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沈黙の理由2
ところで、と は女神に問いかけた。
「私が得ている情報によると、確かひとりの招待客が随行できる護衛は三人まで、ということになっていたはずなのですが」
この場にいる聖闘士はカノンを除いて五人。
そもそも が呼ばれた理由も……察しがつくような気もするが、あまり考えたくはなかった。 が質問した途端、女神がそれはそれは嬉しそうな笑みを浮かべたからだ。ご丁寧に胸元で両手まで合わせてみせた。
訊くんじゃなかったと、咄嗟に は後悔したが、時既に遅し。
「そうなのです! 問題はそこなのです!」
問題と言いながら、ちっとも困った顔をしていない。更に、いつのまにどこから取り出したのか、手には四角い、白い封筒。
「そこで さんをお呼びしたのです」
淑女らしからぬ足取りで の元へ小走りで駆け寄り、いかにも年相応の少女らしい仕草で手にした封筒を元気良く差し出す。
勢いに押された。ほとんど反射的に受け取った は、その表書き――宛名に目を留め、眉をひそめる。
「Ms.SAAYA KIDO?」
「はい。 さんには『城戸沙綾』として、わたくしと共に招待客として出席していただきたいのです」
その名前には心当たりがなかった。城戸というからには女神――城戸沙織になにがしかの縁がある者なのだろうが。
はカノンを見る。
聖闘士たちは既に立ち上がっていて、興味深そうに と女神のやり取りを聞いていた。同様に立ち上がって腕を組み、カノンも を見ていたので目が合う。口に出さない の疑問に、カノンは腕を組んだまま器用に肩をすくめて見せた。 が知らないということは、やはりカノンも知らなかったということか。
瞬時に行われた二人の意思の疎通を、カノンの隣に立っていたアフロディーテが察したらしい。くすりと笑ってカノンにちらりと目を向けた。次いで女神に声を掛ける。
「沙綾嬢というと、先日日本でお目にかかった、あの方ですね?」
「ええ、そうです」
答えて女神は、ああ、と思い出したように続けた。
「沙綾さんに会ったことがあるのは、この中ではアフロディーテだけでしたね。そもそも彼女は滅多に家にはいらっしゃいませんから、星矢達でも先日初めて彼女に会ったくらいなのよ」
運が良かったわね、と女神はアフロディーテに笑いかける。
「それで、あなたはどう思います?」
言葉少なにそう訊かれて、アフロディーテは改めて をまじまじと見つめた。
「そうですね……確かに背格好は同じくらいでしょうか。年の頃も近い。ですが……」
言い淀むと、困ったように首を傾げた。ややあって再び口を開く。
「似ているとは言えませんね。なによりも、雰囲気が全然違います。沙綾嬢はもっとこう――元気というか、普通というか」
口籠るアフロディーテに、女神は助け舟を出した。
「ええ。ちょっと頼りになるお姉さま、といった感じですよね。日本語で言うと”姐御肌”と言ったところでしょうか。とにかく元気いっぱいの、そういう方なんです。ついでに言えば、年齢は さんよりも上ですね。今年、大学を卒業されるんですよ」
人となりはなんとなくわかるような気はしたが、どういった人物なのかは今の説明ではさっぱりわからない。 がそう思ったところで、丁度良くアルデバランが訊いてくれた。
「アテナ、その方はアテナとはどのようなご関係の方なのですか?」
女神の答えは明瞭簡潔だった。
「沙綾さんはわたくしの従姉妹ですわ」
「従姉妹と言っても、血は繋がっておりませんでしょうに」
ぼつりとムウが突っ込んだ。ええ、まぁ、と女神が苦笑する。
「おじい様――城戸光政には、”嫡出の息子”が二人いるのです。わたくしはその、上の息子の子供ということになっているのですが、沙綾さんはそのわたくしの”父”の弟の娘さんなのです」
そして少し寂しげに続けた。
「城戸光政の、本物の孫娘なのです。でも沙綾さんのお父様は若い頃におじい様と仲違いして出て行ってしまわれて……それで沙綾さんはごく普通に――グラード財団とは何の関係もない普通の環境でお育ちになったのです。でも数年前にお父様が他界されて、まだ在学中だった沙綾さんを気遣って、沙綾さんのお母様は娘の為に私を頼ってきてくれたのです。それ以来細々と交流しているのですが、沙綾さんは城戸の名前にもグラード財団にも何のご興味もないようで。それでも城戸の一員としてわたくしと親交があることを知った方が、今回沙綾さんにも招待状を下さったのですが……」
すぼんだ言葉尻をムウが引き取った。
「出る気はないと、断られてしまったのですね?」
女神は頷く。
「そうです。でも折角の招待状ですし、それでしたら さんに来ていただきたいのです。そうすれば さんの護衛という名目で、一緒に来ていただける黄金聖闘士の人数も増やせます。なによりも さんなら事情を良くご存知ですし、それに」
