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とてつもなく奇妙なコクピットだった。
ハッチを閉じれば普通なら周囲のモニターがオンになるものだが、エピオンの場合、計器が点灯するだけだ。目の前には半球形のレーダーモニターが赤いカーソルを複数点滅させている。通常のインターフェイスとは全く趣を異にしていた。
は備え付けのデータヘルメットを装着した。バイザーが通常のモニター代わりとなる。装着の動作が機体の起動シークエンスの最終行動だったらしい。ディスプレイに『SYSTEM-EPYON』の文字が浮かび、それまでは握っても動かなかった操縦桿がフリーになった。
ハンガーから機体を外し、後退する。射出口の下に立ち、飛び立つ直前、 は手動でコクピットのモニターを表示させた。カノンがこちらを見上げている。アルバーもまた、エピオンを見上げていた。
ペダルを踏み込み、バーニアを点火させる。背から噴射される炎はすぐに黄色から青白く変わり、耐熱床を灼熱させる。機体の後方上部には煙突のように上にまっすぐ延びる射出口がある。そこから外へ出られると『エピオン』は に教えた。
「行ってきます」
そんな言葉が、思わず口をついて出た。マイクもスピーカーもオンにしていない。聞こえるはずもないのに。
はそんな自分に苦笑する。カノンに頼りすぎているのだ。自覚はある。
さっきだってとても緊張していたのに、カノンの顔を見たらなぜか収まった。不思議だった。最近、カノンと一緒にいると、よくそういう感覚を味わう。
不安でも、自信がなくても、何事にも動じない悠然とした態度を見れば、余裕のある声を聞けば、安心した。
だからさっきカノンの胸に触れたのも、意識してやったことだ。――勇気をもらったのだ。
その手が、まだ温かい。だから、大丈夫。私はやれる。
意識を切り替えた。感傷を振り切って、 は空を目指す。
エピオンに導かれるままに。
***
地下へ降りる際にこじ開けて使ったエレベーターを、またしても同じように使ってカノンは地上へと向かう。
ワイヤーをつかみ、金属の壁を蹴りつけては上を目指す。上がれば上がるほど、最下層では全く聞こえなかった音が明瞭になっていく。
爆撃音。金属音。銃撃音。破壊音。悲鳴以外のあらゆる戦闘の音が聞こえてくる。
最初にこじ開けた扉を飛び出る。ここへ来るまでは目隠しをされていた。戻る道はわからない。だがそもそも戻る必要などなかった。外へ出られれば、それでいい。
おそらくここは地上階だ。ならばどこかの壁でも突き破れば、どうにでもなる。
大雑把な当たりをつけて、カノンは適当な壁に拳を向けた。
***
モビルスーツ輸送機が全機発進し、部隊は北西に進路を向ける。目指すはベルギー・ブリュッセル。
輸送機一機に主力量産型モビルスーツであるトーラスが4機積載されている。地上戦における能力は勿論、空中における機動力も高いモビルスーツである。地上と上空から一気に都市を制圧する計画だ。
今回の部隊はその輸送機が5機で編成されている。つまりモビルスーツは全20機。――他愛もないミッションだと誰もが思っていた。
冷戦も終結した現在、欧州の軍備などある程度整えられてはいても、それほど緊張感を持って平時に備えられているわけではない。その上彼らの軍備は、そもそも通常兵器などものともしないほど高度なものだ。
何の遅滞もなく、ミッションは開始され、そして予定通り完遂されるものだと誰もが信じて疑わなかった。
――最後尾の輸送機が、『それ』を関知するまでは。
「基地より新たな熱源が射出。上空に向かっています」
幾分怪訝なオペレーターの声が、異常を告げた第一声だった。
「我々で最後だ。他には何のミッションもなかったはずだが。出撃したのは何だ?」
「不明です。大きさからして、輸送機ではありません。モビルスーツ程度ですが、それにしては形状が……」
「モビルスーツでないのなら、飛行機ではないのか」
