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あまり公にされていない豪勢な集まりがひそやかに行われているのと同じ夜。
市街地から意外と程近い場所にありながら誰しもが入り込めるわけではない閉ざされた神域――聖域(サンクチュアリ)の高台で、夜空に煌く満点の星を食い入るように見つめている男がいた。
彼は別に、星々の輝きに目を奪われているわけではない。数万光年先から投げかけられた漆黒の闇夜を彩る奇跡のような光を美しいと思う心は、彼とて確かに持ち合わせてはいる。しかし、今宵はそんなささやかな美しさも彼の感情を揺さぶることはない。
ただその配列を観察し、そこに隠された意味を読み取ることだけに心を砕く。何度も何度も、同じ行為を繰り返していた。そのたびに溜息をつき、眉間の皺を深くする。
何度同じことを繰り返しただろう。もう何度目かわからない溜息を深く深くついたときだった。背後から唐突に声がかかって、彼は飛び上がらんばかりに驚いた。いつもの彼を良く知るものがそれを見たら、彼よりもひどく驚いたに違いない。
「今宵の星はどうだ、サガ?」
「……教皇」
本来、この聖域一の高台――スターヒルは、教皇のみに対して開かれている場所だ。いくら補佐とはいえ、なんの断りもなく登頂していたサガは咎められても文句は言えない。
しかし見咎められてサガが柄にもなくうろたえてしまったのは、なにも禁を犯したという、その行為に由来するわけではない。
教皇シオンに、彼の行いの理由が完璧に理解されてしまっていた。そのことにサガは驚愕したのだ。
慧眼な教皇はサガの狼狽など一顧だにせずさっさと歩み寄ってきた。隣に立ち、先程までのサガと同じように星空を見上げる。
「――大勢は、変化していないようにも思える。だがよくよく注意して見てみれば……危うい均衡が崩れ去ろうとしているようにも見える」
黙ったままシオンを見つめながら、サガは唇を噛み締めた。そんな補佐をシオンは睨みつける。
「今日こそは、聞かせてもらおう。お前の読み解きを」
射るような視線とはまさにこのことだ。サガはすっかり逃げ場を失ってしまったことを悟る。
それでもしばしの間、抵抗するかのように両のこぶしを握り締めていた。シオンは何も言わない。ただ、答えを待っている。
風が吹く。二人の間を吹き抜ける。夏だというのに、なんと冷たい風だろう。おかげで少し頭が冷えた。サガは意を決して、いつの間にか俯いてしまっていた顔を上げる。星を見上げた。もう一度。
「淡く輝く火星――絡め取られ、動けない。取り囲む小さき星々が強さを増す。予期せぬ、必然の再会。古(いにしえ)の栄光――失われた。繰り返す、乱世。暴走……狂走」
噛み締めて白くなった唇から紡ぎだされる、断片的な言葉たち。シオンは耳を傾ける。
「示される未来。別れる道。生まれる誤解。差し出される救い。すれ違う。解けぬ誤解。……業火」
かすれていても朗々と響く声。禍々しかった。そして、痛々しい。
「――破滅へと、向かっているとしか読めないのです……」
サガは視線をシオンへと戻した。縋る眼差し。――痛々しかった。
横たわる絶望を見つけてしまったことに、彼が絶望してしまったのだ。それは実際、ひどく痛ましいことだ。救いの言葉が与えられるのを切望していた。無理やり言わせてしまった以上、シオンには応える義務がある。
だがシオンは冷静にサガを問い詰める。サガを重圧から解放してやりたくとも、それだけの材料がない。軽々しく応じることは、サガとて望まないだろう。
「その、先は?」
「……わかりません」
悄然とサガはうなだれた。
先が見えすぎるというのは、恐らく不幸なことなのだ。シオンはサガを見ていてそう思わずにはいられない。サガはだから、昔から不幸だった。
明日が見えてしまえば、人は、そこに夢を描くことはできなくなる。
ならば、何も描けない明日ならば壊してしまえと。かつてのあのサガはそう考えたのかもしれない。
だが――シオンは思う。見えてしまったものが、本当にすべてなのだろうかと。
動かしようのない事実なら、それを見ることに何の意味があるだろう? 意味もない星の徴しか見ない術が、遥かな過去から連綿と受け継がれてきたなどとは到底考えられない。
きっとどこかに綻びがあるはずなのだ。シオンは常々そう疑ってきた。そんなふうだから、素直にまじめに星を見るサガよりも、シオンの方が星の読み解きに正確さが欠けるのだ。自分でもわかっている。
