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Side-G:短編02 赤い光――AC206


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 アラームが鳴った。
 なんの不平も漏らすことなく、彼は瞼を気力でこじ開ける。身体を休めることができたのは、つい数時間前だ。疲れはまるで取れていなかったが、自分でセットしたアラームだ。腕を伸ばすだけはでなく、身体まで起こしてそれを止めた。
 ベッドから抜け出し、シャワールームへと向かう。就寝前に汗は流していたが、今は覚醒を促すのが目的だ。
 随分な贅沢だと、熱いシャワーを浴びながら彼は思う。

 戦争が終わり、彼がここ――火星にやってきた頃には、水を初めとしたあらゆる資源の使用は厳しく制限されていた。
 無理もない。
 人類が探査目的ではなく、入植して暮らして行くには、火星はあまりにも何もない場所だった。食料も水も、そして大気でさえもが、人類が生きて行くには全く足りなかった。
 それを解消するために、人類はこの惑星にやってきたのだ。
 まず火星の極に地下施設を建造するところから、このマーズテラフォーミング・プロジェクト(火星地球化計画)は始まっている。
 地球に例えて言うところの、北極と南極、それぞれに核融合炉を設置。それによってすべての基本となる電力を作り出し、発生させた熱によって極の氷を溶かし使用可能な水を得る。
 彼がここへやってきたのはそれらの設備が整えられた後だったのだが、それでも不便を感じる程度にはライフラインの使用が極度に制限されていた。
 それが別の案件を終えてほぼ一年ぶりに戻ってきてみれば、どうだ。居住区の生活水準は大幅に向上しているではないか。そもそもの人口も、一年前の数倍になっていた。
 既にこの星(火星)には、それだけの人間を受け入れる余裕があるのだ。初期の予定を遙かに上回る開発スピードだった。その甲斐あって、一ヶ月後には技術者でない一般民の第一次入植が開始される予定だ。当初の一年間は労働者の家族のみの限定入植ではあるが。
 当初から、想定以上に氷が溶け出しているとは聞いた。それによって予定は何度も変更を余儀なくされ、戦争屋上がりが大半を占める労働者達を大混乱に陥れはしたが、それでもプロジェクトは大幅に進捗した。
 それはこの星と人類、双方のポテンシャルが予想以上に高いことを示している。
 ――まさに期待の新天地。
 この計画を早々に実現させた彼女がこの様を実際に目にすれば、大層喜ぶことだろう。
 その日は、そう遠くはない。

 濡れた髪から丁寧に水気を取り、さらに熱風で完全に乾かす。そうしないと後が大変であることを、彼は経験上知っている。零下の気温は侮れない。
 鏡に向かい髭を剃り、数時間前に脱いだばかりの衣服を身につけた。就寝前に洗濯機に放り込んでおいたのは正解だった。ナノ処理された衣類は水で洗った爽快感はなくとも、汗も汚れも完全に分解されて乾かす手間もない。
 部屋を出ようとして、キーをデスクに置き忘れていたことに気づいた。取りに戻ると、その片隅に置いてあるフォトフレームにふと目が止まる。
 最後に会ったとき、その別れ際に渡されたものだった。映像はデータで持っているからいらないと主張したのだが、聞き入れられなかった。それとこれとでは違うでしょう、と。それともこんなものを持っているのも嫌なのかしら、とにこやかに押し付けられては、いくら彼でも受け取るしかなかった。
 だが、それで良かったのかもしれない。見ようとして見るのと、ふと目に入るのではなにかが違う。意識してデータを探し出してきても、こんな風に思わず口元が綻ぶことなどないだろう。
 映っている彼女に向けて微かに笑いかけ、それから彼はやっと部屋を出た。


