test

Attention

ここは夢小説(名前変換小説)/イラストの非公認二次創作ブログです。
二次創作、夢小説等の言葉や意味をご存知でない方、もしくは嫌悪感を抱かれる方は閲覧なさらないようご注意ください。
また通常の二次創作と違い、管理人が勝手に創作したキャラクターやその設定なども存在します。そういった原作から逸脱した部分に対して嫌悪感のある方も閲覧なさいませんようお願い致します。
この警告を無視して内容をご覧になってからの苦情は一切受け付けません。
尚、取り扱い作品の原作者、出版社、製作会社等との関係は全くありません。
また、当ブログ上の作品については著作権を一切放棄しておりません。
無断転載、引用等は固くお断り致します。
※JavaScriptオフ環境では非表示になる箇所があります。
※初めてお越しの方はの【INFORMATION】をご一読ください。
 メインコンテンツの巡り方の説明があります。

更新履歴 【絶賛更新停滞中】

※JavaScriptオフ時・Twitterサーバーダウン時非表示 / 詳細別窓表示

Side-S:09章 Confession1


※ 記事タイトルクリックで本文表示 ↑ ※

Confession1


 うっすらと光を放ち始めた空に、まだ夜の匂いを孕んだ風が舞う。
 風は乾いた埃を巻き上げ、今日も暑くなりそうな気配を撒き散らす。しかし今はまだ爽やかというより冷涼といった温度で、寝起きの散歩にはもってこいだ。
 童虎は大きく伸びをして、胸いっぱいに朝の空気を吸い込む。こうして、彼の故郷で言うところの”気”を取り入れるのだ。気には生気と死気とがあって、午前中のそれは生気という。たくさん取り入れて、今日一日の活力を得る。彼の日課だった。
 ――実際のところ童虎には”気”というものが何なのか、実感としてはわからない。小宇宙という根源なる力を感じ、自在に操る術を会得してはいるが、どうやら小宇宙と気は違うもののようだった。
 なにはともあれ、日課である。これをやるのとやらないのでは、やはり何かが違うのだ。実に二百年以上を過ごすことになってしまった故郷であれ、ここギリシャの聖域であれ、朝の大気はすがすがしい。実際に”気”なんていうものがなかったとしても、この心身ともに清められる感覚は間違いなくある。それを感じるために、毎朝欠かさず夜が明ける時間に起き出すのは止められない。
 そして。
 二週間ほど前から、童虎には新たな日課ができていた。彼は上の天蠍宮のそのまた向こう、この十二宮の頂に位置するアテナ神殿の方向を仰ぎ見る。
 近づいてくるものがあった。
 人間はすべからく小宇宙をその身に宿しているというのなら、それは確かに小宇宙だろう。しかし聖闘士が戦いの為に高めるそれとは比べ物にならないほどささやかでいて、それでもごく普通にまっとうに生きている人々に比べれば格段に激しく毅(つよ)いそれをこそ、もしかしたら”気”と呼ぶのかもしれない。
 その”気”の持ち主の少女が、今朝も童虎の元にやってくる。いつもどおりに降りて来る気配を感じて、童虎は目を細めた。では、昨日も無事に一日を過ごせたのだな。ほっと胸を撫で下ろす。
 少女―― はここ聖域の虜囚だ。四ヶ月ほど前から囚われている。
 正確には、虜囚という名の客人だ。 自身の言に拠り虜囚という立場を与えられてしまってはいるが、その行動にはなんら制限は課せられず、むしろ監視という名目の付き人を与えられている。
 それはそれで、結果的には良かったのではないかと童虎は思う。
  が日々何をしているのか――何を相手に戦っているのか、童虎は知らない。知らされていない、というのが正しい。この聖域の者の中で、詳細を知っているのは恐らく監視役のカノンだけだろう。
 それでも日々その動向を見ていれば、なんとなく察しはつく。文字通り”戦って”いる。それも相当危険な戦場であるのだろうことは想像に難くない。 自身が負傷していることはほとんどないが、戻ってきた機械人形(モビルスーツ)が激しい炎で炙られたように煤けていたり、同行しているカノンが妙に疲れたふうであったりするからだ。
 いくら分野が違うといえども、カノンとて歴戦の経験者だ。過去にもいろいろあったようだし、童虎の知らないような経験もしていることだろう。その彼が――よほど注意して見ないとわからないだろうが――あれほど憔悴してしまう程度には凄まじい戦場なのだとうかがえる。 も大概感情の読めない少女だが、カノンの困憊の度合いに比例して荒んでいるように感じられることからも、その状況が推し測れるというものだ。
 だから毎朝こうして が降りてくるのを感じ取れるだけでも、ほっとする。さらにその”気”が穏やかであればなお良かった。
「おはようございます、老師。今日もよろしくお願いいたします」
 深々と頭を下げ、丁寧に中国語で挨拶するのはいつものことだ。そこまで畏まらなくても良いと言ってみたこともあるのだが、丁重に一蹴されてしまった。曰く、ご教授いただく以上、失礼なことはできません、と。根が生真面目なのだ。それはたいそう好ましい長所だ。
 童虎はにこりと笑んで、毎日の決まり文句を口にする。
「おはよう。今朝も早いな。怪我などしてはおらんか?」
「大丈夫です。ご心配、ありがとうございます」
 こういうとき、下手に見栄を張らないのも の長所だ。怪我があるとき、不調なときは包み隠さず申告する。その点に於いては非常に信頼が置けた。長時間ではないものの、稽古をつける以上は状態を把握しておかないとかえって逆効果になるからだ。そういうことを、 はちゃんとわかっている。もとの師の教えが良かったのだろう。
「では、始めるかの」
「はい」
 二人は向かい合って、舞うように静かに動き始める。太極拳だ。適度な筋力を養い、心肺機能を無理なく高める。
 自分も型を次々とこなしながら、童虎は を師の眼差しで観察する。よどみのない滑らかな動きは初めからだったが、始めて一週間ほどしてからは動きに力強さが加わった。更に一週間経った今日、その力強さは安定感が伴うものとなってきている。
 とりあえず当初の目標は達成できたか。
 童虎は思い、ふと最初の日を思い出した。

