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「アルバー……」
は呼びかける。その名を口にするのは、本当に久しぶりだった。
「久しぶりだね、 」
長い時間の断絶を全く感じさせない口調。それかかえって二人の隔たりを強調していた。
隠し持っていた銃を取り出す。セーフティを外しながら持ち上げ、構える直前にスライドを引く。がちゃりと冷たい音がして、弾の装填を知らせた。
「アルバー」
もう一度呼ぶ。両手で銃を構え、突きつけながら。
だがそれは、かつてのような親しみをこめた呼びかけではない。――突き放す為のものだ。
どうして、とは聞くまでもなかった。この異世界(ここ)にいる。 と同じ手段でしかこちらには来れない。彼は の同僚ではない。――すなわち彼は、敵だ。
その様子を見て、シュラは手刀を下ろす。自分が出るべき幕ではない。そう感じた。だが警戒は解かない。 が銃を向けるような相手だ。
銃口を突きつけられたアルバーは、だがそれを恐れる様子はない。 のかわりに聞いた。悲しげに。
「どうして、君はこんなところに来てしまったんだい?」
重たい銃を構え続けながら、 の手がぶれることはない。ただ標的を見据えている。非情に、冷静に。
「国家保安部(プリベンター)に所属しているからよ」
「どうして君なんだ? どうしてよりにもよって、君が来た?」
全く表情を崩さない 。沈痛な面持ちを隠そうともしないアルバー。
まるで反対だ。端で見ているアイオリアはそう思った。向かい合う二人の胸中が鏡のように相手に映っているのではないかと。
「なぜ私だといけないの?」
答える声があまりにも事務的なのがその証拠だ。特に感情を隠したいとき、 はそのように話す。多分間違ってはいないだろうとアイオリアは感じている。
短い反論に、アルバーは初めて目を逸らした。銃口から―― の顔から。軽く俯く。
「君の為にはならないからだよ――君自身の為にはね、いけなかった。でも……もう遅いね。いや、そもそもそう決まっていたのかもしれない……」
「それは、どういう――」
の言葉が終わらないうちに、アルバーはまた顔を上げた。
「ところで、随分と強そうな護衛を連れているんだね。それに今日の君は『城戸沙綾』って言うんだって?」
打って変わった朗らかな声だった。表情にも笑みが戻っている。何が言いたいのか読めない。眉を顰め、 は黙って言葉の続きを待つ。
「あのグラード財団総帥の従姉妹が君だなんて、まさかね。――ニコラウスに会っただろう?」
「……バルツァー氏のこと?」
「そう。彼が笑ってたよ。だって君はそんな名前じゃないんだから。そうだろう?」
よりいっそう笑みを深くして、アルバーは言い放つ。 が一番聞きたくなかった言葉を。
「 ・ユイ・ピースクラフト」
「やめて!」
叫ぶ。激しくかぶりを振った。なぜだか力が抜けていく。構え続けていた銃も、気付けばおろしてしまっていた。
尋常でない様子の にアイオリアもシュラも目を剥いた。アイオリアが の肩を片腕で前から抱くようにつかんでアルバーから遠ざけ、シュラが一度は下ろした手刀を構える。
その様子を変わらぬ笑みを浮かべたまま眺めたアルバーは、今度は聖闘士達に声をかけた。
「君達は城戸沙織嬢の護衛と同じにおいがするよ。じゃあ、君達も『聖闘士』なのかな?」
「――貴様! 何者だ!?」
瞬時に小宇宙を高め、シュラは聖剣を突きつける。
自らの置かれた窮地に気付いているのかいないのか、アルバーの表情は変わることはなかった。やれやれと肩をすくめる。二人を聖闘士だと言い切ったにしてはあまりにも余裕のある態度。
「そんなに驚くようなことかな? 簡単にわかると思うんだけど」
「簡単に……わかる、だと?」
決して公にしてはいないことをそのように言い切られて、シュラは絶句する。アルバーはもう一度肩をすくめた。
「城戸沙織嬢は以前、銀河戦争(ギャラクシアン・ウォーズ)を開いた。今日の招待客には知っている人も多いようだけど、基本的に聖闘士については何千年もの間、公然の秘密とされてきたんだろう? なのに、彼女はその秘密をあんな形で暴いてしまった。でもその後も彼女は何事もなかったように過ごしている。そのことから、彼女は聖闘士の総本山といわれる『聖域(サンクチュアリ)』と相当深いつながりがあると考えるのは当然じゃないかな」
それに、とアルバーは続ける。
「彼女――城戸沙織嬢は、とてもじゃないけど人間になんて見えないよ。彼女こそが、聖域が祀る女神アテナなんだろう? だとしたら君達が聖闘士でないなんてほうがおかしい。違うかい?」
