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Side-S:中編04 Northern Cross 03


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 完全に予想外の光景だった。
 目の前で、赤の他人――しかも大人だ――が二人もおいおいと声を上げて号泣している。かなり端折ったのだ。どこに泣けるツボがあったのか、氷河本人にはさっぱりわからない。
「あの……もし良かったら、これ使ってください……」
 首を捻りつつ、街を歩いている最中に何度か受け取ってしまったポケットティッシュを差し出せば、半ばひったくられるようにして奪われてしまった。
 そんなキコと久良沢を何とか落ち着かせようと試みながら時計を見れば既に門限は過ぎている。なにか買って帰るかと頭は既に別のことを考えているのだが、唐突に顔を上げたキコによって思考は中断された。
「ボス! 調べてあげましょうよ、氷河君のお母さんのこと!」
 勢い込んで迫るキコには目もくれず、久良沢はしばらく無言のままティッシュで目や鼻を拭いている。最後に盛大にちーんと鼻をかんでから、赤くなった目で氷河をひたと見据えた。
「兄ちゃん……金はあるのか?」
「泣き腫らした顔で言うことじゃないですからそれ! ていうかなんですかその守銭奴ぶり! 見損ないました!」
 目を吊り上げて怒鳴るキコに、久良沢は意外にも静かに応じる。
「見損なうも何も、まともに俺を評価したことないだろお前……それに、いつも金のことばっかり気にしてんのはむしろお前だろ」
「それはそうですけど……でも」
 なんとか久良沢に取りなそうとしてくれているらしいキコを、氷河は微笑と共に制した。
「いいんです、キコさん。お金なら、あると言えばありますが、ないと言えばないんです。今日もそれで散々断られてきたところなので、今更断られても文句は言えません」
「氷河くん……」
 つぶやいたきり、キコは動きを止めてしまった。久良沢が深い溜息をつく。
「兄ちゃん……その年でその女子キラーっぷりはさすが、あの城戸光政の血を引いてるだけのことはあるな。先が心配だ」
 何気ない一言だったが、それはこれまでの久良沢の言動の中で一番驚愕に値した。
「城戸光政の血って……なぜそれを」
 城戸家に迷惑をかけてはさすがにまずかろう。そう思って、そのあたりについては完全に伏せて話しておいたのだ。それをなぜ久良沢は知っている?
 厳しくなった氷河の視線は、久良沢にとっては心地のいいものだったらしい。意を得たりといった顔でニヤリと笑う。本人的にはどうやらニヒルを気取ったようだったが、目元と鼻がまだ赤いので台無しだ。だが言葉はそうでもない。
「ビンゴだろ? まあ、昔ちょっとあのじいさんについては調べたことがあるんでね。兄ちゃんはグラード財団が催したあの『銀河戦争』に出た『聖闘士』さんってことで間違いないんだったら、そういうことだろうと思ってさ。だがまあ、一応守秘義務ってモンがあるんで、これ以上俺が何を知っているのかってのは聞かないのがお約束だ」
「はい……!」
 この久良沢という男を、氷河はようやく直視した。城戸光政の醜聞なんて、グラード財団が総力を挙げて隠匿しているはずだ。それを少なからず知っている。このハードボイルドを目指してどこか失敗しているような見た目も、胡散臭さ大爆発の言動も、もしかしたら能ある鷹は爪を隠すというあれなのかもしれない。
 氷河は居住まいを正す。膝と手を揃えて座り直すと、深々と頭を下げた。
「お見逸れしました! 改めてお願いします。母のこと、調べてはいただけないでしょうか!」
「うん」
 意気込んだ氷河が拍子抜けするほどにあっさりと、久良沢は頷く。歓喜のあまり、氷河は手が震えた。しかし次の一言が、せっかくの感動を粉々にぶち壊す。
「金があればな」
 言いながら久良沢は、どこかのエセ仏陀聖闘士がカーンだかオームだか言うときと似たような手つきをしてみせた。――余談だが、氷河はこのとき初めて人差し指と親指で丸を作る動作が日本では金を表すジェスチャーだと知ったのだった。
「……どのくらい、必要でしょうか?」
 恐る恐る尋ねる氷河に、久良沢は指を一本立てて見せた。