先程の寂しげな様子はどこへやら。女神は再び黙ったままの に詰め寄るようにして言い募る。
「沙綾さんはまだ社交界に顔が知られていません。今後とも出るつもりはないともおっしゃられていました。だから さんが沙綾さんを名乗ったところで誰にもばれたりはいたしません。それどころかむしろ沙綾さんご本人よりも さんの方が深窓の令嬢といった雰囲気ですし……」
最後に女神はかわいらしく、あ、と口許を押さえた。上目遣いで を見たのは、 が小さく苦笑した所為だ。
「そうですね。ご本人が名前を使っても良いと了承しているのであれば、いい方法だと思います」
女神はほっとしたように胸の前で組んでいた手を下ろす。
「それでしたら大丈夫です。名前だけなら使ってくれて構わないと言っていただいています」
そうですか、と は頷いた。目を伏せて一瞬考え込むような表情をする。
「……あの、なにか問題が?」
恐る恐るといった感じに女神が問えば、 ははっと顔を上げた。
「いいえ――なんでもありません」
それでも少し不安そうな女神に、 は言い添える。
「私の役目は、沙綾嬢の代わりにパーティに出席する、それだけで良いのでしょうか?」
「ええ、勿論です。……お引き受けくださいますか?」
女神は再び胸の前で手を合わせた。まるで祈るような格好だ。
の苦笑が本格的なものになった。神に願われるとは、ずいぶんと得がたい体験だ。
「了解しました。お引き受けいたしましょう」
短く答えて一歩引き、頭を下げる。 は聖闘士ではないので女神の前に膝を突いたりはしない。それでも最大限に礼を尽くした。
***
「よく引き受けたな」
呆れとも感心とも取れる口調でそう言われて、 は隣を歩くカノンを見上げた。その視線に気づいたカノンは意地悪く笑いかける。
「任務行動に関係ないとか支障が出るとか、いろいろ難癖つけて断るものだとばかり思ったが」
からかわれているのだとはわかったが、あながち的外れの意見でもない。それが悔しくて はカノンを軽く睨みつけることになった。人間というものは図星を指されると大抵そういう反応をするものである。なにがしかの負い目があるなら、なおさらだ。
「私だってそこまで薄情じゃないわ。これまでにだっていろいろ便宜を図っていただいているし……今朝のこともあるし……」
カノンがさも意外そうに片眉を上げる。
「気にしてはいたのか?」
「………………」
はもう一度カノンを睨みつけると立ち止まり、常時携帯している薄い本のようなものを取り出した。01の遠隔操作装置も兼ねている小型のPCといったようなものだ。開けば薄い透明のシートが3枚。それぞれがディスプレイとコンソール両方の役割を持っている。
カノンは がそれを滅多に人前で取り出したりしないことを知っている。
「おい、いいのか? こんなところで」
ここはまだ教皇宮の通路である。先程散会して、二人は早々にアテナ神像の裏手――モビルスーツのところへ向かっていた。教皇宮を出てしまえば大抵は誰もいないのだが、ここではまだ文官や女官に出くわす可能性もある。だから声を掛けたのだが。
幾度かシートに指を這わせてディスプレイ表示を切り替えると、 は無言のままカノンにそれを突き出した。
「――なんだ?」
表示されていたのは地図だ。カノンは突き出されたままのそれを受け取り、改めて地図を検分する。
まるで紙のように薄いシートにカラーで映し出されているのはエーゲ海のようだ。青い海に点々と浮かぶ無数の小島が白から緑、茶色と高度別に正確に表示されている。
もともと が持っていたデータではないだろう。01の無線通信機能を使って、 はこの世界のインターネット網にアクセスして情報の収集を行っていた。最初こそ勝手がわからず、カノンがいろいろレクチャーしてやっていたものだが、今ではすっかり自力でネットの海を泳ぎまわっているようだ。それどころか各所にハッキングを仕掛け、本当に足がついていないのだろうかとカノンですら青ざめるような情報まで入手していることもしばしばだ。先程女神が自ら”依頼”の内容を切り出す前に が先手を打てていたのもそういうわけなのだろう。
そして今カノンが参照させられている地図も、恐らく出所はどこかの軍関係だ。衛星からの画像が処理されたものだろう。恐ろしく正確なのが、海には詳しいカノンにはわかった。
「またお前はこんなものを……」
ぼやきながら、カノンは眉をひそめる。地図上にはいくつか×印のマーキングが点在していた。黒や赤で色分けされている。それが軍関係の施設が存在する地域であることは、同時に表示されているアルファベットの記号を見ればわかる。
問題はその中に”unknown”の表記が認められることだ。そして、その位置がもっとも問題だった。
「これは……」
カノンは自分をじっと見上げている を見返した。 は頷く。
