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Side-S:10章 沈黙の理由3 (10章最終話)


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沈黙の理由3


 翌朝、いつものようにアテナ神像の背後、モビルスーツのところに向かおうとしていたカノンは双魚宮を過ぎたあたりで女聖闘士の後姿を見つけた。聖衣を装着している。ということは、正装しているということだ。ならば教皇か、アテナへの謁見が目的だろう。
 昨日の一件が頭をよぎり、火種はまだ消されてはいなかったのだと思い至った。火をつけたのは だが、ここは協力者としてカノンがフォローしてやるべきだろう。
 胃が重くなるのを自覚しながら、カノンは仕方なく声を掛ける。
「シャイナ!」
 無視されるかと思ったが、シャイナはゆっくりとカノンを振り返った。その動作がどことなくぎくしゃくしていて、カノンは怪訝に眉をひそめる。立ち止まったシャイナの元に、急ぐでもなく階段を昇っていった。
「教皇に謁見か?」
 歩み寄りながらそう訊けば、シャイナはぶっきらぼうに返事をする。
「ああ」
「……昨日の、というか、先日の件か?」
 同じ段に立てば、シャイナの背はカノンよりも断然小さい。仮面に覆われた顔を、カノンへと上向ける。当然表情などわかる由もないが、昨日のように怒り狂っている訳ではないことはわかった。それどころか、声には昨日のような張りがない。
「さあね……」
 どこか悄然としたように教皇宮に目を移した。
「あんたも呼ばれたんなら、その件だろうね」
「呼ばれた? 俺が? ……誰に?」
 間の抜けた訊き方になってしまったのは、あまりにもしおらしいシャイナの様子に唖然としたからだ。
「なんだ、違うのかい? じゃあ結局、アタシひとりが割を食ったってわけか」
 シャイナの口調に力がこもる。しかしそれ以上カノンに食って掛かるでもなく、シャイナは再び階段を上り始めた。その歩調は叩きつけるようで、再燃した怒りが燻っているのがわかる。
「…………」
 ひとつ溜息をついて、カノンもシャイナの後から教皇宮を目指す。
 この場合、 と同僚でもあるシャイナと、どちらに加勢したものかと頭を悩ませずにはいられなかった。

