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それはほんの一瞬の異変だった。
***
その瞬間、会場では別段ゲストがざわめいたりすることはなかった。
すべての電飾が一瞬ちらつくように消えたが、すぐに灯火は煌きを取り戻した。何も問題はない。ゲスト達は概ねそのような感想しか持たなかった。
このパーティには世界中から政財界の要人が招待されている。そこへ向けてテロリストグループからの犯行予告が入っている曰く付きの集まりではあったが、一瞬の停電はしたものの何も起こる様子もない。
さすがにゲストの護衛たちは身構えた。しばらくの間周辺を警戒に回るなどの行動はしたものの、何事も起こってはいないようなのを確認すれば、じきに緊張感は薄れてしまった。
ここは海上のプライベートアイランドであり、電力の供給だって島内は個人の管理下にあるのだ。場合によっては自家発電の可能性もある。これだけ広い館内をライトアップし続ければ、なにかのはずみでこんなこともあるだろう。
無意識にそのように思い込み、それを異変だと感じ取った者は、結局のところ皆無だった。
***
「停電?」
聖域、そして海界の錚々たる戦士達もまた、一瞬の異変を問題視することはなかった。
「特にこれといった小宇宙の乱れはありませんね」
ムウがつぶやけば、即座に廊下に出て館内の様子を伺っていたアルデバランも頷く。
「とりあえず騒ぎが起きている様子もないな」
「会場も騒ぎになっている様子はないぜ。護衛がビビッた程度だ」
多少遠くの意識も感じ取れるのかカーサが笑った。
全員が頷きあい、この件はこれで終結したかに思えた。
――前触れだったのだとは、誰も思わなかった。
***
遠くから聞こえる調べに乗って軽やかなステップを踏んでいた とカノンの動きが止まる。
「なんだ? 今の停電は」
「もう復旧している……」
は館全体をぐるりと見渡す。向き合ったカノンにも確認した。
「一瞬だったけど、全部消えたわね?」
「俺の位置からは、そのように見えた」
頷くカノンの顔が険しい。 の表情もまた強張っているに違いなかった。どうにも嫌な予感がする。
繋いだままだった手を離した。
触れ合っていた掌に、夜風がとても冷たい。一瞬震え、 はすぐさま走り出す。部屋へと戻り、着替えや化粧品の入っているバッグを漁った。隠してあった手帳サイズの情報端末を手荒く引っ張り出し、開く。
と同じようにカノンが脱ぎ捨ててあったジャケットのポケットを探る。城戸沙織よりグラード財団名義で支給されている携帯電話を取り出すやいなや、すぐさまどこかへとコールを入れた。すぐに舌打ちし、乱暴に切るとまた別の番号を押す。そんなことを数度繰り返した。
「一体どうしたんだ、二人とも」
あっけに取られていたアイオリアが尋ねる。険しいカノンの表情に眉を寄せた。何をそんなに慌てているのか、すぐにはわからなかった。
「アテネ市内には通じない。警察や救急も駄目だ」
アイオリアへの答えだったのかどうかわからないものの、短く吐き捨て、カノンは に声をかける。
「そっちは?」
「駄目」
苦々しく首を振って、 が答える。その後ろでシュラもカノンに倣って携帯を取り出していた。液晶画面を確認する。
「そんなわけがないだろう。アンテナは立っている」
言いながら素早くキーを操作する。そのまま黙って、女神に付いている同僚へとコールした。
「繋がらない……館内だぞ」
シュラは険しく眉を寄せ、終話キーを押す。
「電波に異常があるのか? なら――」
ようやく事情を察したアイオリアが機転を利かせた。備え付けられている大画面の薄型テレビの電源を入れる。壁のかなりの面積を占めているディスプレイが鮮やかな映像を流し始めた。落ち着いた装飾の壁にあまりにもそぐわない。
「こっちは大丈夫みたいだが。電話だけが駄目なのか?」
気味悪げに呟いて、アイオリアはリモコンを放り出してしまった。次々と切り替わるCMの映像と明るい音楽が空々しく響く。