とんでもない爆弾発言だった。シュラもアイオリアも絶句する。
そんな二人をどこか面白そうに見つめながらアルバーはさらに続けた。
「それと、ジュリアン・ソロ。彼も沙織嬢と同じ存在だよね。何の神様かは知らないけど、彼が連れていた護衛も随分変わった感じだった。でも君達とは違うね」
「……貴様、本当に何者だ?」
アイオリアがかすれた声で尋ねる。肩をつかむアイオリアの手に力がこもって、 はようやく衝撃から醒めた。
「宇宙の心とやらは、そんなことまで教えてくれるの?」
「――覚えていてくれたんだね」
嬉しそうにアルバーは微笑った。 はやるせなく首を振る。
「あなたには、昔からそんな不思議なところがあった。音のない声を聞き、見えない痛みを感じ取る。とても優しいあなただから、そんなことができるんだと思ってた。なのに――」
一度は下ろしてしまった銃をまた構えた。狙いを定める。
「なぜ! ここで――今になって! 私の前に現れたの!?」
「決まっていたからだよ」
打てば響く。そんな感じの即答だった。 はすっかり笑みの失せたアルバーの目を見つめる。恐ろしいほど真剣だった。大真面目に、彼は言う。
「そのように定められていたんだ。なにもかも、すべての未来はもう示されている。陳腐な言葉をあえて使わせてもらえば、これは運命だ。逃れることはできない」
突きつけられた銃を恐れることなく、アルバーは手を伸ばした。グリップを握り締めた の手を自らのそれで包み込む。
「こんなものは、君には似合わない。 、君はこんなものを振りかざしてヒイロ・ユイのようになろうとしているのかもしれないけれど、でも君はどう見ても――リリーナさんに似ている」
思いの外、アルバーは力が強かった。振り払おうとしてもできない。銃を封じられ、反論の余地もない。ただ睨みつけることしか にはできない。
「こちらの世界に単身やって来ることができた挙句に、どんな魔法を使ったのか、ついには神まで味方につけてしまった。なるほど、確かに君は強運の持ち主だ。どんな逆境に在っても輝きを失わず、むしろ周囲を巻き込んでしまう。そんなところまでリリーナさんにそっくりだ」
「……何が言いたいの」
「そんな君によって、新たな未来が拓かれる」
託宣のような一言。 は震える。畏怖によってではなく、どうしようもない怒りによって。
「できないわ。私には、そんなことはできない」
「できるよ」
精一杯の否定を軽々と退けられて、 の怒りは頂点に達する。激昂を通り越してしまえば、かえって冷静になれたような気がした。
「できない。私は、戦っているんだもの。――かつてのリリーナ・ピースクラフトのように完全平和主義を唱えるだけの傀儡として使うことは、もうできないはずよ」
手を、振り払った。ようやく取り返した銃。三度突きつけることは適わなかった。銃より重い事実を突きつけられて。
「そう。君はクイーン・リリーナが全世界に宣言した武力否定の完全平和主義を、自ら戦闘行為を行ったことによって否定してしまった。だからこそ、未来が拓けるんだよ。ピースクラフトの名を持つ君だからこそ」
もう睨みつけることすらできなかった。呆然と は呟く。
「……まさか、ミリアルド・ピースクラフトと同じ轍を踏めと?」
「君なら彼を超えられる。ニコラウスはそう考えているよ。君なら、かつてトレーズ・クシュリナーダがやろうとして志半ばで倒れた偉業を継ぐに相応しいと」
高らかに、謳い上げるように、アルバーは宣言した。
その言葉を後押しするかのような鐘の音が夜空へ響き渡る。からんからん。鳴り響くのは祝福か。それとも葬送の前触れだろうか。
開け放したままのガラス扉から、声が聞えてきた。振り返ってみれば暗い室内でTVが仄かな光を放っている。 は咄嗟に振り返る。入り口まで走った。
『今夜お集まりいただきました皆様。パーティは楽しんでいただけましたでしょうか?――ですが、これからが本番です。いよいよ本日のメインイベントである、炎のイリュージョンをこれより皆様にお目に掛けたいと思います』
と共に室内を覗き込んだアイオリアがつぶやく。
「本番――炎だと?」
『イリュージョンは、残念ながらこちらではなく、ここより遥か北のブリュッセルで行われます。しかし皆様にはライブ映像にてその様子をご覧にいれます』
アルバーを警戒したまま動かずにいるシュラの耳にも音声は届いていた。
「ブリュッセルといえば、EUの本部があるな――何をするつもりだ」
目の前のアルバーにきつく問えば、彼はくすりと笑って答える。
「うん、ちょっとね――たいした得にはならないんだけど。まぁ、デモンストレーションには悪くない」