 ***

 事の発端は、 が聖域に来たときに負った傷が完全に癒えたことだったらしい。らしい、というのは、童虎がそのように推測しただけだからなのだが、恐らく間違ってはいないだろう。
 二週間と少し前のある日、童虎はたまたま教皇宮に立ち寄った。たまたま、というのは正確ではないかもしれない。聖域にいる以上、彼にもある程度の仕事が与えられているので、しばしば立ち寄る事になる。黄金聖闘士ともなるとデスクワーク用の個室が教皇宮に用意されているのだ。
 その自室に入ろうとして、教皇シオンの部屋から退出してくる を見かけたのだった。珍しいことにカノンはいなかった。それ以上に、そこで を見かける事のほうが珍しかったのだが。
 シオンの部屋から辞した は童虎に気づき、一つ会釈しただけで、そのまま無言で戻って行った。十二宮とは逆の方――アテナ神像の方へ向かって行ったので、いつもどおりこれからしばらく自分の01(モビルスーツ)に張り付いているのだろう。では自分の用事を中断してまで、シオンのところへ来ていたのだ。シオンが呼んだのか、 がシオンに用事があったのかはわからない。ただなんとなく、後者のような気がした。
 普段童虎がここまで他人の動向をあれこれ慮ることはない。自分でも、何故こんなことを考えているのかと苦笑する。要するに、興味を覚えたのだ。
 結局掴んだ自室のドアノブを回すことなく、童虎はシオンの部屋の扉をノックしたのだった。
「千客万来だな。仕事にならんわ」
 ぶつくさ言う言葉が童虎を迎えたが、内側からドアを開けたのはシオンではなかった。女官でも文官でもない。
「なんだ、カノン。おったのか」
 さも意外そうに言ってしまった。この相手にこれはまずかったかと、自分よりもずいぶん高い位置にある顔を見上げれば、案の定、不貞腐れてしまったのが見て取れた。西洋人とは本当に感情が顔に出やすい人種だ。東洋人である童虎は笑いをかみ殺す。そしてその表情は、彼には恐らく読めまい。
「……お邪魔でしたら出て行きますが?」
 ちらりとシオンを横目で見ながら言うカノンの口調は、その表情に反して明るかった。
「待てカノン。まだ話は済んでおらんぞ」
 逃げる気か貴様と息巻くシオンの様子から、やはりあまりにも意外そうに「いたのか」などと言ってしまった自らの不明を確信する。どういうわけか、カノンは童虎に一目も二目も置いているようだった。敬意すら感じさせる態度で童虎に接する。教皇たるシオンに対するよりも、もしかしたら丁寧かもしれない。
「話ならほとんど終わってます。了解しました。 もちゃんと約束したでしょう。大丈夫ですよ」
「しかし――」
 もううんざりといった調子のカノンには、多分童虎が救いの神、もしくは解放者に見えたのだろう。そして童虎がその期待をあっさりと裏切ってしまったので、不貞腐れてしまったのだ。
 ナリだけは大きいくせによく言えば繊細、悪く言えば気にしすぎるきらいがある男だ。勿論普段はそんな様子は微塵も感じさせない態度をとっているようだったが、童虎の前ではそれが崩れる。
 理由はわかるような気がした。
 実に十三年にも渡って聖域に対しては不義をなしていながら、現在はその最高位である黄金聖闘士として遇されているのだ。しかも、黄金の中では童虎を除けば最年長――シオンは聖闘士としては引退している――なので、おいそれと弱みを見せるような態度をとるわけにはいかない。しかし人間というものは、そうそう強がってばかりもいられないものだ。だから彼がその緊張を解くことのできる唯一の相手が童虎なのだろう。
 それは恐らく”甘え”とでもいうものだ。だが童虎はそれを咎めたりはしない。誰かを頼れるようになったのなら、カノンはもう、かつてのような過ちを犯すことはないと思うからだ。一人で――もしくは二人で――何もかもを抱え込んでしまわなくてもいいのだと、きっと心の底から理解したのだろうと、そう思うからだ。
 同時に、そのような形で頼られるということは人として嬉しいことでもある。どんなに歳月をかけていろいろ悟ったような気になってはいても、人は結局、一人では生きていけないのだ。