 ***


「あれ、今日は来ないと思ってたんだがな」
 いかつい顔の出入管理の警備職員が、険しい表情とは裏腹に気さくな声を掛けてきた。元OZの兵士という経歴を持つ、恰幅の良いこの男とは顔見知りだ。
 彼はその程度の認識なのだが、相手に至ってはこちらのシフトまで把握しているようなので、相当親しい部類にカテゴライズされていると思われる。
 証拠に、本来それなりに面倒な手順の必要な居住区から地表への外出――それも目的地が宇宙港など主要施設ではないのだ――などという不審な行動でも、最近はほぼ顔パスが利く。勿論、所定の手続きが全てパスされるわけではないが。
「さっきまで準夜で入ってたんだろう? その上、今日も連続で準夜勤務じゃなかったのかい? もう少し休んだほうがいいんじゃないか?」
 出入記録に、いまさら名前を質すでも職員証の提示を求めるでもなく慣れた手つきで外出希望者ののフルネームと所属を記入しながら尋ねてくる。準夜勤が明けた数時間前にも、夜勤だった彼とは顔を合わせているので当然といえば当然の疑問だ。
「休養は取った。問題ない。これで疲れたとしても、勤務時間の前に少しくらいなら寝る時間は取れる」
 書類と共にペンを渡される。記載された事項は今更確認するまでもない。いくつかある空白欄に淀みなくサインする。こういう部分がアナログであることに彼は最初驚いたものだったが、良い方法だと評価している。最終的なチェックは、やはり人力に限る。
「若いっていいねぇ……俺なんて丸一日休んでも疲れが取れないよ。昔はこんなんじゃなかったんだけどな。……はいよ、機材は32番のものを使ってくれ。返却時にはエアーの補充を忘れないように。バギーへの燃料は満タンにして返すこと。プライベート使用につき、エアーとクリーニング費用、燃料代は実費、と」
 お決まりの文言だ。同じ相手であっても毎回告げる義務があり、何度聞いていても毎回聞かなくてはならない。双方とも儀式のようにそれをこなし、機材のロックキーの受け渡しは完了した。
 同時に外へと続く隔壁が一枚開く。手を振る警備職員に会釈を返し、彼は扉をくぐった。


 ***


 厳重な宇宙服に包まれた足がようやく惑星の地表を踏んだのは、アラームをセットしてからきっかり30分後だった。まだ真っ暗だ。光源のまったくない世界には闇が満ちている。
 彼はバギーのヘッドライトを点灯させた。その明かりを頼りに腕の部分に装備してある時計を確認する。ほぼ予定通りだ。目的地までは、何もない荒野を走るのみ。余裕で間に合う。
 道なき道をバギーが走り、後にはもうもうと砂塵を巻き上げる。上がった砂は赤いのだろうが、まだその色を確認できるほどの光量はない。
 走るうちに、徐々に周囲の風景が明瞭になってくる。夜が明けるのだ。
 ここが地球だったら、邪魔なヘルメットなど脱ぎ捨てて早朝の爽快な空気を胸一杯に吸い込めるだろう。地球でなく、コロニーであってもそうだ。人間の活動量の少ない夜間はエアー清浄機の効きがいい。朝早くの空気は格別だった。
 だがあいにく火星(ここ)には、まだ人間が吸い込めるほどの大気はない。エアーの満ちたヘルメットを初めとした宇宙服は必要不可欠で、これがなければ彼とて数分たりとも生きてはいられない。
 そのことを残念だとは思わなかった。だからこそ、見られるものがあるのだから。