「?」
 意味がわからず氷河は戸惑う。だが代わりに、横で聞いていたキコが素っ頓狂な声を上げた。
「まさか、相場的に百万とか言うつもりじゃないですよね!?」
 やっぱりか。氷河は唇を噛む。今日散々聞いてきた相場は、それを軽く上回るものも多かったのだ。なんとなく予想はついていたから、失望もそう重くはない。無感動に久良沢を見れば、探偵は氷河の視線の先で白々しく肩をすくめて見せた。
「こんな子供相手にそんなに吹っかけるかよ。とりあえず、一万だ。そんくらい持ってるんだろ、兄ちゃんよ?」
「え……は……はい?」
 すぐには言われた意味が理解できず、氷河は何度か目をしばたたかせる。その様子を、どうやら久良沢は誤解したようだ。深くため息をつき、やたらと気障な仕草で足を組みなおす。
「おいおい兄ちゃん、探偵を探してたんだろう? それなのにその程度も持ち合わせてないって、いくら子供でも世間知らずすぎるな。どんな探偵だって、ボランティアでやってるんじゃない。生きてくための仕事なんだぜ?」
「あ、はい。わかってます」
「とにかくだ。仕事である以上、出すもん出してくれない相手じゃ動きようがないってこと。出なおしてきな」
 久良沢は言い終わると、追い払うように手をひらひらとさせた。そこでようやく氷河の頭は回り始める。
「あの……本当に一万でいいんですか?」
「まあ、とりあえずはな」
 面倒くさそうに耳をほじる探偵に、氷河は追い縋る。こんな良い話を逃すなんてヘマはしたくなかった。ほとんど必死だ。
「そのくらいなら持ってます。――これで本当に調べてもらえるんですか!?」
 勢い良くテーブルに叩きつけられた紙幣を驚くべき速さで掠め取った久良沢は、それを明かりに透かしながら素っ気無く答える。
「とりあえずは、と言ったろ? 公文書を当たるにしても手数料はかかるんだよ。もっとかさむようなら、それも払ってもらうからな」
「はい……!」
 こんなにも胸が震えたのは久しぶりだ。氷河は思う。
 捨てる神あれば、拾う神あり。確か日本の諺だ。その通りだと、初めて思えた。女神を守ることで間接的に守ってきたこの世界が、ようやく氷河にも目を向けてくれた。これまでの自分の戦いが、こんなところで自分を救うことになったのかもしれない。
「でも予想以上に費用がかさんじゃったら、どうするんです? 詰められる自腹なんてないはずですけど? 家賃をチャラにしてもらってるからなんとか光熱費なんかはやりくりできてますけどね。ただでさえ少ないお給料、これ以上減らされるのだけはゴメンですよ。辞めちゃいますよ」
 氷河を擁護していたはずのキコが、不意に厳しい意見を述べた。当然だ。誰だって背に腹は代えられない。
 しかし久良沢は自信たっぷりの、実に暑苦しい笑顔を浮かべて請け負う。
「大丈夫だって」
「……その根拠は?」
 ジト目で睨みつけてくるキコを尻目に、久良沢は笑顔のまま氷河を指さす。
「オーバーした分はカラダで払ってもらうからだいじょーぶ!」
「!?」
 いきなりそんなことを言われて氷河はドン引いた。安物だろうとおぼしきソファごと後ろに下がる。後ろに書棚がなかったら、そのまま倒れ込んでいたかもしれない。
 だが同じように驚いたのは氷河だけではなかった。
「ひょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
 一拍遅れて素っ頓狂な悲鳴を上げたキコは、上げた両手を頭の上で説明のしようがない角度でクロスさせ片足を上げるという、声に勝るとも劣らないほど珍妙なポーズを取ってしまうくらいに驚いていた。ある意味、氷河以上のリアクションである。
「か……かかかカラダってアンタ! 何をいきなり目覚めてっていうかどうしたんですそんな嬉し恥ずかしのおいしいこと言い出しちゃったりなんかして」
 なぜだか顔を紅潮させ、鼻息も荒く詰め寄りかけたキコへ、久良沢は裸足のままの足を魔除けか何かのように突き出す。
「黙れこの腐れ外道! それ以前に日本語でしゃべりやがれ!」
 果たして効果は絶大だった。赤かった顔が見事なまでに急速に青ざめる。
「ちょ、水虫の足で触らないで下さいよ! ぎゃあーーー!?」