 だから童虎は外見だけは十も年上の後進に助け舟を出す。きっとシオンからは後で甘いと言われるのだろうが。
「何を揉めておるのだ。シオン、おぬし、またカノンに言いがかりでもつけたのか」
「またとはなんだ、またとは! 言いがかりなんぞ誰にだってつけた覚えはないわ!」
「どの面を下げて抜かすか。たった二月聖域に留まっているだけだというに、一体何人がおぬしのことでわしに相談に来たかわかって言っておるのか。いい加減にせい、全く」
「なんだと!? では誰が何回、そんなたわごとを抜かしたか言うてみよ」
「言えるか! 言ったが最後、彼奴らがどんな目に遭うか考えれば口が裂けても言えんわ!」
「ふん、屁理屈をこねおって。そうさな。おらん人間のことなど、言えるわけがなかろうて」
「わしが嘘をついておると言うのか、おぬし!」
「嘘でないなら、言えばよかろう」
「…………では私はこれにて失礼いたします」
 開けたままだったドアをこっそりと更に開いてそそくさ逃げ出そうとしたカノンを、激昂した状態でも見逃さなかったシオンはさすがと言えた。カノンが隙間に身を滑り込ませる前に、ドアが勝手に閉まる。それもばたんと盛大に。勿論シオンの仕業だ。
 童虎は嘆息する。――せっかく隙を作ってやったのに、逃げられなかったか。
 とはいえ、ちっと舌打ちをしながらも、ゆっくりとシオンに向き直る間にポーカーフェイスを作り直すカノンもたいしたものだ。
「……教皇、まだ何か?」
「話は済んでおらんと申したであろう」
「だから、何の話だ?」
 もう一度話の腰を折ってやった。童虎とて何の話か気になる。
「海の方から、呼び出しがかかりまして」
 答えたのはカノンだった。
「無視するわけには参りませんので、明日から数日海界に赴く旨、報告に参ったのですが」
 そこでカノンは溜息をついた。含むところのないわけがない視線をシオンに向ける。
 なるほど。童虎は先程この部屋から出てきた を思い浮かべる。得心がいった。
の監視をどうするかで揉めておるのか」
 童虎も渋い顔をした旧友に目を向ける。
から目を離すなとはアテナ直々の命だ。違えるわけにはいかぬ。それに今はこやつも聖域に属する聖闘士だ。そうそう海界から気安く招聘される謂われは……」
「ありますよ――ないはずがない。あそこで散々、いいようにしてきたのは私です。無責任に放り出すわけには」
「もう充分、建て直しには尽力したではないか」
 言い募るのを遮ってまで投げかけられたとりなしの言葉に、カノンは一瞬ひどく無防備な顔をした。すぐに真顔に戻ったが、口調は幾分和らいでいた。
「ほとんどのことを取り仕切っておりましたので、引継ぎが充分でなかったのかもしれません。自分がわかっている分、相手のわからないことがわかりませんから。前回からかなり間も空いていますし、今回行けば、あるいはこれで最後になるかもしれません。――どうか」
 シオンは大きく溜息をついた。机に乗り出していた身体を、後ろの背凭れにどさりと投げ出す。上を向いて、難しい顔は崩さない。
「先程、 が約束したとか何とか言っておったな。何のことだ?」
 童虎の問いに、カノンは苦笑した。
「私が不在の間はよほどの緊急時でない限りは動かないと、言ってくれまして」
「その、よほどの緊急時、というのがシオンは気にかかるわけだな」
 そうだ、と頷いて、シオンは再び身を乗り出した。
「結局のところ、 が何をしているのか知っているのはカノン、お前だけなのだ。緊急だとかそうでないとか、どういう基準でものを言っているのか、我々にはわからんのだ」
「ですからそれは……どう説明すればいいものか難しいところですが……本当に、大丈夫だと思います。――信用してはいただけませんか。私と、 を」
 問題はそこだ、とシオンはいっそう渋面を作る。
「信用したくともできんだろう。――我々ではない、 が、だ」
「どういうことだ?」