 ***

 昨日押し問答を繰り広げたまさにその場所で、シャイナは足を止めた。大きな扉の前で、教皇宮付きの衛兵がシャイナに向かって頭を下げている。シャイナの後についてきたカノンを認めると、更に深く礼をして見せた。
「おはようございます。教皇様がお待ちでございます、蛇使い座(オピュクス)様、双子座(ジェミニ)様」
 シャイナがカノンを振り返る。仮面の下の顔は、さぞ怪訝な面持ちを浮かべていることだろう。
「やっぱりアンタも呼ばれてたんじゃないか」
「……知らんぞ、俺は」
 恐らくシャイナと同じくらい渋面を作って、カノンは開かれていく扉を見つめる。そんなカノンに、シャイナは肩をすくめて見せて、もう何も言わなかった。
 呼ばれた覚えはないというのにシャイナと共に丁重に招き入れられてしまったカノンは謁見の間に足を踏み入れて、何もかもを瞬時に諒解する。
 シオンが座す玉座の下、法衣を纏ったサガと並んだ の姿を認めた。今日は珍しくアテナから賜ったこちらの服装ではなく、初めに着ていた自前の服に、 の所属する政府機関の通称――プリベンター――のロゴが入ったジャケットを着用している。つまりは、 も正装ということか。
 シャイナと共に教皇に向かい、膝を折って礼をとる。たいして間をおかず、顔を上げよと、教皇シオン自らによる触れがあった。
「蛇使い座のシャイナ。今朝わざわざお前を呼び出したのは他でもない。昨日報告を受けた、先日の任務における不始末の件だ」
 淀みないシオンの言に、シャイナはわずかに項垂れる。同席している の存在に気づかないわけはないだろうに、そちらをちらとも見ようとしない。
 今、シャイナがこんな目にあっているのは の所為だとカノンだって思うのだ。本人としてはこの場で罵倒などできなくとも、せめて睨みつけるくらいはしたいところだろう。それでもあえてそうしないように努力している。シャイナなりの矜持のなせる業なのだろうが、それはカノンをして驚嘆せしめる見事な精神力だ。
「お前と、同行した雑兵達が成敗すべき目標を不慮の事故により見失い、その生死の確認すら取れなかったとの事だったが――」
 一旦言葉を切って、シオンは視線をシャイナから に一瞬だけ向ける。間を取った。慎重に。もしくは困惑気味に。
「先程、該当目標者の死亡確認の資料を入手した」
 弾かれたように顔を上げたシャイナは、今度こそ の方を向いた。その眼差しに宿る色は安堵か、それとも怒りか。仮面に隠れて判別がつかない。
 対する もまた、見えない仮面をつけているのだとカノンは思う。
 一切の感情を窺わせず、淡々と口を開く。その口調には必要最小限の抑揚しかなかった。
「聖域が指定していた標的がどの人物であるかは存じ上げません。ですが、あの日のあなた方の行動から想定される該当者がいたと思われるエリアは、当方の重点的攻撃目標のひとつでしたので爆破後、生体反応の確認を行いました。結果、生体反応は確認できませんでしたので、それを報告申し上げた次第です」
  の言葉に、彼女の隣に立っているサガが頷いた。手にした書類を繰る。
「提出された予想死亡者リストの中に反逆者と思われる者の名があります。リストに記載されている他の名を見ても、聖域が該当者が潜伏しているとして指示した組織と同一と考えて差し支えないでしょう。そして事実、それ以来懸念していた動きが止んでいます。……目的は達せられていると判断してよろしいかと存じます」
 書類から顔を上げ、サガはシオンを仰ぎ見た。シオンは鷹揚に頷く。ほんの僅か、謁見の間に沈黙が落ちた。
 シオンは肘掛に置いていた右手で顎のあたりを撫で、サガは開いたままだった書類を几帳面な仕草で揃えなおす。紙のぱらりという微かな音が、うつろなほどに大きく響いた。
 珍しいこともあるものだ。カノンはそんな二人の様子を眺めながら、なかば他人事のようにそう思った。
 二人とも困惑している。サガはともかくとしても、シオンさえもがそうなのだ。いかにも前例のない事態ではあるだろう。しかしだからといってこうまで判断に迷うとは。
 ――澱(おり)を見たと思った。
 これまで数千年に渡って定期的に繰り返される聖戦という、どうしようもない堂々巡りにひとつの区切りがついた現在。それでも急速に変化する状況に対応し切れず、未だに払拭できないでいる、澱としか言いようのないもの。旧態依然とした聖域の、硬直した現状。
 恐らくそれは人間によって連綿と続いてきた古い聖域を良く知り、それとは対照的に神によって断続的に興されるだけの、連続することのなかった海界をも知るカノンだからこそ感じる違和感なのかもしれない。
 良くも悪くも、彼等は純粋に聖域の聖闘士でありすぎるのだ。がんじがらめだ。
 仮面に隠された顔を俯かせる女聖闘士。掟や因習、前例のみに答えを求めようと思案する最高位者達。愚かしいほどに頑なな彼等は、成る程、まっとうなアテナの――聖域の聖闘士なのだ。
 ならば第三者的な視点でそのように見てしまうカノンは、やはり異端なのだろう。だからこそ、突如現れた異邦人である の側に在るようにと、アテナは彼に命じたのだ。それは恐らく他の者――普通の聖闘士では無理だろうから。
 カノンは に目を向けた。軽く目を伏せ、相変わらずいかなる表情も浮かべてはいない。
 不思議な女だと、改めて思った。
 恭順ではあるが、従順ではない。それなのに女神は明らかに彼女を気に入っている。一筋縄ではいかない相手にこそ興味を示すのがいかにもギリシャの神らしく、それともまったく別の理由が在るのかもしれなかった。
 所詮神の意図など、カノンにはわかろう筈はないのだ。そんなことは既に身を以って知っている。
 だがひとつだけ、今、この立場からカノンにもわかることはある。
「――サガの判断は妥当であろうな。 の証言から、シャイナよ、少なくともお前達が目標に対してなにがしかの行動を起こし、相当接近していたのであろうことは明らかだ。……問題があったとするならばただひとつ。こたびの勅命が の目標と重なっていたことを、我等も も互いに正しく関知し得ていなかった点にあろう……」
 重々しく告げるシオンの口調には、やはり戸惑いが見え隠れしている――ように感じられる。カノンの思い過ごしでは決してない筈だ。なぜなら、それは間違いなくこれまでに前例のない事態なのだから。