「始まったか」


 そこは断崖絶壁だった。
 大地が途切れ、渓谷のような深い亀裂が彼の目の前で左右にどこまでも広がっている。
 ぎりぎりまで際により、彼はバギーを止めた。遙か視界の彼方から上り来る光を見つめる。太陽が、ゆっくりと姿を現す。
 火星の夜明け。
 それは地球で見たものとはまるで趣を異にしていた。火星では太陽が昇っても、明けてゆく空の色はまったく違う。
 ――抜けるような青。
 青い空が、彼の目の前に広がる。青い朝焼けに包まれる。
 ほんの束の間の錯覚。まるで地球の上に立っているかのような。
 美しい。素直に思う。
 今の空と同じ色の目を見開いて、彼は朝日を浴びる。――浴び続ける。
 光には、人を敬虔にさせるなにかがあるに違いない。彼は確信していた。本物の光に晒されれば、暗いもので満たされた彼の心も白く浄化されるのだと。
 そうでなければ説明がつけられない。なにも信じるものを持たず、黙々とその手を罪に染めてきただけだった彼が、こうも変わった理由に。
 地球に降りて、光に出会って、彼は変わった。
 それはとてもとても、美しくて眩しい光だったのだ。それまで彼が見たこともないような膨大な光量で、ひたすらに真理を照らしていた。
 ――今は、傍にない光。
 だから代わりに、朝日を求める。日の出と日没にだけほんの一瞬見ることのできる青い空に、あの光の存在する地球を想い重ねながら。
 見晴るかす彼の視線の先で、青い空は次第に赤く染まっていく。
 太陽によって暖められた薄い大気が上昇し、細かい砂を巻き上げる。その酸化鉄の赤い粉塵が太陽の光を乱反射させて、火星の昼間はまるで地球の夕焼け空だ。
 その色も、彼は嫌いではない。むしろ好んでいると言ってもいい。
 地球とは違う赤い光に包まれる赤い惑星。こんなにも穏やかな赤を、彼はこの火星に来て初めて見たのだ。
 かつて、彼にとって赤とは炎の織り成す色であり、もしくは流される血の色を意味していた。地球で見る夕暮れはいつもどこか壮絶で、こんなふうに心休まる風景ではなかった。
 赤く色づいていく空を見上げながら、彼はほっと息を吐く。こんなにも穏やかな時間を持つことを、許されている現状は未だに信じられない。
 だが宇宙服に覆われていても少なからず感じる零下数十度の気温は紛れもない本物だ。刻々と移りゆく空の色に奪われる目。満ち足りたようでいるくせになにかが欠けて痛む胸。それらが現実のものでないなどとは、到底思えなかった。
 もしかしたら、これが寂しいということなのだろうか。
 ふとそんなことを考える。馬鹿馬鹿しいと、以前の彼なら切り捨てていただろう。
 だが今は違う。変わったのだから。自分自身も、自分を取り巻く環境も。目の眩むような光に当てられて、彼は確かに変わったのだ。
 だからこんなふうに感傷的に朝焼けを眺めにも来る。ただただ美しいと感動もする。
 この圧巻の光景は、開発途上の今しか見ることのできないものだ。テラフォーミングが完了してしまえば、もう二度と目にすることは適わなくなるだろう。だからこそ余計に見たくなる。今のうちにこの目に焼き付けておきたいと。それは以前の彼には考えられないような、ひどく情緒的な行動だ。
 その上こうしているとさらに、自分でも信じられないような思いが沸き上がってくるのだ。
 ――会いたいと。
 切実に思う。こんなにも彼を変えてしまった、今は遠くにいるあの存在に。そして赤く変わりゆく光の下で、夢想する。
 共にこの光景を見ることができたなら、それはどんなに素晴らしいことだろうか。
 こんなことを、まるで息をするように考えることができるようになってしまった自分はもしかしたら惰弱で、かつての彼を知るものが見れば目も当てられないほどに見苦しいのかもしれない。
 だが彼女はきっと、笑わない。確信していた。彼女なら、ただ黙って同じ空を見上げてくれるに違いない。黙ったまましばらく空と彼を見つめ、やがてなにかを語りかけてくれるのだろう。
 その内容までを、彼は推し量ることができない。彼女はいつだって、彼が予想だにしないことを口にする。しかしその言葉は確実に、彼が心のどこかで望んでいるものなのだから、まったくもって恐れ入るしかない。
 完敗する自分を想像して、彼は小さく笑う。温度調整がされていてもだんだん冷え込んできていた宇宙服のバイザーが、吐息を受けて白く曇った。


