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Side-S:12章 Las Fallas 08


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 ゼロシステム――正式名称【Zoning and Emotional Range Omitted System】
 直訳:領域化及び情動域欠落化装置。

 高性能のフィードバック機能によって生体作用をスキャン後、脳の神経伝達物質の分泌量をコントロールする事で、急加速・急旋回時のG等の刺激情報の伝達を緩和、或いは欺瞞し、通常ではありえない動作をも可能にする。
 要するに意識の低下を伴わない麻酔か麻薬のような効果がある。
 劣悪環境に陥った場合にそれを回避しようとする脳の働きを抑制し、身体に無理をかけさせることに苦痛を伴わないようコントロールさせる。

 さらにこのシステムの最大の特質として、コンピューターが分析し、予測した状況や対処法を搭乗者の脳に直接フィードバックする機能がある。 
 勝利する為に取るべき行動を搭乗者に提示する機構。
 端的に言えば搭乗者の脳波に直接干渉し、予測される全ての未来を見せ、その中からもっとも適切な未来を選択させることで『完全な勝利』を目指す。

 ――その機能には同時に、致命的な欠陥がある。

 そもそもシステムが推奨する戦術は、基本的に単機での勝利を目的としたものだ。
 勝利するためには、搭乗者の意思や倫理に反する行為であっても無情に見せつける。
 また、このシステムの目指す『完全な勝利』には搭乗者の生死は勘定に入ってはいない。
 搭乗者の事情や感情などを無視し、状況によっては搭乗者自身の死や機体の自爆、友軍の犠牲もいとわない攻撃など、非常にしばしば非人間的な選択が強要される。
 演算によってはじき出された膨大な死へのデータをあますところなく見せつけられ、即時の選択を迫られ、恐慌に陥らない人間などそういるものではない。
 これが、このゼロシステムの最大の欠陥。
 ただ強靱な精神力もなしに漫然とシステムを使うだけでは、システムに命令されるがまま暴走するか、もしくは負荷に耐え切れず精神崩壊してしまう危険性が高い。

 ***

 夜空へと舞い上がり、重力に従って落下しながら、手近に迫ってきた輸送機を難なく撃墜した。
 なんという機動力。 は驚きを禁じ得ない。初めての機体で、初めてのコクピットだというのに、このエピオンは恐ろしいほど の望む動きを実現してくれた。
 その上、この破壊力はどうだ。
 灼熱したヒートロッドを一閃させただけで、モビルスーツがやすやすと分断される。熱したナイフでバターでも切っているかのようだ。何の造作もない。
 最初に向かってきた2機の内の一つが爆散し、コクピットがまばゆい光に包まれた。背を向けたもう一機は捨て置くつもりだった。そのモビルスーツは館のある小島の方向へ向かっていたし、できるだけ戦場をそちらから離すつもりだったからだ。
 真っ白な光の奔流が収まる。 は光の向こうから現れた光景に眉をしかめた。
 いったん引いたと見えたそのトーラスが、振り向きざまにレーザーガンを に向かって向けていた。高指向性のそのレーザーに至近距離で曝されれば、いくら特殊なガンダニュウム合金の装甲で覆われているエピオンといえども、無傷ではいられない。
  は咄嗟にレバーを操作し、トーラスの背後をとった。ヒートロッドを振り上げる。――そこで気づいた。
 なぜトーラスはこちらを向いている? 背後をとったはずなのに。
 ヒートロッドがトーラスにめり込み、爆発が起こる。両腕が吹き飛び、その先には何も装備されていないことを確認した。レーザーガンなど、構えてはいなかった。
 ――これが。
  は戦慄する。話には聞いていた。
 ――これが、ゼロシステム。
 搭乗したときには『SYSTEM-EPYON』などと表示されていたが、それがゼロシステムと同じものであることは知っている。
 おののく の耳を甲高い警告音が打つ。モニターに意識を向けたときには、すでに遅かった。3機のトーラスに囲まれ、それぞれがビームキャノンを構えている。すでに照準もロックされているのがわかった。
 光が、見えた。まっすぐに へと向かってくる、死の光。
 次の瞬間、エピオンに直撃がくる。ガンダニュウム合金すら融解させる威力の膨大な熱量が続けて3発。まともに食らって、合金が溶けるのを感じた。
 容赦なくマグマのような熱が を襲う。コクピットの隔壁が白熱し、溶けていく様までが見える。手が、髪が燃える。火が上がる。

 死ぬ。

 ただそれだけ思った。
 恐怖も何も、感じなかった。そんな暇もなかった。死とはたぶん、そんなものなのだ。恐れるほどの余裕も与えず、いきなり襲いかかる。
 痛くもない。熱くもない。
 ならばきっと、怖がる必要なんてない……