 聖域が一度ならず下した決断が、決して無視し得ない部外者という異例の存在によって覆されてしまう、という。

 何もかもが異例だらけだ。聖域の内情にここまで深く関わってしまった部外者というのも異例なら、そもそも無視し得ない人物というものが存在することこそが、最大の異例だ。聖域にとってそのような存在とは、彼らの主神たる女神アテナただ一人であったのだ。――これまでは。
 しかし今、もしもシャイナに罰を与えるのならば、等しく へもその咎を問わなければならない。しかし昨日 がシャイナに言い放ったとおり、 の行動の自由は女神アテナそのものによって与えられたものだ。その是非を問うことなど、聖域には決してできはしないのだ。
 聖域が女神の為にと長い歳月をかけて編み上げてきたものが、間接的ながらも女神自身によって覆されるというこの皮肉。
「よってシャイナよ。昨日下したお前への一月の謹慎処分と、同行の雑兵達への格下げ処分は撤回するものとし、この件についての咎めはなきものとする。下の者にはお前から伝えておくがよい」
 粛々と言い置いて身じろぎもしないシオンに向かって、シャイナは垂れた頭を一層深く下げる。
 その様子を目の端に捉えながら、カノンは改めて に目を遣る。もしかしたら今現在、最も女神の加護を篤く受けているのかもしれない女に。
 女神アテナを信奉する聖闘士にしてみれば、いっそ羨ましいほどのその立場。恐らく 本人はそのことについて何か勘付いてはいても、恐らく何も感じてはいないのだろう。
 世の中というのは、凡そそのようなものなのだ。カノンは面を伏せて声には出さずに失笑する。
 そうそう上手くはいかない。――例えそれが神の関わる事柄であろうとも。

 ***

「……なんでこんなことをしたんだい?」
 教皇の前を辞して謁見の間から出た途端、シャイナが訊いた。その声が低い。ほとんど呻くようだった。
「情けでもかけたつもりかい? 無様にも出し抜かれたあたしを哀れんで下さったってのかい!?」
 徐々に激昂していくシャイナを は見返す。やはりその顔にはいかなる感情も浮かんではいない。先程と同じように。そして昨日と同じように。
 口調もいたって静かなものだ。――その内容はともかくとしても。
「あなたは、なぜ任務を遂行するのですか?」
「なんでって、そりゃ……命令されるからだろ?」
 さすがに虚をつかれて、シャイナの声が幾分トーンダウンする。それでもあまりに唐突な質問の巻き返しに、聞き返すことなく答えてみせたのは見事だといえよう。
 昨日の、まさにこの場所での諍いの再開か。思わずカノンは逃げ出したくなったが、残念ながらそんな隙など全くなかった。
「では何のために、命令は下されるのでしょう?」
「……そこまではあたしの知ったことじゃないよ。教皇が聖域の――アテナの為に必要だと判断したことを命令するんだろうさ」
 口籠りつつも何とか答えるシャイナを、カノンは意外な思いで見つめた。知らない、と言いながらも結構的確な答えを出している。切れやすい上に口調も乱暴なので、あまり物事を深く考える性質ではないのかと勝手に思い込んでいた。認識を改める必要があるかもしれない。
 むしろあまり深く考えていないのは の方ではないのかと、ふと思った。
「必要だから命令は下される。つまり与えられた命令――任務は完了されなければならないものであるはずです」
 淡々と紡がれる言葉は、恐らく の中に書き込まれているものが読み上げられているだけなのだ。それらの言葉の中に、 自身の思いは、一体どれほど含まれているのだろうか?