 たまにシオンの言葉や行動はわかりにくいと、童虎は思う。わかってしまえば、その深い洞察力に敬服することになるのだが。さすがは二百年以上にわたって教皇職についていただけのことはある。しかし普通に話をしている相手は、これでは堪らないだろう。案の定、カノンが眉間に皺を寄せている。
「…… が何と、どう、何のために戦っているのかは聞かないでおこう。一緒にいるお前が、何を見ているのかも。しかし、聞かずとも相当危険なことをしているのだろうことくらいはわかる。その”緊急”事態とやらが起こったときにもしお前がいなかったら、 はやはり行くのだろう。恐らく、誰にも何も言わずにな。言いたくとも言えんのだろう。現在の状況では、 が信用を置いているのはお前だけだ。 が聞かれて困ることならば我々にも決して明かそうとしない、お前だけなのだ。――この現状でお前がいなくなるのは、 にとっては……辛いのではないか。勿論そのようなこと、間違っても自ら口にするような娘ではないだろうがな」
 どちらかというとカノンの事情よりも、 の為といった発言である。童虎は思わず微笑む。シオンに向けた眼差しは、至極柔らかなものになっているに違いなかった。
 初対面となった初めの謁見のとき、ごく普通の人間といってもいい にあえて拳を向けたシオン。ぎりぎりのところでサガが止めに入ったが、その必要はなかったのだと童虎は知っている。――知っていた、と言ったほうが正しい。だからこそその件について童虎は今に至るまで一言も言及したことなどなかったし、非難など、当然してはいない。
 あのときシオンが試そうとしたのは、 の覚悟だ。誰にも何も言わず、一人で戦い続けることを暗に宣言していた の、その覚悟を試したのだ。
 この世界に一人で、たったひとりで降り立ってしまった 。何事かを成そうとするのなら、尋常でない覚悟が必要なはずだった。
 詳細はわからなくとも、 にはここで戦うべきものが在るという。それだけで、この世界には既になんらかの火種があることは明白だ。
 それでも、 はひとりなのだ。相当の覚悟がなければ、戦いを挑むなど到底できないだろう。しかし火種が確実に存在する以上、それでは困るのだ。否、困るなどという生易しい程度では済まないないだろう。たぶんそれは、これまで聖域が対面した事のない種類の、世界にとっての危機だ。この世の者にとって、それほどの危機が”できない”の一言で済まされよう筈がない。なにがなんでもやり遂げてもらうか、仔細を調べて自ら対処するよりほかはないのだ。前者が期待できないようなら、シオンは恐らく無理やりにでも の口を割っていたに違いない。彼は教皇だ。相手を意のままに操る伝説の魔拳を、彼は持っている。
 だが結局、シオンはそうはしなかった。―― は、シオンに期待させるほどの覚悟を、持っていたのだ。
 そして昔からそうであったのだが、屈する事のない強い意志の持ち主に、シオンは何よりも敬意を払う。
 だからシオンは を気に掛ける。
が可愛いか、シオン」
 童虎は静かに問う。シオンは微かに眉をしかめた。
「……強い娘だ。あれほど強い心を持つものは、もしかしたら我等聖闘士の中にも稀かも知れぬ。だからこそ、心配にもなる。その強さが、果たしてどこまで続くのか、とな」
「強すぎるもの、硬すぎるものが壊れるときは、その終わり方は意外と早くあっけない。そういうことか」
「そうはなって欲しくない。そう、思っておる。……壊れる様など、もう二度と見たくはないのだ。そのかたちは違えども、もう、二度と」
 ドアの前に佇んだままのカノンは、二人の会話を俯いたまま聞いていた。シオンと童虎が気遣うような眼差しを向けているのを感じる。二人の懸念ならわかっていた。
 だからこそ反論する。しなければならない。カノンは、二人とは違う懸念を抱いているのだから。
は、あいつとは違います。内から崩壊するほど、弱くはない。――それでも」
 言いかけて、やっぱりやめた。懸念の段階だ。カノンは という個人のことを――やすやすと人に漏らしてしまえるほど――その心の奥底まで深く理解しているわけではないのだ。
 多分誰もが、そうは思っていないのだろうが。