「うるさいわこの腐女子! おまえの爛れた脳みそに比べれば水虫なんてかわいいもんだろが! 俺はお前と違って変態的趣味は持ち合わせてねーんだ! 頼むから俺にそういう気持ちの悪い妄想を重ねるんじゃねぇ!」
 続けてソファに背を埋めるようにはりつけながら、じっと久良沢を凝視している氷河にも怒鳴りつけた。
「お前もだ! 一体どんな想像しやがったんだこの野郎! ……せっかく人が穏便に話をつけてやろうとしたってのに……」
 完全にふてくされた探偵に、氷河は正直に申告する。
「いや、俺は普通に人身売買にでもかけられるのかとちょっと思っただけで」
「ちょっと思ったってお前……俺がそんなに悪人に見えるか?」
 言われて氷河はまじまじと久良沢の顔を眺めた。確かにこれまでに見てきた『邪悪』な敵よりはまともな目つきをしている――ように思える。勿論この場合、顔立ちは問題ではないことはいうまでもない。だが残念なことに、善人にも見えないというのが正直な感想である。
「…………いえ」
 勿論、ここで本音は言わないのが大人の対応というものだろう。なんとかひねり出した『オトナ』の返答だったわけが、久良沢は一応納得したようだった。
「そうだろうそうだろう」
 機嫌を直したらしいボスに向かって、キコが胡散臭そうな目を向ける。
「じゃあさっきのはどういう意味だったんですか? 身体で払ってもらうって」
「兄ちゃん、聖闘士ってやつなんだろ? 銀河戦争とやらのときに人間離れした戦いを繰り広げた、あの」
 言って久良沢は室内をぐるりと見回した。
「このクソ暑い日に、腐れ女が冷房を切りやがったってのに、さっきから全然暑くないよなこの部屋。……しかもここなんて霜が付いてる」
 テーブルをすっと指でなぞれば、確かに指先に薄い氷が付いている。不気味な久良沢の発言で、たった今迂闊にもびびってしまった氷河の所行である。
「確かにまだ子供だが、こんな超能力者みたいなことができるんだったら、色々便利そうだなってことさ。それに聖闘士ってのは、それだけじゃないんだろ? 銀河戦争の時の触れ込みじゃあ、いろいろ言っていたよな」
 ここまで聞いて、キコはぽんと両手を打ち鳴らす。
「なるほど~。その超絶的能力に身体的能力まで持ち合わせている正義の戦士・氷河君に無償労働を強いてしまおうと、そういうわけですね! さすがですボス。せこいことを考えさせたら、右に出る者はいません!」
「キコお前……いっぺん死んでみるか?」
 こめかみに青筋を浮かべながら握った拳を振るわせる久良沢に、氷河は恐る恐る尋ねてみる。
「つまり久良沢さん。俺がここでお手伝いをすれば、母のことは実費の手数料だけで調べていただけると、そういうことですか?」
 久良沢は生真面目な顔で見つめてくる聖闘士の少年を見返した。先程から、意外と抜け目のない受け答えをしている。良いのは顔だけではないらしい。天は二物、三物を人に与えるのか。何となく癪に障るような気もするが、久良沢にとってデメリットになるわけでもない。
 ニヤリと笑って、少年の問いに答えてやることにした。
「そうだ。――明日から来れるか? 言っとくが当然給料は無し。休日は自己申告制。だからといってあんまり休まれちゃ困る。その分タダで調べてやるんだ、文句はないな?」
「はい、勿論です! あ、でも休日については、試験の前とかは大目に見ていただけると」
「……まあそれは仕方ないか。学生は勉強しないとな」
 面白くもなさそうに久良沢が肩をすくめたところで、キコがぱんぱんぱんと両手を叩いた。
「じゃあ、これでめでたく氷河君の入所が決まったわけですね~ 新メンバーなんて初めて! なんか嬉しいですぅ。これでちょっとはラクができますかねぇ」
 ずいぶんとあけすけなことをなにやらほんわか言うキコの表情はまさに喜色満面である。仕事が減って給料も減らないとなれば、それはさぞかし嬉しいことだろう。
「入所って……なんだか人聞きが悪くないですか?」
 気になった部分をつい突っ込んでしまった氷河に、キコは小首を傾げて見せた。
「あれ? ヘンですかぁ? ここ、探偵事務『所』だし……でもまあ、細かいことは気にしない気にしない! そうと決まれば善は急げです。さあ行きましょう氷河君!」
 言うなりキコは氷河の腕をはっしと掴む。またしてもあの怪力で捻られないうちに、氷河は逆らわずに立ち上がった。だが尋ねるのは忘れない。なにしろ門限が過ぎているのだ。
