※ 記事タイトルクリックで本文表示 ↑ ※
空が白み始めていた。
黒から紺へ、紺から青へ。空が色づき、風が清しい朝のにおいを運ぶ。
何もかもが払拭される、始まりの時間。
は長い息をついた。夜の色の凝ったなにかが吐き出されて行くような気がする。
長い長い話を終えて、ようやく口を閉ざしたアフロディーテを見上げた。
伏せられた瞳には、朝の光は届いていない。そのまなざしに映っているのは恐らく、たった一つの青い色だ。
なんと言葉をかけたらいいのだろう。 はもう一度息をつく。それを考えることは、どんな任務(ミッション)よりも困難なことだと思えた。
今はまだ朝日よりもまばゆい金の髪をしばし見つめ、さらにその上の、空に目をやる。
夜の――宇宙の色が徐々に薄まっていく。昼の青に完全に取って代わられるのも時間の問題だ。
昼の空の青色。見上げるそれを珍しく思っていたはずなのに、今では当たり前のこととして受け止めている自分が不思議だった。初めてその色を見たとき、 ははるかな高みから見下ろしていたというのに。
しばらく見ていないその光景を、 はふと思い描いた。同時に今まで聞いていた話が脳裏にフラッシュバックする。
自分と同じ名の、女神だった人間のこと。少年だったアフロディーテの思い。話だけではわからなかったことはたくさんある。
たとえば。
生きていた彼女は、どんな面立ちでどんな声で話していたのだろうとか。
死んでしまった聖域の勅旨たちのことは、どう報告したのだろうか。
その後、その地はどうなっているのだろう?
真実を携えて聖域に戻ったはずのアフロディーテが、なぜ数年後には彼の本当の女神へ反旗を翻すことになってしまったのか。
アフロディーテは実際のところ、彼女のことをどう思っていたのだろうとか。
わからないことだらけだ。
それでも胸の中には根拠もないのに確信に近い、ひとつのイメージが浮かんでいた。
「――宇宙から見た地球の色」
ぽつりと漏らした に、アフロディーテははっと顔を上げる。
空を見上げたまま、 は続けた。
「……みたいだったのかしら。青い、バラは」
アフロディーテの驚きの表情が、笑みに変わるのに時間はかからなかった。ひとつ頷き、彼もまた朝焼けの空を見上げる。
「そうかもしれないね。あれは……彼女の命の色だ。もう二度と見ることなどできないと、そう思っていた……」
彼女を守りきれなかった、彼の罪の証の色だと。そう思っていた。だが、それだけではなかったのかもしれない。
彼女は、大地の女神だった。つまり、司っていたものはこの地球(ほし)そのもの。
あれは、いつも――いつでも目にしているはずの、この地球の色だったのだ。
そうだ。最期に言っていた。
『あなたを守ることは……できるわね……』
確かに、彼女には守られた。彼女の死によって、あの教皇の疑惑の目は彼には向けられず、無事に生き延びることができたのだから。
そして多分それだけではなかったのだ。彼女の腕の中のようなこの青い星に抱かれて、彼は今、ここにいる。彼女は今でも、彼を守っているのだ。
あの青は、慈愛の色だ。――決して、罪人への烙印などではなく。
どこか晴れ晴れした思いで、アフロディーテは視線を空から に移す。疲れがにじんではいるが、朝日が射し始めた空を見つめるその表情は、あかるい。
あの女神と、同じ名の少女。 もまた、何かを守ろうとしているのだろう。――ならば。
もう一度空を見た。まぶしい朝日が目に入る。あの朝のような。そして、夜のかげりが払拭された、真っ青な空。あのバラと、同じ色の。
――守りきれますように。
彼女が、彼女の大切なものを、守りきれますように。
こんな昔話を に話そうと思い立ったのは、きっと名前だけが理由ではなかった。
昨晩会ったときの、どこか悲哀を含んだ の群青の瞳が、過去の” ”を想起させたのだ。あの青い血を。あの、青を。
だからアフロディーテは思わずにはいられない。
今、目の前にいる” ”には、決してあんなふうな最期を迎えて欲しくはないと。あんな悲しい最期を。