 甲高い警告音で我に返った。
 コクピットは無事だ。何事もない。
 モニターを確認しても、ビームキャノンを構えている敵に取り囲まれてなどいない。ただレーザーガンを構えてこちらに近づいてくる機体が数機あるのみ。
 どっと冷や汗が吹き出る。
 確かに死んだ。そう思ったのに。
「エピオン……あなたが見せているの……?」
 あれが、死ぬということ。
 グリップを握る指が震える。今になって肩が、足が、どうしようもなくがくがくと震えた。
 ――怖い。
 ようやく、思った。
 あんなふうに一瞬で、この身もこの心も、燃えてなくなってしまうの?
 戦い続けたまま。あれでは、死んだことすらわからない。きっとわからない。
 だとしたら、 はいつまで戦い続ければいいのだろう。
 警告音は鳴り続け、 の耳を刺激する。迫ってくる敵がいる。震えていうことを聞かない指を無理矢理動かし、キーを操作する。怖い。あれを倒さなくては。
 グリップを押しやる。腰部のジェネレーターに直結した大出力のビームソードを引き抜いた。
 頭が痛い。吐き気がしそうなくらいの激しい頭痛。それなのに視界は妙にクリアで、トーラスの動きがスローモーションのようにはっきりと見える。
 怖い。痛い……怖い!
「やめて……こっちにこないで!」
 ビームソードを振り下ろす。収束した強大なエネルギーの固まりをぶつけられ、トーラスはあっけなく炎塊と化す。
 しかしそのトーラスは囮で、爆発の瞬間に背後をとられた。ビームキャノンがたたき込まれて、 はコクピットごと蒸発する――。
「いやあぁぁぁぁっ!」
 叫んだ拍子に、数機まとめて爆発するトーラスの姿が目に入る。……これも幻覚だった。
 いっそ頭をかち割ってしまいたいほどの頭痛に苛まれながら、 はゼロシステムについて、かつて参照したデータを思い出す。
 わかっていても、この恐怖を振り払えない。
 敵は襲いかかってくる。容赦なく。そしてデータも遅滞なく脳に送り込まれ続ける。
「どうすればいいの……どうすれば……?」
 もう何機のトーラスを墜としただろう。残りは何機? 基地から増援が来るかもしれない。
 ――どうすれば、この戦いを止められる?
  の耳に、あるはずもない声が聞こえる。
『ピ……クラフト』
 聞きたくもない言葉たちが耳に、いや、脳に直接染みこんでくる。
 象徴。完全平和。崇高な理想。後継――
 与え続けられる情報という名の幻影の中で、 は何度も死ぬ。あるときは爆発に飲み込まれ、あるときはコクピットごと燃え尽きる。何度も、何度も。
 その悪夢が現実となるのを阻止するために、 は戦う。ヒートロッドを振るい、ビームソードで薙ぎ払う。まるで、狂ったかのように。
 何もかもが敵に見えた。モニター越しに見えるすべてが、今や の敵だった。
 誰もが を害し、 を利用しようとする。 が望んでもいないものを、押しつけようと。
 ――私の望み?
 逃げ惑うトーラスに追いすがり、ヒートロッドを叩きつけながら、愕然とした。
 ――私は、何を望んでいるの?
 目の前に浮かぶのは、敵の姿ばかり。他には何もない。
 ――私は何がしたいの?
『目の前にある戦闘しか見ていないのなら、あれはその戦いに勝利する方法しか教えない』
 アルバーの言葉が、不意に蘇る。
『でも、そのもっと先にある、確固たる何かを求めているのであれば、あれはそのための未来を見せてくれるよ』
 ――私が求めているもの……?
 あっただろうか。そんなもの。
 何も求めていないから、敵しか見えないのだろうか。
 バーニアをふかして上昇する。爆煙から抜け出た。上を向いた目には星が映る。満天の星空。
 その星空に、誰かを見たような気がした。
 星の守護をその身に纏う、黄金の戦士。癖の強い長い金髪。皮肉げな笑み。厳しくて強い、海の碧を思わせる双眸。
「……カノン……」
 なぜ、彼の姿が浮かぶのだろう。
『未来を見せてくれるよ』
 脳裏で繰り返される、アルバーの言葉。
「未来……私の、未来……?」
 カノンが私の未来を拓いてくれるとでもいうの?
 それとも。
 カノンが――まさか。
 くだらない考えを振り切るかのように、 は強く首を振った。
「……敵であるわけ、ないじゃない!」
  はグリップを握り直す。押し出した。
「エピオン! もっとちゃんと見せて! 私は、なにをしたらいいの!? 教えなさい!」
 コクピットが光に包まれる。
 まばゆい光の中、 の視線が元凶たる主を持つ館に吸い寄せられた。そして同様に、たくさんの兵器を抱える隣の基地島へも。
 ――見えた。わかった。なにもかもが。
 そうだ。簡単なことだ。
「消えればいい……私を戦わせようとするもの、利用しようとするものは全部! 私を知るものはすべて、消えればいい!! そうすれば、もう誰も私を傷つけない! 私はそれ以上、誰も傷つけなくていい……!」
 ビームソードを抜き払い、 はエピオンを急降下させる。
 目標は、あまりにも明確に思えた。