「潜入できる、いい機会でもあるの。女神のお考えとは違う方向から”テロ”を未然に防げる可能性もある」
カノンの手から小型PCを取り返し、 は再び歩き出した。カノンも後に続く。
「そこへの潜入は以前から考えていたのだけれども、場所が悪いでしょう? その近辺には小島が点在するばかりで、極秘裏に上陸するにしてもモビルスーツの隠し場所に乏しいわ。適した場所があるかと思えば、個人所有の島だったり……そういうところは意外と警備が厳しかったりするの。でも、ある程度の装備を整えて行くにはモビルスーツで乗り込むしかないと思っていたのだけれど、今回女神に同行させていただければ、その必要がなくなる」
の頭の後ろから、カノンは今だ表示され続けている地図を凝視した。
女神から同行の依頼があったパーティ会場は、エーゲ海に浮かぶ個人所有の小島だ。そして”unknown”表示のある場所は、その小島の目と鼻の先。
それなりに海については把握しているカノンだ。実は問題の小島付近の状況についてもある程度は知っている。
会場に指定されている小島は、近年目覚ましい成長を遂げたヨーロッパの実業家が所有している。確かドイツ人で、名をニコラウス・バルツァーといったはずだ。飛行機や船舶などの重機械製造を手広く広げている。そうして得た利益で途上国や戦乱で荒れた国――主にアフリカ、中近東――に慈善事業を行っており、名士として広く知られていた。
世界を恐慌に陥れたあの”大洪水”の後、各地に慈善のための行脚を行っているジュリアン・ソロも、行き先や寄付の程度についてバルツァーに度々指南を仰いでいると、かつて仲間だったソレントから聞いたことがある。
「しかし――テロの予告を行ったのが、そんなすぐ近くの島に潜伏している奴らだと?」
そんな都合のいい話があるものだろうか。カノンの疑惑の声に は立ち止まり、首を傾げるように頷いた。なんともあいまいな仕草だ。
「はっきりしたことはわからないわ。でも、なにか……」
言い淀んで、結局それ以上を口に出すのは止めることにしたらしい。ぱたりと本型のPCを閉じる。カノンは言葉の先を促そうとした。しかし の迷うような顔を見て、止めておくことにする。かわりに の頭にぽんと手を置いた。
「その調子じゃ調査にとどめておくことになるんだろうが、とりあえず今回はあまり派手な真似はしないでおいてくれるとありがたい。アテナもいらっしゃるんだ。今日はお咎めなしで済んだが、さすがに女神がいらっしゃるところで事を起こすとまずいだろう?」
カノンの手を振り払おうともせず、 はその下からちらりとカノンを見上げるようにした。
「……昼間のこと、女神様はまだ知らないだけじゃないかと思うのだけれど」
やっぱり後でなにか言われるかな、と俯く に、カノンは思わず笑ってしまった。
「大丈夫だろう」
笑い含みなカノンの声に目を上げた の顔はどことなく恨めしげだ。笑われたのが気に食わないのだろうが、ある意味自業自得だ。昼間の意趣返しとばかりに、カノンはせいぜい人の悪い笑みを満面に浮かべてやった。
「アテナはそれしきのことで大騒ぎするようなお方ではないからな」
ついに はぷいとそっぽを向いた。今度こそカノンの手から逃れて、すたすたと歩いていってしまう。カノンはもう一度笑って、 の後を追った。
沈黙の理由2 END
後書きです。
今回出てきた”城戸沙綾”とはただの捏造キャラです。今後も名前だけの出演です。
それにしても、ヒロインよりはよっぽど夢小説のヒロインぽい設定です(笑)
この人を主役にして、別にお話でも書けばもっと一般的な夢小説になりそうです。
……機会があったら、やってみましょうか(笑)
それから本文中に出てきた”城戸光政の嫡出の息子”について。
基本的な設定は原作をベースにしていますから、青銅君達はみんな城戸光政の息子なんですが、みんな母親が違いますよね。
ということは、当然彼らの母親と城戸氏は正式な結婚をしていないと思うのです。
法律上、結婚していない男女から生まれた子供は非嫡出子ということになります。
認知くらいはしていてほしいな、と勝手に思っていますが、その辺の事情をうかがわせる資料が何もないので、
御大の頭の中ではどうなっているんでしょうね??
沢山の女性に子供を産ませる、なんて、ある意味男の究極の夢なんですかね(汗)
それはともかく。
沙織という公にしている”孫娘”がいるということは、孫娘の親、つまり光政がきちんと結婚していた相手に
産ませた子供がいないとおかしい、と いうことになりますよね。
というわけで、勝手に設定。
城戸光政はちゃんと結婚していて、嫡出の子供もちゃんといるんです!
100人の子供達は、遊びまくった結果なんです!!!(←ミもフタもない……)
ちなみにこの話を書いた時点では小説版『ギガントマキア』未読でしたので、
光政に本当の息子がいたという設定はこのストーリーにおいてはなかったってことで。