 ふと慣れた気配を感じて、カノンは向かい合った とシャイナの向こうに目を向けた。
 三人が立ち止まったままの、謁見の間の正面扉から少し離れたところに位置する通用扉。そこから姿を現したのは、先程持て余していた書類を手にしたままのサガだった。
 驚いたように立ち止まった兄に、カノンは目配せする。この状況を何とかしたいと思っていたはずなのに、声を掛けないでくれと、何故だかそんなつもりの合図になってしまっていた。
 そしてサガはそんな弟の相反する意図を正確に汲み取った。こそとも音を立てずにその場に留まり、カノンと自分の間で対峙する とシャイナを静かに見守る。

「あなたに与えられていた任務は私の関知するところではありません。ですがあの場にあなたがたはいた。そして昨日のあなたの言葉。考え合わせれば、私の持っているデータの中にこの件に関するものが含まれていることは明らかでした。それをあえて秘匿することには何の意味もありませんし、メリットもない。むしろ、あるのはデメリットだけです。ですから私は持っている情報を開示しました」
 黙って聞いていたシャイナは の言葉が途切れた後、少しの間考え込むように仮面に覆われた顔を俯かせていた。
 ややあって少しだけ顔を上げる。その目は恐らく、 を見据えている。
「デメリットって、なんだい?」
 鋭い視線にたじろぐことなく、 は淀みなく答えた。
「私の行動が聖域の活動を妨げる要因となると判断されれば、私の行動の自由が保障されなくなる恐れがあります。そうなると、私は任務を続行することができない。それは大きなデメリットです」
「任務、任務って……つまりあんたにとって任務ってのは相当大きな至上命題なわけだ。それなら今まで、任務に失敗したことなんてないんだろうね。ご立派なことで」
 いかにも面白くなさそうに、シャイナは鼻を鳴らして肩をすくめた。
 そんな彼女から、 はそれまで決して外さなかった視線をわずかに逸らす。その声に、初めて感情が宿った。
「――失敗なら、しています」
「……へぇ?」
 懐疑的な相槌を打ったシャイナに、 は再び目を戻す。
「失敗したから、今、ここにいるんです。本当なら死んでいました。任務に失敗するということは、そういうことです。でも……まだ私は生きている。生きている以上、まだやらなければならないことがある。できることだってある。だから……」
 硬い声だった。焦りすら感じられる。それを押し隠すために、今まで無表情を装っていたのか。
 そんなふうに思い、ひそかに立ち尽くしたままのサガは眉をひそめた。見れば、弟も同じような表情を浮かべている。常日頃、より の近くにいるのだ。 に向けた眼差しに含まれるのは懸念か、それとも哀れみか。どちらにしても、今のサガよりは深く何かを感じているのだろうことは間違いなかった。
「だから、あんなことをしてくれたってわけかい」
 しかしシャイナはそんな を一笑に伏した。わざわざ腰を屈めて顔を覗き込む。
「そうやって取り繕っても、あんたの失敗は元には戻らない。違うかい?」
  がはっと息を呑んだのがわかった。サガは一歩を踏み出す。これは止めたほうがいい。
「シャイナ、いつまでもこんなところで何をしている。先程教皇より改めて下された命、早く下の者に伝えてやったほうが良いのではないか」
 足音も高く歩み寄る。自分の物言いがそもそも威圧的なのも承知の上だ。だからそれ以上咎める口調にはしないでおいた。ちらりとサガに目を向けて、シャイナは無言で から離れる。次いでサガはカノンを睨みつけた。
「カノン、お前がついていながらいつまでもこのような場で何をさせているのだ」
 こちらへは容赦なく叱責を浴びせる。だが言った内容は本心とは少し違う。二人のすぐ近くにいながら、いつまでも止めに入らずにいたことのほうが問題なのだ。
 サガが意図したところを、やはりカノンは正しく理解したようだ。下手に言い繕ったりはせず、素直に詫びる。肩をすくめて。
「ああ、すまん……口を挟む隙が見つけられなかった」
 助かった、と、口には出さずに小宇宙を介した念話で短く言って、カノンは の肩を引き寄せた。
、行くぞ」
 大人しく引かれるままにカノンについて行きながら、 はサガとシャイナを振り返る。すぐに前に向き直って歩き出すその背に、シャイナがもう一度言葉を投げかけた。
。せっかく生き延びたんなら、まだできることがあるって言うんなら、その命、もう少し大事に使うんだね。何に焦ってるのか知らないけど、あんなやり方を繰り返してたら――」
「シャイナ、いい加減にしないか」
 サガの制止の声を聞かず、シャイナは更に声を張り上げた。
「死ぬよ、あんた。それもそう遠くないうちに!」
 なんてことを言うのだ。サガはシャイナを押さえつける。シャイナが何を見たのかはわからない。それでもそのような禍言は安易に口に上らせるべきではない。
 放たれた言霊は、それを現実のものにしてしまう。
「シャイナ!」
 口を塞ごうにも仮面に覆われて叶わない。だがまさか殴って黙らせるわけにも行かなかった。
 驚いたように振り返ったカノンが眉をひそめる。しかしその目に映っているのはシャイナではない。弟の視線を追って、サガは軽く目を瞠った。
「――もう、死んでいます」
  が微笑んでいた。ひそやかに。
「私はもう、死んだものと看做されているはずなんです。だから……」
 こんな笑顔なら、見たことがある。サガは思い、カノンがやりきれなく目を伏せた。
「だから、こんなことをしているんです」
 哀しい覚悟を決めた貌(かお)だった。どこまでも透き通って。
 不遜かもしれない。だが今、兄弟の脳裏に浮かんでいるのは全く同じ光景だった。
 死によって永遠に分かたれたはずの二人が、奇しくも同じ刻に同じ場所――この聖域――で目にした、最後の決戦に赴く前の女神の最期。
 自ら黄金の短剣で喉を突いた女神は、まさにその瞬間、このような笑みを浮かべてはいなかったか。
「戦い続ける。そうやって、生きていることを示し続ける。――そうしないと、私は本当に死んでしまう……」
 押さえつけていた手から、抵抗が消えた。サガはシャイナに目を落とす。手を離した。もう微動だにしない。
 この場にいる誰もが、一言も発することができなかった。
  はもう一度微笑い、踵を返す。
 その背を少し見送って、カノンはわずかに項垂れたシャイナに一瞥をくれた。ひとつ溜息をついて、 の後を追う。
 とぼとぼと、シャイナも歩き出す。 たちとは逆の方向へ。