「そうであるなら、このスピードでは戦闘機です。しかし基地には現在戦闘機は配備されていません」
無益なやりとりを遮ったのは、別のオペレーターが発した叫び声だった。
「上方より熱源接近! 回避不能!」
それがこの輸送機で交わされた最後の会話となった。
***
突如として赤い爆炎が夜空を染めた。
各部屋に配備されたTV画面からその映像はリアルタイムで流されていたが、そんなものを見なくとも、窓の外に目を向けるだけで何か異変が起こったことは誰の目にも明らかだ。
けたたましく警報が鳴り、対岸の小島から夜空に向かってサーチライトが何条も伸びる。
そんな光の筋をときおり遮る黒い影がある。速すぎて光がそれを捉えることはできていない。
照らされていない闇の中を銃撃のものらしい火花が散り、またはロケット弾か何かが光の尾を引き闇夜に吸い込まれていく。そのいずれもが目標に到達できていないのは、混乱が終了しない事実が証明している。
やがて一度は飛び立ったはずの元の小島に落ちた炎が類焼して燃えさかり、夜空を煌々と照らし始めた。その段になってようやく傍観者たちの目にも、その異様な姿が確認できるようになった。
――赤い翼。赤い躯。その手には茫洋とした赤光を放つ鞭のような凶器がある。
背後から青白い炎を噴出し、暗闇に浮かび上がる様は、さながら地獄の使者のようだ。
その淡い緑に輝く目が、遅まきながら迫り来たモビルスーツを視認するかのように動いた。
輸送機は、もはや遠く北を目指すミッションを放棄していた。積載しているトーラスを全機吐き出し、攻勢をかける。部隊の編成が乱されたのだ。敵と見なして攻撃するより他はなかった。
通常ならば、たった一機に対して16機ものモビルスーツが向かうなどありえない。
先の輸送機は不意打ちを食らっただけだと。さすがに多勢に無勢だと、誰の目にもそう映った。TVの映像を眺めるだけの人々も、トーラスのパイロットも。誰もが思ったのだ。
しかし先鋒として向かっていったモビルスーツを、その赤い機体――エピオンは、赤く輝くヒートロッドをただ一閃させただけでたやすく屠り去った。
僚機があっけなく墜とされるのを見て、咄嗟に制動をかけ方向転換を図ったパイロットの判断は正しい。しかしそのトーラスが正面を向けたはずの場所に、エピオンは既にいた。
次の瞬間、膨大な熱量の奔流を叩きつけられ、そのトーラスは半ば蒸発するように爆散した。
同じような光景が、次から次へと起こる。トーラスが半数に減るのにたいした時間はかからなかった。
エピオンの動きは、トーラスのそれとはまるで比べものにならない。
無辜の都市に襲撃をかけるというトーラス部隊の足止めをしているエピオンの行動はむしろ正義に則ったもののはずだ。それなのに。
――エピオンのその姿が悪鬼にしか見えないのは、どういうわけだろう。
***
暗闇に火花や炎が現れては消えるだけだった映像に、ようやくはっきりとその姿が映し出された。地で燃えさかる業火に炙り出されるかのように照らされている。
赤く輝くヒートロッドをだらりと宙に垂らし、背には青白い炎を背負う。そのあまりに禍々しい赤い巨体に、向かっていく、やはり異形の黒い機体が数機確認できた。
「あの赤い機体に乗っているのは、やはり なのでしょうか……あまり、想像ができませんが」
破壊の音だけに圧倒されていた部屋で、はじめに口を開くことができたのはムウだった。それでようやく、他の面々も言葉を発することを思い出したようだ。
「なんだかいつもとはずいぶん様子が違うような気がするな。戦闘の場面を見たのは初めてだから、何とも言えないが……」
たった一振り。それだけの動作で、向かっていった黒い機体がヒートロッドの餌食になった。はじめは赤かった炎がすぐさま黄色く変化して、爆発のすさまじさを知らしめる。
その光景を眺めながらつぶやくと、アイオリアは腕を組んで眉をしかめた。アルデバランもまた腕を組み、自信がなさそうに首をかしげた。
「機体が違うからではないか?――と、言いたいところだが……なんだかな」