いささか感傷的に過ぎた、自分勝手な思いではあるけれども。
が席を立った。
「そろそろ、戻ります。おいしいコーヒーをありがとう」
アフロディーテも立ち上がる。ついでに朝の空気を吸い込んで、小さく伸びをした。思ったほど疲れていない。
「宮の出口くらいまで送っていこう。――こちらこそ長々と昔話を聞いてもらってありがとう。すっとしたよ」
最後の一言に、 は小さく頭を振った。アフロディーテを見上げる。
「……ひとつだけ、聞いてもいいですか?」
わずかに首をかしげて、言いにくそうだった。質問の予想はつく。だから、気軽に答えた。
「なんだい?」
「……その後、青いバラは……どうなったんでしょう……?」
やっぱりだ。アフロディーテは微笑する。
こんなに軽くなった気持ちで話せる日が来るとは、あのときには思いもできなかった。
自分が立っている大地を見下ろし、次いではるか空のかなたに目を向ける。
「私たちの足元にある。そして、この地球を包む大気にも。どこにでも、きっとね」
的を得ない答えだ。だが、 は微笑った。
同時に風が吹いて、彼女の髪を揺らす。木々が揺れ、さやさやと葉が楽しげな音色を立てた。
きっと、” ”も笑ったのだと、そう思えた。
BLUE ROSE END
最後までお読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。
短編なのに長いのは、短くまとめる能力が欠如している私のせいです(^^;)
さて、では後書きという名の言い訳を少しばかり。
まずは、夢小説でありながら名前変換が最初と最後の少しだけ、というありえない状態になってしまったことをお詫びします。
これは元々、2006年アフロディーテ誕に参加しようと思いついてから考えた話だったため、初めは夢小説という形態をとらない前提で書き始めたものでした。
よそ様のイベントで、自サイトの固定オリキャラを出すなんて暴挙、いくらものを知らない私でもできません。
でも全然書き進めることができず、結局誕生日イベントの参加は無理であると悟ってから一旦書くのをやめ、翌2007年のアフロ誕を狙おうとしたのですが、やっぱり出遅れてしまったためにイベント出品を完全に断念(笑)
それならばやっぱり夢小説仕立てにしようと急遽色々書きかえ、結局さらに日の目を見るのが遅れてしまったという笑うに笑えない経過を辿った珍品です。
更に言うなら、書き進めていくうちにどんどん長くなってしまったために、既に書いた箇所を大幅削除するなどして散々構成を直した結果、場所によっては説明過剰、もしくは説明不足と、大変バランスの悪い状態に仕上がってしまっている点も大いに反省しています。
……全ての作品において、反省していないところなんて、ないんですけどね(^^;)
そんなこんなで、かなり設定を考えていたロサ(仮名/笑)というキャラクター像が、設定を固めすぎていたためにむしろぼやけてしまったというのが最大の失態でしょうか。
でも、書きたいのはアフロディーテの話であってオリキャラではありませんしね。設定をばりばり盛り込んで書き込む意味もありません。
なので、わからないところはわからない、で、すっ飛ばしていただけるとありがたいです(←結局読者様頼み)
ただちょっとだけ、多分合点が行かない方もいらっしゃるだろうと思われる部分だけ、補足しておきます。
ロサ(仮名)は、日本人です。あ、日本人じゃなくてもいいですが、アジア系。皆様が入れているお名前の系統で(^^)
なにかあって家族を失い、その頃に神性を見出されてスペインに連れて来られて祭り上げられた、ということにしておいてください。だから”ここでは外国人”なんです。
神様になると血が青くなるというのは、エピGからインスパイアされた勝手設定です。
沙織さんの血が赤かったように、ジュリアン・ソロ@ポセイドンの血だって赤いのです。
だからこれはイレギュラー設定であり、この話の主軸にするためにでっち上げたホラ話ですので、その辺へのツッコミは、どうぞご容赦下さい。
以上、長々と言い訳でした(^^;)