 改めてドアノブに手を掛ける。
「できるだけ早く戻ります。その後しばらくは呼ばれても応じられないと、言ってきますから」
 今度こそドアはすんなりと開いた。無理やり閉められる気配もない。代わりに、大仰な溜息が聞こえた。そ知らぬふりをして続ける。
「先程ご許可いただいた件、私からもよく言い聞かせておきますが、それも含めてよろしくご監督願います」
 では、と素っ気無く会釈をしたカノンがドアの向こうに消えた。童虎はシオンに目を戻す。相変わらず憮然とした顔だった。
「結果的にカノンの希望通りとなったようだが。――良かったのか?」
「良いも悪いも」
 ふん、と鼻を鳴らしてシオンはいっそう顔をしかめる。
「この件に関して、結局は私に決定権はないのだ。不本意なことこの上ないがな。できるのは、意見を述べてごねるだけだ」
「……ごねているという自覚はあったのか……」
「当たり前だ。少々みっともないとは思ったがな。しかし結果としては、あやつから譲歩は引き出せた」
 童虎は首を傾げる。
「譲歩?」
「早く戻ると言っておったろう。それと、もう簡単に海からの呼び出しには応じないという言質も取れたことだしな。ごね甲斐があったというものだ。……外見が若いと、こういうことがやりやすくて良いのう」
 ここでようやくにやりと笑んだシオンに、童虎はとりあえず白い目を向けるにとどめた。
「そういえば」
 去り際にカノンが言っていたのは何のことだったのだろう。童虎はもう一度首を傾げる。
「許可、とはなんだ?」
「おぬしが来るほんの少し前まで がいたのだがな」 
 笑いを収めて、シオンは立ち上がる。首を肩を回しながら、窓際へ歩いた。大きく伸びをしてから、外を眺める。
「カノンがいない間でも、聖域内を一人で出歩いても良いかとわざわざ確認に来たのだ。なかなか律儀な娘だ」
 シオンが見つめる方向にあるのは、女神の像。しかしその目が視ているのは、その後ろにあるものだろう。童虎もまたシオンの隣に立ち、同じ方向を眺めた。
「そしてなかなか勤勉でもある。一日中調べものばかりしていたのでは体力が落ちるので、鍛錬を兼ねて出歩きたいのだそうだ。感心な心構えだと思ってな、許可を出した。但し、この十二宮は白羊宮より下へは行かぬようにと制限はつけたがな」
「そういえばここ最近、あの機械人形で出ない日にはカノンと共に十二宮を降りてどこかへ行っていたな。そういうことだったのか」
「多分そうだろう」
「では、怪我はもう完全に治癒したということか……ずいぶん早いな」
 二人の視線の先で、先程退出したカノンが女神像の向こうへと歩いていくのが見えた。彼がその後ろへ辿り着く前に、 が姿を見せる。唐突に現れたように見えるのは、彼女がそれまで崖下にいたからだ。機械人形(モビルスーツ)の手をエレベーターのように使って、せり上がってきたのだ。
「……科学とは、まことにすばらしく、そして恐るべきものだな」
 ぽつりと零したシオンの横顔に、童虎は無言で目を向ける。
「想像もつかぬ方法で人命を延ばし、救い、そして奪う。――いつの日か」
 己を見つめる童虎を見返し、シオンは静かに笑った。
「今度こそ本当に我等が永久の眠りについた後、この世界もまたそのような境地に辿り着く日が、来るのだろうか――来ないだろうか?」
 問いかけの形ではあったが、シオンは特に答えを求めているふうではなかった。だが童虎は答える。また、窓の向こうに目を向けながら。
「さてな。来るのかもしれんし、来ないのかもしれん」
 大きな両開きの窓を押し開けた。少し熱を含む乾いた風が静かだった室内を掻き乱したが、きちんと重石を載せられた書類は舞い踊ることなく、ただ二人の髪だけがばさばさとあおられる。
「もしそんな日が来たとしても、ずっと先の話だろう」
「ああ。是非ともそう願いたいものだ」
 それはあまりにもひそやかな、重い声だった。童虎は眉をひそめて旧友を振り返る。踵を返し、再び執務机に向かう後姿に問いかけようとしたが、その必要はなかった。答えは先にもたらされた。