「アイオリアの言いたいことはわかるような気がするな。なんというか、雰囲気が違う」
シュラまでもがそう言いきり、アフロディーテも頷いた。
「急いで出て行っているようなときだって、あんなに荒々しい感じはしないよ」
聖域に詰めていることが多く、平常から01の発着の様子を見ている四人全員がそう言うのだから、彼らの感じる違和感はまず間違いないのだろう。
「あんたたち、あんまり驚かないんだな。というか、驚いている場所が俺たちと違うんだな……」
カーサの気味が悪そうな声に、聖闘士たちは苦笑した。
「まあ、私たちも初めてあの『モビルスーツ』を見たときは確かに驚きましたよ」
ムウが取りなし、アルデバランが追加情報を漏らす。
「俺たちの中でも一番最初にモビルスーツを見たのは、あのカノンなんだ。それと、ここにはいないが乙女座(バルゴ)のシャカだな。しかも奴らは初っぱなから戦闘シーンに出くわしたんだそうだ」
「……シードラゴンがやたらと訳知りなのは、その辺に関係あるのか?」
ようやく合点がいったように、バイアンが尋ねる。聖闘士が答えを言う前に、クリシュナが唸った。
「まさか――」
「どうした?」
目を見開いたまま止まってしまったクリシュナに、カーサが声をかける。クリシュナは呆然としたまま、それでも答えた。
「……シードラゴンは、精神に作用する技を持っていたな」
「そうだな。俺とはまた違う方向のやつだがな」
「――俺には、常々あの男の眉間のアージュニャー・チャクラが強い光を放っているように見えていた。そして、あの という娘にも同じような光が見えた気がした。それも、よく似た色だ」
「チャクラがどうとか、よくわからんからわかりやすく頼む」
単刀直入に先を急がせたバイアンに慣れているのか嫌な顔もせず、クリシュナは淡々と続ける。
「アージュニャー・チャクラとはすなわち第3の目。心の領域を越え、純粋意識により本質を把握してしまう、すべてを見透かす真実の目。精神に作用する技に長けているからこそそのチャクラの光が強いのか、またはその目があるからあれほど強い精神支配の技を繰り出すことができるのか、どちらかはわからん。どちらにしても、それを以て相手を見れば、自ずとその深層意識までが知れるだろう。だが、あの二人はその光がひどく類似しているように俺には見えた」
少々難解な言葉を、それでも全員が黙って聞いていた。
「あー……なんかわかるような気がするぜ。うまく言えねぇが、わかるような気がする」
カーサが中空を見つめて、なにかを見透かすようにする。さながら敵の深層意識を垣間見ているかのように。
「なんつーか、それじゃあ、お互いに丸見えってわけだわな」
クリシュナは頷く。目を眇めて、再び窓の外の赤い機体を見据えた。
「……お見事です」
どこか晴れ晴れしたようにムウが笑う。
「チャクラとかそういった見解はともかく、大方そのような事情ですよ。彼が現在、我々の中でも特殊な立ち位置にあるのは」
持論を一応は肯定されてもクリシュナは全く表情を変ない。光の軌跡としか見えないような戦いから目を逸らそうとはしなかった。
「小宇宙とチャクラは違う。お前たちが感じられないのも無理はないが、確かにある。そして今、あの赤いやつからは……ひどく濁ったチャクラの光が感じられる。それこそあのシードラゴンに精神系の技をかけられた者と似たような……」
ぎょっとしたようにクリシュナを見て、バイアンが眉をひそめる。
「でもシードラゴンの小宇宙は、感じられなかったぞ。あんな技を使ったらバレバレだろうが」
「シードラゴンがあの技を使うのはほとんど尋問とか、そういうときだけだったしな。今はさすがに状況が違うだろう」
カーサが首をひねりながら言えば、アルデバランも相変わらず腕を組んだまま、困ったように言い添える。
「大体、今更 に対してそんなことをする必要などないだろうしな」
あごに手をやり、考え込むようにしながらシュラまでもが否定する。
「そもそもカノンの技は小宇宙を介して行うもの。そのチャクラとやらによる解釈は当てはまらないのではないか」