 ***


 バギーに給油し、エアーを充填し、宇宙服を所定の手順に従って返却を終えて戻ると、出入管理警備員の顔が変わっていた。予想以上に長居をしてしまっていたらしい。だがこの警備職員も、すでに見知った顔だった。キーを差し出す彼に、屈託なく話しかけてくる。
「ああ、やっと戻ってきた。お帰りなさい。あともう一時間たっても戻ってこなかったら、捜索隊を出すところでしたよ」
「エアーの残量は随時チェックしている。その必要はない」
「わかってます。ちょっとからかっただけですよ。あなたに限って、そんなヘマはするわけもない――わかっていますよ」
 彼の前身についても知っているこの男は、物腰が柔らかそうに見えていながらその実、かつてホワイトファングの構成員だったという。
 さまざまな過去を持つ人間が寄り集まってもこうして平穏な職場足りえているこの事実。『完全平和』が決して夢物語などではないことの、小さいながらもなによりの証左だ。
「今日の朝焼けはどうでした? 自分もたまに見ることがありますけど、綺麗なもんですよね……地球の朝日と、どっちが綺麗なんですかね」
 宇宙生まれの警備員の言葉に、やはり宇宙生まれの彼は苦笑する。丁寧に答えてやった。
「比べることに意味はない。まったく違うものだ。火星(ここ)の朝焼けは確かに美しい。だが地球のそれも、また美しいものだ。どちらにも違う良さがある。――今日の朝日は、天候も良かったせいか最近では一番だった。カメラを忘れたのが惜しいな」
 そうですか、と彼と同じ年頃の警備員は頷いた。そのまま目を伏せ、ぽつりと漏らす。
「……このまま開発が進めば、もう見られなくなってしまうんですよね。なんだか惜しい気がします。地球と同じような光景になってしまうのは、ちょっと悔しいな……」
 まるで多感な少年のような言葉だった。だが彼は笑ったりはしない。
「まったく同じにはならないだろう。そもそも、太陽からの距離が違う」
「………………」
 そういうことを言いたいのではないと、沈黙が雄弁に語っていた。少々呆れ気味の目を向けられても、しかし彼は全く動じることはなかった。
「環境をいくら似せることができたとしても、決して同じものにはならない。同じものは、二つと作り出すことなどできない。自然とは、そういうものなのだろうと思う。――唯一無二だからこそ尊い。容易く損ねてはならないものなんだろう」
 珍しく長く語った彼を目を丸くして見つめ、警備員はやがて溜息をついた。
「それじゃあ、どうしてテラフォーミング事業になんて参加したんですか……? 今言っていたのはつまり、この星の姿を変えたくないって事でしょう?」
「そうじゃない」
 即答し、彼は少し考え込んだ。
 これも珍しいことだ。警備員は首を傾げる。いつもなら用事が済めばすぐに去って行ってしまうのに、こんなに会話が続いている。今日はまさか、火星に雨でも降るんじゃないだろうか。そんなことをふと思い、警備員は頭を振った。まだ人間が使う分の水しか確保できていないこの惑星で、いくらなんでもそれはない。
 だが次の言葉で、本気で雨の心配をしたくなった。
「俺はこの惑星が好きだ。故郷としたいほどにな。だから参加した。ここを――地球でもなく、コロニーでもない新たな場所を『故郷』とするために」
 言い終わると、今度こそ彼は用事は済んだとばかりに足早に行ってしまった。
 唖然としたまま、警備員はその後ろ姿を見送る。
 あなたの故郷はコロニーじゃないんですかとは、結局聞くことができなかった。驚いていたのもある。だがそれ以上に、一体誰のための故郷だろうかと考え込んでしまったのが一番の原因だ。


