽつりと呟いた。
「はぁ??」
「なんだと?」
「どういうことだ!」
 数名から呆れとも怒声とも取れる声が上がる。いずれも今日になって聖域へ戻ってきた者たちだ。サガを含めて昨日この場にいなかったので、アテナの言葉を聞いていない。納得できないのも頷けるが、とりあえず黙ってもらう。
「アテナが仰ったのだ。いくら聖域内でもあまり衆目に晒すのは望ましくない。あそこなら無闇に立ち入る者もいないし、神像に隠れて一番目立たないだろう、とな」
 意図したとおり、全員がシオンと同じく神妙な顔をして黙った。
 確かに彼等聖闘士たちから見れば冒涜的な行為と思えることは、カノンも十分理解している。しかし女神本人が良いと言っているのだ。聖闘士である以上、それ以上反論できる者はいない。
「ではサガ。頼む」
「……わかった」
 観念したサガが小宇宙を高め始めた。現場へは行かないらしい。――行きたくないのだと、カノンは知っている。あそこはサガにとってあまりにも辛い場所なのだと。だからあえて何も言わないでおいた。
 不意に、手を置いたままだった の肩がぴくりと強張るのを感じた。
「どうした?」
 手を離して見下ろす。心持ち目を眇めた が険しい表情で呟いた。
「――来た」
「なに?」
 聞き返してはみたものの、何が来たのかはわかっていた。問題は、なぜそれがわかったのかということだ。
  は答えず、サガを見て、カノンを見る。表情には隠し切れない焦りの色があった。
「随分と耳の良いお嬢さんだ」
 笑い含みののんびりとした声が掛けられた。それに振り返りはしたものの、それでも の緊張は解けない。
「この音が、そうなのか?」
 問われて は無言で頷く。
「音――?」
 ミロが訝しげに耳を澄まし、アイオリアが手っ取り早く答えを求めた。
「老師、何が聞こえるのですか?」
「何やらわからぬが、轟音が響いておるな」
「しかし、昨日のものとは音が違うようだが……」
 童虎に続いて問題の音を捉えたらしいシャカが眉根を寄せた。聞き分けまでできてしまっているのにも驚いたが、それに が答えたことの方が、カノンにとっては驚愕に値した。
「モビルスーツ専用輸送機の音です」
 なんとなく黙殺するだろうと思っていたので、意外だった。
 とりあえず状況は理解した。緊迫している。表れている の態度以上に。
 ちらりとサガに目をやれば、相手もこちらを見ている。何も言わなかったが、カノンは了解した。
「あんな目立つものを出してくるなんて……」
 ひとりごちる の肩にもう一度手を掛ける。
「ついて来い」
 軽く押して、促した。 は一瞬目を見張る。すぐに真顔に戻り、くるりと振り返る。全員に向けて一礼するとカノンの後ろに付いて走り出した。
 