海闘士、聖闘士両方から反論の声が上がって、クリシュナは憮然とした。
「シードラゴンがなにかをしたとは言っていない。精神支配を受けた状態に似ている、と言ったまでだ」
それまで沈黙を守り通していたアフロディーテが、初めて口を開いた。
「……つまり今の は、平常の状態ではないと? 何者かにコントロールされている状態だということかい?」
その一言で、クリシュナを責めていた面々ははっと息を呑んだ。
「確信はない。あのチャクラの状態から、俺がそのように思うだけだ」
顔を背け、面白くなさそうにクリシュナは言い捨てた。その様子には頓着せず、アフロディーテは秀麗な面をしかめる。
「先ほどのカノンのあの慌てよう――何かおかしいと思っていたんだ」
それきり沈黙が落ちた。外ではまだ戦闘の音が続いている。
赤い機体が振り回しているのはいつのまにか長大な光の剣に変わっている。目の色と同じ淡い緑が、暴力的なまでの光を放って敵を屠る。
「戦場がこちらに近づいてきている――こちらに、飛び火してきそうですね」
ムウが眉を寄せた。
轟音と爆発の相乗効果で、おそらく防弾強化ガラス仕様であろう窓がびりびりと振動している。飛び火と聞けばたいしたことはなさそうだが、万一飛んできた場合には、火だけではなくもれなく金属片付きだろう。窓ガラスがそれに耐えられるとはとても思えない。
「現れたばかりの時は、それでもこちらに近づかないようにしているように見えたのだが……その配慮もできなくなってきているということか」
アフロディーテの表情が決定的に険しくなった。一同を見回す。
「さて、どうしようか?」
顔つきとは対照的に、ゆったりと言葉を紡いだ。。
「当初の予定では、一般客の保護役と敵の迎撃役と分けていた。だが、もうそんな段階ではなさそうだ」
悠長にも思える話し方は、アフロディーテに迷いがあることを表している。それを察して、シュラが応える。
「全員総出で、一般客の保護に回るのが賢明だろうな」
聖闘士たちは互いに顔を見合わせ、うなずいた。
「海将軍の皆さんは、どうされます?」
ムウの問いかけに、海闘士たちもそれぞれ視線を交わしあう。やがてバイアンが意を決したように一歩進み出た。
「ここはお前たちと共闘すべきだと思う。ポセイドン様の指示を仰ぐ必要はあるが」
「――では今すぐ命じる。聖闘士たちと共に、この島を守れ。失ってはならない者たちが、今宵この場にはあまりにも多い」
いきなり威厳ある声が割り込んだ。次いで、落ち着いた少女の声も重なる。
「できるだけあなたたちの姿は見せぬようになさい。あの戦いが終わるまで、なんとしても守るのですよ」
地上と海、それぞれ至高の戦士たちは優雅な一礼とともに、神の言葉を確かに拝命した。
Las Fallas 07 END
後書き&補足です。
エピオン始動(゚∀゚)
自分的にはやっと、という感じです。モビルスーツが書きたくて仕方がなかったので。
でも今回はまだ前振り。本番は次回。
書きたいと思っていた割にはこの辺を書くために、一体何度GW34話を見直したことか(笑)
今回でっち上げたチャクラについて。
なんかネタないかなとググっていたらうっかり見つけてしまったネタです。
これは使えると思って、適当に脚色してつじつまを強引に合わせました。
というわけで勝手な設定ですので、あんまり信じない方がいいです(笑)
正直に白状します。あんまり深く考えず、行き当たりばったりで書きました(`・ω・´)キリッ
勝手な設定と言えば、冒頭のエピオンの起動のくだりについても捏造がひどいので
詳しい方は気になっても突っ込まない方向でお願いします。
本編で一番エピオンに乗ってたゼクスさんだってほとんどヘルメットなんて被ってないのは百も承知してます。(笑)
でも、じゃあどうやってデータのフィードバックしてたんだとか、
色々考えながら件の34話を見たら、ヒイロは真面目にメットを被ってたので、
これだ!(゚∀゚)と思ってああいう描写にしてみました。