 ***


 少しばかり喋りすぎてしまったようだ。
 自分の態度に違和感を感じつつも、後ろめたさはない。機密事項など今の彼には――少なくとも、現在の職務上では――ないのだ。その上で何を話そうが彼の自由で、それがこんなにも気楽なものだとは知る由もなかった――これまでは。
 実に不思議な気分だった。苦笑とも微笑ともつかない笑みが口元に浮かんでしまっているのを自覚する。きっとこれが愉快という気分なのに違いない。足取りまでが軽い。驚くほど短時間で自分の部屋へ辿り着いてしまった。
 ドアを閉めるやいなや、デスクに向かう。不在時に連絡が入っていなかったかどうか端末をチェックした。非番でも彼の元には指示を仰ぐメールや、不具合を報告するレポートがしばしば舞い込む。緊急性のあるものには折り返さねばならない。
「……!」
 新着リストの中に、プライベートにしか使っていないアドレスからの転送メールが混じっていた。珍しい。ほとんど暗号のような意味のない文字の羅列が素っ気ないアドレスのみの差出人表示だが、すぐに誰からのものであるかはわかった。開く。

 『こんにちは。それともこんばんは、かしら?』

 そんな砕けた文章で始まったメールに、彼は丁寧に目を通す。

 『最後に会ってからもう二ヶ月も経っていたことに、さっきようやく気づいたところです。
  ついさっき――は、言い過ぎね。
  それでもせいぜい一週間くらいしか経っていないような気がしていたの。
  おかしいかしら? でもね、原因はわかっています。
  私は今、一人ではないのだもの。
  あなたは、どうかしら? 
  私と違ってあなたは一人だから、少しは寂しい思いをしてくれていると良いのだけれど。
  ……なんて、ひどい言いぐさですね。ごめんなさい。
  元気でやっていますか? 怪我なんてしていないでしょうね?
  あなたは確かに自己管理のできる人だけれど、 
  ぎりぎりまで無理をしようとするところがあるから心配です。
  私の方は、体調に限って言えば万全で、順調です。
  わざわざ心配をかける必要はないけれど、嘘をつくつもりもないので白状しますが
  仕事の方は、予定よりも少し押しています。
  各方面との調整は大方済んだのだけれど、引き継ぎが予想以上に難航していて、
  せっかく決めた会見の日程までずらさなければならなくなりそうで焦っているところよ。
  でも遅れてしまえば、また日程を組み直さなくてはならなくなってしまいますものね。
  そうなるとあなたにまでまた面倒をかけることになってしまうわ。
  なんとか予定通りになるよう、精一杯頑張っているところです。』

 思わず眉を顰めた。
 よくも人のことが言えたものだ。無理をしようとするのはお互い様だ。しかも彼女の方は自己管理と言う点においては非常に信用がおけないのだ。
 自分に面倒がかかることなど気にしないで欲しかった。そのほうが余程、結果的には面倒が少ないのだから。
 面と向かっていたならば、すぐにもこう言えただろう。
 そんなやりとりを、やはり想定していたのだろうか。彼女は彼の怒気を制するとっておきの一言を用意していた。

 『そんな中、こうしてあなたにメールを書いているのは、
  やっぱり疲れてしまったからなんでしょうね。
  でもね、あなたのことを思えば、また頑張ろうという気になれるの。
  一分でも一秒でもいい。早くあなたの隣に行きたい。あなたの声が聞きたい。
  その時が早く来るように願いながら、また頑張ります。
  ヒイロ――あなたに、会うために。
 
  ……今、とても窓の外が綺麗なの。今日の夕日はすばらしいわ。
  火星の空の話をあなたに聞いてから、夕焼け空を見るたびに想像しているの。
  あなたが見ている空は、こんな色をしているのかしら、って。
  本当に、早く本物を見たいわ。あなたがとても好きだという、その空を。
  最後に会った時に言っていましたね。そこが故郷だったら、どんなにかいいだろうって。
  では――その惑星(ほし)は、故郷を知らないあなたが作り出す、
  私達の新しい生命の為の故郷になるのね。
  その空を三人で見ることができる日が、今から楽しみで仕方がありません。