 *** 

 教皇宮を抜け、アテナ神像が見下ろす広場に出たところで、ゆらりと空間が捩れるのが見えた。神像の後ろの何もない空がはらりとめくれる。
 すぐ後ろを駆けてくる を振り返ってみた。平然としているように見える。足も止まらない。順応性が高いせいでもあるだろうが、単に感情を表に出すのが苦手なようだと見当が付いた。
 それでも、その瞳だけは雄弁だった。風景と同じ柄のカーテンを払いのけるようにして現れた自機に、 は目を細めている。 ――苦いものが混じった安堵。そんな眼差しだと、カノンは思った。
「大変申し訳ないんですが、カノン」
 アテナ神像の足元から、すぐ裏手の崖下までの落差は十五メートル強といったところか。モビルスーツを立たせれば、丁度肩辺りが崖と同じ高さに来る筈だ。その際まで来たところで、 は地面に膝を突いて崖下を見下ろした。長い髪が下からの風を受けて舞い上がる。強い陽光を艶やかに弾いていた。
「今回に限って同行は――」
「わかっている。悠長に話し合っている暇はなさそうだしな」
 空間ごと移動させてきた01は昨日 が降りたときのまま、屈んだ状態になっている。ここから見るとかなりの落差があった。
「まあ、できるかぎり追跡はしてみよう」
  は弾かれたように顔を上げた。
「できますか?」
「とりあえず、やってみなければわからんな」
「――すみません」
 膝を突いたまま、 は頭を下げた。そしてそのまま崖下の01に向かって声を張り上げる。
「こちらを向いて、立て!」
 ほんの一拍の間の後、01の両眼に光が宿る。いかにも重たげに立ち上がり、指示通り の方に向いた。コックピットの隔壁は開いている。タラップのように見えるそこまでは数メートル。
  は勢いよく立ち上がり、カノンに向かって軽く敬礼して見せた。
「それでは、出ます」
 トン、と地面を蹴る。止める気も起きないほど、何の迷いもない動作だった。風に流されることなく狙い違わずハッチに着地し、するりとコックピットへ滑り込む。すぐに隔壁が閉じ、01の両眼に宿る光が強くなる。
 それからは瞬く間だった。先ほどの重い動きが一変し、まさに魂が入ったかのようだ。崖から一歩後ろへジャンプして離れると、背中の羽根を広げた。バーニアを噴射し、空へと舞い上がる。
 それはあまりにも力強く、軽やかだった。
 上昇しながらくるりと回る。次の瞬間には白い鳥のような形になっていた。
「あれが、”モビルスーツ”か……アテナがお気に掛けるわけだ」
「そうですね。あれでは確かに我々――この世界の者にとっては、重大な脅威となり得ますね」
 バーニアの爆音の合間からミロとムウの声が聞こえた。カノンは背後に目を遣りぎょっとする。ギャラリーが増えていた。不覚にも の方に気を取られていて気づかなかった。サガ以外の全員が来てしまっている。アテナ神殿をも通り過ぎたここにこんなに人が集まってしまって良い訳がない。もし今何か起こったらどうするつもりだとシオンに苦言を言いかけて、やめた。わかっていない筈がないし、何より今はそれどころではない。
 カノンはおざなりに見えないぎりぎりの素早さで片膝を突き、シオンに礼を取った。すぐさま立ち上がり一方的に告げる。
「教皇。これよりアテナの命に従い、当分の間 ・ユイに随行致します。度々聖域を離れることになると思いますが、どうぞご承知置きください」
 シオンはただ、頷いた。
「わかっておる――行け。追うのだろう?」
 素っ気なく手を振る。
 この時点で、 が言うところの輸送機の爆音は誰の耳にも届いていた。恐らく戦闘状態になるだろう。ここ聖域から市街地までは近い。人目に触れれば大騒ぎになることは必至だ。だからといって聖域の結界内で派手に戦闘を繰り広げられても困る――今聖域には女神(アテナ)がおられるのだ。万が一のことがあってはならない。
「叶うようなら、場所を誘導してやれ。遠すぎず、近すぎず――できれば、だが」
 カノンは軽く頭を下げる。次の瞬間にはこの場から掻き消えるように去っていた。勿論ここでは何人たりとも瞬間移動の技を使うことはできない。ただ高速で移動しただけだ。この場の誰もがそれを見届けた。
 いかに黄金聖闘士でも、あれでは大変だろうな。いくばくかの哀れみを込めて、全員がそう思った。

舞い上がる戦神2 END


解説です。
モビルスーツ置き場(笑)に指定されてしまったアテナの像の裏側についての設定は当サイトオリジナルです(←捏造、とも;)
あまり詳しく然設定を網羅しているわけではないのですが、私が知る限り像の後ろ側がどうなっているか、なんて描写はなかったと思うので。好き勝手に想像してみました。
ついでに言えば、01の音声指示入力機能もオリジナル(←だから捏造だって;)。
ごく基本的な動作(立つ、低速での歩行、コックピット開閉と搭乗の補助等)くらいはできないと、あまりにも不便でしょうし。
∀にもそんな機能がありましたから、そんなに眉唾ものの捏造でもないんじゃないかと。
……個人的に、とっても個人的に、ワイヤーにつかまっての乗り降りって、好きじゃないもので(汗)
やっぱり手(マニピュレーター)でコックピットまで連れて行ってくれるのがいいです。

2010/01/28


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