『なお皆様、お部屋からはなるべくお出になりませんように。現在この島は外に出られないよう封鎖させていただいております。既にお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、現在、外部との連絡も一切取れない状態になっております。皆様はこれからの世界を背負っていかれる大切な方々ばかりですので、本日は万が一にも皆様に累が及ばぬようお集まりいただいた次第です。なるべく危険はないよう最新の注意を払っておりますが、こちらの指示に従っていただけない場合は、御身の無事は保障できかねます。――では皆様、ごゆるりとショーをお楽しみください』
一方的な通告が終わっても、ディスプレイから光は消えなかった。変わらずに静かな夜景が映し出されている。――やがてその映像は一変するのだろう。宣告どおり、業火によって。
ゆっくりと振り返り、 はアルバーに目を向けた。その眼差しに含まれているのは怒りか。それとも嫌悪か悲しみか。
視線を受け止めてもなお、アルバーは表情を変えなかった。穏やかな笑みを湛えたまま、さらに を追い詰める。
「君がいてもいなくても、このパーティは同じように行われたはずだ。でも君が来てくれたお陰で、本当に意味のあるパーティになった」
「……ここに集められたゲストは、今は私に対する人質だということ?」
「ま、それだけではないけどね。結果的にはそうなってしまった」
きり、と は唇をかみ締めた。肩に乗せられたアイオリアの手が暖かい。そのことが、さらに を苦しめた。
こんなことになるとわかっていれば、こんなふうに守ってもらう価値など、 にはなかったのだから。
「どうしてこんなことを……」
震える声で問えば、やはり即答が返ってくる。
「完全平和」
毅然とした声だった。一片の迷いもなく、アルバーは言い切る。
「完全平和を実現させるためさ」
「……こんな方法で?」
「変革には、痛みも必要だ。そして、 、君も必要だ」
「どうして私なんかが……」
「未来を、見たからだよ」
さらりとそんなことを口にするアルバーを、 は絶望的な思いで見つめる。
その視線を彼は別の意味にとったようだった。
「信じられない? そうだろうね」
自嘲気味に笑い、アルバーは に背を向ける。
「じゃあ、君も未来を見てくるといい」
「……未来?」
アルバーは海のほうへ指を差す。
「向こうの島。僕が来たときに、あちらを見ていた。何かあるのは知ってるんだろう?」
「……」
「地下格納庫a-e1」
は無言でアルバーの背中を見る。彼がどんな顔でそれを言っているのか、想像がつかなかった。
「君に貸すよ。あれは、未来を見せてくれる」
未来、と。
彼が口にした時点でそんな予感はしていた。しかし。
「……まさか、ゼロシステム……? あれはもう、失われたはずではなかったの?」
背を向けたまま、アルバーは答える。否定は、されなかった。
「うまくいけば、ブリュッセル攻略も止められるかも知れないね」
「あのシステムがどういうものか……わかって言っているの?」
声が震える。あれは駄目だと。聞いたのだ。昔。あんなものに頼ってはいけないと。
だがアルバーは今度は振り返った。鋭利な笑みを浮かべて。
「目の前にある戦闘しか見ていないのなら、あれはその戦いに勝利する方法しか教えない。でも、そのもっと先にある、確固たる何かを求めているのであれば、あれはそのための未来を見せてくれるよ」
その言葉は、 の心に深く刺さった。奥底に眠っていた恐れを切り裂く。
再び向けられた背を、睨みつけた。昂然と。
対抗心が頭をもたげた。彼にできたなら、 にだってできるはずだと。
「――借りるわ」
背に向けて、言い放った。
Las Fallas 02 END
後書きです。
前回の一話と同時刻別場所の話です。
アニメなんかだと簡単にできる表現なんですが、文章だけだと意外に難しい気がします。
キャラクターがいろんな場所で同時に色々やるので、今後こういう表現が増えると思います。
わかりにくかったらすみません。
宇宙の心とかゼロシステムとか。やっと書けました。
完全平和とかピースクラフトとかクイーン・リリーナとかミリアルドとか。とか、とか。
こういう要素がなかったら、クロスオーバーなんて思いつかなかったに違いありません。
それにしても宇宙の心って便利な概念だ。沙織さんの身バレも一瞬で済みます\(^o^)/
「宇宙の心」
結局、本当のところ、なんだったんでしょうね。
いきなりヒイロのことだったんだと言われても……。何度見直しても( ゚д゚)ポカーンですよw
GWで一番わからなかった部分です(←なら使うなとw)