カノンがふと、腕時計を見た。ついで画面を睨みつけ、唸る。
「CMと時間が合っていない。……録画じゃないのか」
時計は、これもまた携帯電話と同じくグラード財団名義の支給品で、名の通ったブランドのものだ。しかもここへ来る直前に時間は正確に合わせてある。狂っているとは考えにくかった。
カノンの推論を は支持する。
「外部で録画したものを、有線かなにかの手段でこちらに流しているんだと思うわ。あきらかな作為を感じる……」
内部に蓄えられた情報しか表示しなくなった端末を睨みつけ、 がついにはっきりと告げた。
「この分では、外部との一切の連絡手段が遮断されている可能性があります――非常事態が起こったと考えるべきです」
「しかし、予告されていたテロにしてはおかしくないか?」
顎に手をやり、首を傾げながらシュラが疑問を呈した。
「これだけVIPが一堂に会しているんだ。予告どおり危害を加えるというなら、こんなことをせずともいくらでも機会はあった」
「しかもここは島だ。移動手段さえ封じてしまえば、中の人間は袋のねずみのはずだ。人質にするにしても殺すにしても、こんなことをする意味がわからない」
アイオリアの言葉に、 ははっと顔を上げた。
「移動手段――船……!」
先程自ら散らかしたバッグや雑貨をもどかしげに避けながら、 は開きっぱなしのガラス扉へ向かう。
「……ここからは見えない……」
「どうなっていると思う?」
立ち尽くす後姿に、カノンが問いかける。 は振り向きもせずに扉の向こうを見つめた。
「クルーザーの操舵士は、係留後どうしていたかしら」
「そのまま船内に待機していたはずだ」
アイオリアが答える。俯いた。
「グラード財団所属の、一般人だった……」
「船内に武器は?」
尋ねながら、 の背中は動かない。ガラスに映った表情がひどく翳っているのをシュラは見た。
「……ない」
呟くようにアイオリアが答えると、 は小さく頭を振った。
沈痛な沈黙が一瞬訪れる。それを振り払うように、シュラはカノンに声をかけた。
「どうする? 当初の予定とは違う動きをしたほうが良さそうだが」
「――そうだな」
首肯し、カノンは とは反対――出口へ通ずるドアへと向かった。気配を察し、 はようやく振り返る。口を開きかけたが、 の言葉はシュラが先に口にしてしまった。
「どうするつもりだ?」
「アテナに現状をお伝えし、 と俺は別に動く旨、ご許可をいただいてくる。その間、 を頼む」
「わかった」
シュラはすぐさま頷いたが、アイオリアは待てと咄嗟に制止の声を上げた。
「アテナとポセイドンが半ば結界化した空間にいることは小宇宙でわかるだろう? 直接行っても、話はできないのではないか? ここはお前が残って、俺達が伝えに行った方が早い」
「それでも」
外を見ていた が振り返り、割って入る。
「けじめを通す必要はあります。それにまだよく状況がわからないから、この場でもうすこし現状把握に努めるつもりです。その間に――悪いのだけど、お願いします、カノン。それから、もしできれば」
「あの小島だな。聞ければ聞いてみよう」
それこそ事前に打ち合わせでもしてあったのかと思いたくなるような連携振りだ。アイオリアはそれ以上何も言えなかった。
Party Night 12 END
言い訳です。 掲載した後にこんなことを言うのもアレですが。
ギリシャの携帯事情って、どうなっているんでしょうね。
詳しく調べても仕方がないような気がしたので、日本仕様を想定して書いてます(笑)
黄金の皆さん、みんな揃って大柄なのできっと手も大きいんだろうな。
そしたら携帯のちっちゃいキーを押すのは大変なんだろうな。
……とかなんとか、ちょっと妄想しながら書いてたのは、最早秘密でも何でもありません(笑)
実際、欧米人のでっかい手でタッチパネル式ではない方のBlackberryなんか、本当にキーを押せるのかなと常々疑問に思っているのですが。