――もしかしたらそれは幸いなことだったのかもしれない。
疑ってかかるから、サガのように自ら読んだ結果に打ちひしがれることもない。
「ならば、破滅そのものが出ているわけではあるまい」
こんなふうに、希望だって口にできる。
サガがはっと顔を上げた。
外見だけならシオンより十も年上のサガは、それでもやはりシオンにとってはほんの子供と大差ない。
まだまだ教えるべきことがあるのだと、シオンは確信する。
「お前もまだまだ青いな。」
笑い飛ばしてやった。サガの表情がわずかに動く。眉間の皺の寄り具合で、ある程度は感情が読めた。それほどシオンは黄泉返ってからはサガを見ていたのだ。
「火星というのは を示している。それは確かだと、私も思う。その先行きが翳っている――心配だな?」
はい、とサガは再び項垂れる。星に知っている誰かを例え、その先が見えてしまうというのは辛いものだ。近しくあり、情が移り始めてもいる。そのうえ、彼らの信奉する女神に特別の配慮を賜っている存在なのだから、なおさらだ。
シオンもそうなのだろう。 、と名を口にする際、表情が苦みばしったものになる。
「……前回、こうしてお前とここで星読みをした際には、あの火星が何を指し示しているのかは全くわからなかった」
もう一度、はい、とサガは頷く。シオンは件の星を見上げた。もう一度。
「―― がやって来る随分前から、火星は異変を告げていた。そして、 が来た。星はそれを示していたのだと、それでようやくわかった。そして話を聞く限り、我等にとっては何か得体の知れぬ者どもが蠢いているのは確かだ。そうである以上、事態がいかようにも動くのは必然。様々なことは当然起ころう」
生真面目な顔でサガはシオンの言葉を聞いている。
「結局、星だけ読んでも、わからないことはわからないままなのだ。火星を見てもあの夜の我らが のことなど知りえなかったように、何が起こるかは実際に起こってみなければわからないことの方が多い」
「星だけを見て、何もかもがわかったような気がしていた私は、つまり慢心していたということなのですね……」
サガはぽつりと呟いた。シオンはそっと溜息をつく。こんなふうだからいらぬ心労を溜め込んでしまうのだと、いつになったら気づくのか。
「慢心というよりは、取り越し苦労だ」
さらりと言い切ったシオンを、サガは虚をつかれたように凝視した。
「何か起こりそうだ。それだけでも、心の準備はできよう。全くの不意打ちでないのなら、刮目してそのときを待つしかない。問題は、そのときにどう対処できるかだ――あまり、思い詰めるな」
肩を叩いてやる。勿論、労いのつもりだ。気苦労を自ら抱え込んでしまう、この後進の男への。
くるりと踵を返した。サガが何を気にしていたのか、もうわかった。ならばもう星空に用はない。
サガはぽかんとした顔ですたすたと去っていくシオンの後姿を見つめ、わずかに遅れて後を追った。
Party Night 14 END
後書きです。
今までで一番長くなってしまった11章をここまで読んで下さってありがとうございました。お疲れ様です。
でも時間的、内容的には変わらないまま12章へ続きます。
初めは11章と12章を同じ章にするつもりでした。
でも蓋を開けてみればこの通り、とんでもなく長かったのでぶった切りました(笑)
ちょっとタルかった11章に対して、12章では激しいシーンなんかもあると思います。
そしてガンダムW要素もさらに強くなってきます。
個人的にはもうちょっとW要素を詰め込みたいところでしたが、あくまでここは星矢世界。
ほどほどに留めて置いたつもりですが……どんなもんでしょう。
少なくとも書いてる本人はそういうつもりで書いてます。
そんな次章ですが、引き続きお読みいただけると嬉しいです。
最後に一つだけ注釈を。
文中、真ん中あたりの一文『明日が見えてしまえば、人は、そこに夢を描くことはできなくなる』
これはマクロスF挿入歌・インフィニティの歌詞から着想したものです。
本当にそうだよなぁと共感していたら、星を読んで勝手に浮き沈みしてる当小説のサガさんてまさにこんなかんじ?とか思えてきてしまいまして。
まるパクはさすがにできませんので、元のすっきりしていながら要点を押さえ、なおかつ感情に訴えかける素晴らしい詞を勝手に改悪して、蛇足ながらも入れてしまいました。
もしもなにか問題があるようでしたらご一報いただければ削除します。