「行くってどこへ? 仕事って明日からじゃないんですか? 俺、今日はもう」
「な~に言ってんですか。歓迎会ですよ歓迎会! まだそんなに遅くないし、一軒くらい付き合ってください。おごりますから今日だけは!」
 機嫌よく氷河を引っ張り、出口の扉に手をかける寸前になってようやくキコは久良沢に顔を向ける。
「というわけで今日は帰らせてもらいますよボス。あ、歓迎会は二人だけでやりますんで、ボスは心行くまで一人で水虫の治療でもしててくださいね。では!」
「誰が行くかよ。どうせホウムラン軒だろが」
 つれなく手を振り煙草に手を伸ばす久良沢に、氷河は声をかけた。
「では明日から、よろしくお願いします」
 律儀に頭を下げた氷河を一瞥し、久良沢は煙草を咥えてジッポーの蓋を開ける。
「兄ちゃん、ホウムラン軒に行くなら、チャーハンは外すな。あれは絶品だ」
 どうやらとっておきのオススメを伝授してくれたらしい。妙に高く上がった炎にまぶしく目を細め、氷河はもう一度頭を下げた。
「最初に頼んでみます」
 こうして氷河は本日の夕食と、探偵の確保に成功したのだった。―― 一年近く続くことになる、無賃バイト生活の始まりである。


 ***


「最近の氷河って、なんか付き合い悪いよな。ていうか、なんか最近ヘンじゃね? 後で来るって言ってたのに、もう3日目だぜ。なにかあるのかな?」
 最初にそんなことを言い出したのは星矢だった。スイカを一玉、氷の詰まったクーラーボックスの中に入れながら首を傾げる。
 聖闘士ではあっても聖戦もない今、彼等はただの少年で、夏期休暇を謳歌している学生でしかない。その夏休みも8月に入っていよいよ佳境である。
 城戸家当主から直々に、休みの間の二週間ほどは別荘を自由に使って良いとお達しがあった以上、遠慮する必要などどこにもない。色々と面倒なこともある東京の城戸邸から我先にと飛び出して、海の傍の別荘にたむろしている少年達は夏のお約束とばかりに今日も今日とて海へと繰り出している。
 勿論全員が揃っているわけではない。補習や部活で城戸本邸から離れられないとか、はたまたお嬢様の側を離れたくないだとかの特別な理由がある者がいるからだ。
 だがそうでもない限り、群れるのが嫌いと公言している人間ですらのこのことやって来ている。それなのに氷河は来なかった。
 夏の海である。しかもここは芋荒いが当たり前な関東近辺の海水浴場の中でも極めて希な人口密度の薄さを誇る、城戸家のプライベートビーチ付の別荘なのである。
 そんな好条件の別荘に、さしたる理由もないようなのに来ていないのは氷河だけだ。大概のことは気にかけない、非常におおらかな洞察力しか持ち合わせない星矢でさえもが不審に思うのだから、他のメンバーが気にしていないはずもない。
 ビーチパラソルの設置にいそしんでいた瞬が少しばかり後ろめたそうに、それでもいそいそと話題に食いついた。
「やっぱりそう思う? 夏休みに入ってすぐに氷河、ロシアに行ってたでしょ? 妙に早く帰ってきたからヘンだなって思ってはいたんだ」
「確かにな。その後から、ずっと様子がおかしかった。俺も気にかけてはいたのだが」
 既に砂浜に出て準備運動に余念のない紫龍までもが乗ってくれば、つられたように那智も首を捻りつつどこか控えめながらも口を挟む。氷河とは学年が同じなこともあって、それなりに心配していたらしい。
「母親の命日だと言っていたから、それで沈んでいるんだろうなと思って声はかけなかったんだが……なんか悩みでもあるんだろうか……」
 ここまで砂浜にうつぶせになって甲羅干しをしながら黙って聞いていた市が突然ふふんと笑った。
「なんだみんな、知らなかったざんすか?」
「なんだよ市、何か知っているのか?」
 やけに得意げな様子が引っかかり、那智が尋ねる。すると市は機嫌良さそうにもう一度笑ってくるりと寝返りを打った。両腕で枕を作ると、仰向けになる。抜けるような青い空へと目を向けた。
「探偵に弟子入りしたって言ってたざんす。日々こき使われて、結構忙しいらしいざんすよ。まともに休みをもらえるのはお盆の期間だけみたいだとぼやいてましたねぇ……特にその前の数日間は一人抜けるのが確定してるから絶対に休めないとかなんとか」