 ***

 火の粉と呼ぶには大きすぎ、また重量がありすぎるものが雨のように降りしきる。
 黄金聖衣を召喚しても、島全体を一度に守りきることなど到底不可能だった。それでもクリスタルウォールを最大限広範囲に展開しながら、ムウは夜空を見上げる。
 戦闘が終わる気配はない。
 瞳を巡らせれば、ムウとは反対側に陣取った海将軍(ジェネラル)が、空気の壁を展開させてムウの技と同じような効果を維持し続けている。自分もそうだが、彼――バイアンも相当疲労しているのが伺えた。小宇宙をこのように均一に高め続けるのは、存外消耗する。
 これでも防御壁の外では聖闘士、海将軍がそれぞれ散らばって、迫り来る巨大な灼熱した金属をできる限り粉砕すべく尽力しているのだ。だが対応し切れていない。
 光速の動きを持つはずの戦士たちなのになぜ、と思わないでもない。だが、だからこそなのだとムウにはわかる。
 問題は、相手が人ではないことなのだ。それなのに自然現象でもない。
 彼らと同じようなスペックを持つ人が相手なら、いくらでも先を予想し、その速さで力で対抗すればいい。自然現象に向かい合うなら、小宇宙を同調させることによってある程度の拮抗ならば可能だ。
 だが、今向かい合っているのは、そのどちらでもない。
 ただの物体で、意志もなく大きさも落下場所もランダム。一つ対応している間に、全く別の場所に落ちてくる。対応するには一撃がいくら速くても処理をする時間がかかる以上は意味がなく、一度に広範囲の落下物を処理したとしても、少し待てば次が来る。それが同時に別の場所なら、結局は人数で対応するしかない。海闘士がともにこの場にいてくれたのは幸いだった。
 さらにいえば、落ちてくるこの金属片も問題だ。それはムウの興味を引いた。
 足下に落ちた欠片は、先ほどまでは灼熱して真っ赤だったが今は冷めてきて金属らしい銀白色だ。クリスタルウォールを展開する前に自身で粉砕したそれは、ムウがこれまで破壊し、または扱ってきたものとはまるで違う手応えだったのだ。軽いわりに、ひどく硬い。岩を砕くのとはまるで勝手が違う。いくら超人的な力を持つ聖闘士、そして海闘士といえども、苦労するのは道理だった。
「はやく、終わるといいのですが……」
 ため息をつき、ムウは強度に揺らぎが出てきたクリスタルウォールを張り直した。

Las Fallas 08 END



言い訳です。
前回も言ってしまったとおり、前半はGW34話を何度も見直して書いた話です。
……文章にすると、難しいもんですね。
ゼロシステムの描写がとにかく難しい。というかワケわからん(゚∀゚)
映像ではホワイトアウトして目が逝っちゃって、なんかすごい機動が可能になる、で済むんですけどね。
途中で大事なあの人を思い出しちゃったりしてね(゚∀゚)

後半の聖闘士サイドの描写、納得いかない方がいらっしゃいましたらすみません。
個人的には、聖闘士に対して実はこういうイメージを持っています。
相手が同じ人間であるならば、そりゃもうどうしようもないほど強いと思うんですが、彼等が人間である分、機械的・物理的な連続した事象に対してはかなり制限があるのではないかと考えています。
たとえばいくら黄金聖闘士でも、たった一人で一個師団から集中砲火を浴びせられたらさすがに敵わないのではないかと思うのです。
いや、一個師団くらいなら耐えられてしまうかもしれませんが(笑)
どちらにしても一秒間に一億発のパンチを撃てても、その状態を例えば一時間持続させるのは無理じゃないかと推察します。
どちらかというと聖闘士は一撃必殺が旨であるように思えるので、長期戦には弱いんじゃないかな。
なんて考えまして、その辺をたらたらと書いてみたのですが……なんだかうまく描写できてる気がしません(汗)
なんか聖闘士(海闘士もだ)がタジタジに見える……orz
決して近代兵器>聖闘士と考えているわけではありませんので、その旨ご理解いただければ幸いです。

2010/02/09


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