 ***

 サガだけがこの場に取り残された。しばし立ち尽くす。
 この奥まった教皇宮では聞こえるはずのない、風の音を聞いた気がした。――いつかのスターヒルでの星空が脳裏に蘇る。風に雲が千切れ、冴え冴えとした星の光が朧な未来を携え、地上の全てに降り注いでいた。
 ああ、そうか。
 先程のシャイナの言葉。妙に引っ掛かりを覚えた訳がわかった。
 巡る星々のたどる軌跡。その意味。符号が合う。なにもかもの。
 目を閉じた。ついさっきの、カノンのやりきれない表情。今の自分は、きっと同じ顔をしている。
 ――星を読むことに、一体何の意味があるのだろうか。
 正確に運行される天の動き。変えることが適わないのであれば、果たしてその先を知ることに何の意味があるだろう?
 教皇シオンは幾度となくあの時のサガの読み解きを尋ねてきた。だがサガは答えていない。
 理由は簡単だ。自信がないのだ。その読みは間違っている、と指摘されることが怖いわけではない。
 むしろ、その逆だ。
 外れていて欲しいと願っている。だからこそ口に出すことができない。一度口にしてしまったら、事態がその通りに進みそうで、サガはそれが怖いのだ。
 読みが絶対的に正しい自信がない。そして間違っているという確信もまたない。
 だから言えない。言わない。言うべきではない。
 その思いが先程の の言葉を聞いて、より鮮明になった。
 決して口には出すまい。密かに決意を固めて、サガはようやく歩き出した。
 片付けなければならない仕事がまだある。――没頭してしまえば、頭から星空は消える。

 ――消える。

沈黙の理由3 END


2010/02/01


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