「もしも がこちらに来ていなかったら、恐らく我等がこの命あるうちに――それもずいぶん早くに、そんな日が来ることになっていたのかもしれん。この世界が、あまりにも急速に歪められてしまうことになっていたはずだ」

 なんということだろう。童虎は目を瞠る。
 それは聖戦に匹敵するほどの、途轍もなく重大な変化ではないのだろうか。
「おぬし……知っておったのか」
 声は少し掠れてしまっていた。シオンは頷く。
「ああ。星を読んだ」
「……星は、なんと?」
「血の色を持った星が、それでも希望をもたらす、と」
「それが、 のことか」
 そうだ、とシオンは頷いた。机の上に両肘を突いて、組んだ両手に俯いた額を預ける。
「しかし今後についてはどうなることか……さすがに想像と星の巡りの範疇を超える。なぜならこれはこれは我等が女神のみならず、他の神々ですら関与するところのことではないのだからな」
 言葉を失った童虎に、シオンは目を向ける。
「そうさな……もう少し詳しく知りたいのであれば、サガに訊いてみるがよい。あやつの方が星読みの技には長けているように思う」
「サガ? 共に星を読んだのか? なればおぬしとてその読み解きは聞いているのであろうに」
 何故教えぬ、と童虎が眉をしかめれば、シオンは静かに首を振った。
「聞いてはおらぬ。奴は何も言わなんだ。負い目の所為で、自信を失っておるからの。もしもできるようならば、聞き出してみてはくれぬか――私では無理なようなのでな」
 そういうシオンもまた、どこか途方に暮れたような顔つきをしているのが少し気に掛かった。

Confession1 END



補足です。今回登場の老師について
ヒロインが童虎氏に向かって「老師」と呼びかけていますが、彼はハーデス十二宮編で若返った姿のままです。
つまり見た目は18歳+1年程。
カノンよりもむしろ若いのですが、それでもヒロインは彼を老師と呼びます。
なぜだかおわかりになるでしょうか?
多分、今章冒頭シーンの二週間前までは、彼女も彼のことを童虎と呼んでいたはずです。
会話する機会があったのなら、ですけど(^^;)
でも今は「老師」。
誤解されている方も多いと思いますので豆知識。
中国語では「老師」とはこれすなわち「先生」の意味なんだそうです。
若かろうがなんだろうが、関係ありません。先生=老師。
決して年老いた師匠、という意味ではないのです。
だから以前の彼を老師と呼んでいた紫龍が、いきなり若返ってしまった師匠を見て呼びかけに困る、なんてことはありえません。師匠は師匠。(`・ω・´)キリッ
氷河がカミュに和が……もとい、我が師と呼びかけているのと同じことだったんですね~
八章まで実はずっと怪我人だったヒロインのリハビリを引き受けてくれた以上、
彼女から見て、今の童虎氏は「先生」なのです。
以上、豆知識コーナーでした(笑)

2010/01/31


※誤字脱字等のご連絡、その他ご用の際はお手数ですが拍手コメントか右のメッセージフォームからお願い致します。