  今日はもう一仕事あるの。少し元気になったから、これから行ってきます。
  また疲れたら、メールさせてくださいね。

  愛を込めて
  リリーナ・ドーリアン』

 読み終えて、ヒイロは息をついた。
 ため息ではない。ただなんとなく息を詰めてしまっていたようだ。それほど緊張していた。彼女からのメールを読むときは、いつもそうだ。
 さらりと書かれているくせに、時折実に簡潔な爆弾が潜んでいることがある。それをどうにかフォローしようと奔走したこともあるが、今はそんなことができないほど遠くにいるのだ。心配のあまり、緊張もする。
 しかし今の吐息は、そういう意味合いのものではなかった。恐らくは笑いに近いものだ。緊張が解けて、安堵が胸をくすぐる。そのこそばゆさに、彼は笑い出さずにはいられなかったのだ。
 胸を満たすこのむず痒い気分は、まるで焦燥感のように彼を駆り立てる。きっとこれが彼女の言う『元気』なのだろう。確かにこれがあればもう少し無理もきくに違いない。――なんだか麻薬のようだ。
 そんなことをふと思い、ヒイロは返信をすべくキーボードに手を伸ばす。何と書けばいいのか、文章はおろか内容すらまだ浮かんでいない。こんな状態で誰かに連絡を入れようなどと、以前の彼ならきっと思わなかった。本当に、変わったものだ。
 だがこれからはもっと大きな変化が起こるだろう。これはまだほんの前触れに過ぎない。しかし悪い方向への変容ではないのだ。粛々とそれを受け入れる準備を、彼はしなければならない。それは別に苦痛ではない。証拠に、キーボードを叩く指が勝手に動いている。
 かちかちと弾むような音を立て、ヒイロは遠く離れた彼女へと呼びかける。

 『連絡を取るのが遅くなって済まなかった。リリーナ――』

 それは気の遠くなるような距離をものともせず、届くだろう。
 青く輝く惑星へと――赤い光に包まれる星から。

赤い光 ―― AC206 END


後書きです。

名前変換小説の形態はとっていませんが、当サイトの勝手設定に準じたお話になっています。
TV版終了後から11年、EW終了から10年後を書いてみました。
彼も彼女も、もう大人です。彼が予想以上にデレ過ぎているのは、年月のなせる業なのです。
……ということにしておいてください(笑)
文中で思わせぶりな描写になっている(かもしれない)部分は、そのまま素直に勘ぐって下さい。
恐らくそれで正解です。
そろそろそういうことになっても良いお年頃なんじゃないかと思います(笑)
ところで火星についての描写ですが、基本的にwikipediaやその他個人運営のサイト、質問箱等の情報を総合して、これまた勝手に捏造したものであることをここに明言しておきます。
本当かどうかなんて知らないので、くれぐれも信じたりしないでくださいね(゚∀゚)
書き始めの頃にはなんの疑いもなく、火星の空は赤いと思って書いていたので、途中で描写の参考にするためにググってみたら諸説あって慌てました(笑)
色々読み比べてみた結果『火星は大気が少ないので、昼間はレイリー散乱よりも酸化鉄が主成分である赤い砂塵の色が強調されて薄いピンクがかった色となる。一方、夕方などは赤い光が散乱で除かれてしまうため空の色は青くなる』という説がなかなか面白そうだったので採用してみただけです。
(→特に参考にしたところ: http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2347262.html 他にも色々読みました)
その説が本当に正しいのか、NASAの公表している写真では火星の空は赤というよりピンク色なんですよね。
それから青い夕焼けの写真も見ました。
が、火星の空は本当は青で、NASAが写真の色を変えているのだと主張している人もいるようです。
まあ、写真の色なんていくらでも変えられますからね。本当のところはどちらなのでしょうか。
個人的には、地球ではないのだから地球とは違う環境であって欲しいと思っているのですが。
空が青くて地球と同じだと、なにか良いことがあるのかな??
あまりにも地球との類似性を求めるのはなんだか『地球の重力に魂まで引かれた人々』という感じがしてしまって、あまり……w
機械任せではなく、人類が本当に自らの足で火星に降り立ったとき、その本当の色はすぐにわかることです。
それまでのロマンということで、空の色に関する議論がなされるのは面白いことなのかもしれません。
2010/02/15


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