「なんで市がそんなこと知ってんだ?」
 不思議そうに星矢が真上から市の顔をのぞき込む。せっかくの青空がむさい顔に遮られて、市は嫌そうに起き上がった。
「そんなに人の顔をじろじろ見ないで下さいよ。……まあ、そうしたい気持ちはわかりますけどね」
「お前の顔に限って眺めたい気持ちなんて持ってないから全然」
 即座に否定した星矢の言葉などまるで耳に入っていない様子で、市は立ち上がる。身体に付いた砂を落とした。
「本人に聞いたんでざんす。気になるなら、聞いてみればいいじゃないですか。知らない仲じゃないんだし。お前さん達の方が氷河とは親しいでしょ」
 まあそうなんだけど、と瞬が苦笑いする。
「でもさ、なんかちょっと聞きにくいじゃない。ロシアとか、マーマに関係ありそうなことって」
「ああ。他のことなら躊躇いなく聞けるのだが、どうもその話題だけは出しにくくてな」
「バカにもできないし、ヘタに同情しちゃいけない気もするし。なんか難しいんだよな、氷河って」
 紫龍も星矢も次々と同意した。市は首を傾げる。
「親しいからこそかえって聞きにくいってことですかねぇ? 長いこと外国で修業していた割に、随分と日本的な控えめさん達ざんすね」
 呆れたように言い放つ市に、那智が溜息をついた。
「お前が修業地ナイズされ過ぎなんだろ……」
「なんですかそれ。変な造語作らないで下さいよ。そもそも6年も外国で修業してきたアタシ達は立派な帰国子女ざんすよ。言動が日本人離れしていたって不思議はないでしょ」
「そりゃそうだけどさ。でもその帰国子女が『ざんす』とか言ってるのは不思議だよなぁ」
「ひどいよ星矢! 僕も正直、そう思うことはあるけどね」
 星矢をたしなめたはずの瞬がくすりと笑う。その言葉尻を紫龍がもっともらしく捉えた。
「違いない。だがそれは元の日本語を忘れていなかったと言うことでもある。まあ、それでもあれだが……」
 結局はフォローにならずに言葉を濁した本人が率先して笑い出す。つられてどっと笑い声が上がる後ろでぼそりとつぶやく者がいた。
「しかしあんなに目立っていて、何が探偵に弟子入りだ……」
「あれ? 兄さん来てたの?」
 耳ざとく聞きつけたのは瞬だった。振り返れば、海パン一枚で海への突入準備は万端(らしい)な一輝が腕を組んで面白くなさそうに仁王立ちになっている。
「海辺の別荘に来て、海に入りに来てはいかんのか?」
「や、そういうことじゃなくてね」
 眼光鋭くぎろりと睨まれても、銀河戦争のときと違って今はもう危害が加えられるわけでもない。苦笑ひとつで嫌味を流し、瞬は聞き咎めた言葉を質す。
「目立って、ってどういうこと? 兄さん、何か知ってるの?」
「ああ。ここへ来る前に街中で見かけた。とても探偵の修行中とは思えなかったが。なにやら女と一緒だったしな。しかも猫を抱えてな。……一体何だったんだ?」
 ぶっきらぼうな割には丁寧に答えた一輝は全員の視線と驚愕の声の集中砲火を浴びることとなった。
「あの氷河が!?」
「……女だと?」
 瞬と紫龍はそれきり絶句してしまったが、市と那智は興味津々で一輝に詰め寄る。
「で、どんな女だったざんすか? 猫って、その女の飼い猫だったんですかねぇ?」
「クラスの女子に囲まれても顔色一つ変えなかったんだぞあいつ。そんなに美人だったのか?」
「ええい鬱陶しい近寄るな! 見かけただけで、俺はそれ以上知らん! そうだな、俺達よりは随分年上の女だった。髪をピンクに染めて、やたらと目立っていた。……もういいだろう? 答えたんだからあっち行け!」
 嫌そうに二人を追い払う一輝を見ながら、星矢が呆然とつぶやいた。
「えー……氷河のやつ、せっかくの夏休みに一体なにしてんだよ……」
 屈み込み、スイカを入れたクーラーボックスを日陰へと移動させながら切なく叫ぶ。
「俺のスイカより年増女と猫を取るなんて、見損なったぜ氷河……!」
 真夏の日差しを浴びているにもかかわらず、そのとき星矢の背中は妙に冷えたという。
 ――勿論、冷たい視線の成せる技であることは言うまでもない。

Northern Cross 03 / To Be Continued



DTBヘボ探偵コンビの存在感は予想以上でしたという話。
こんなに言うこときかないキャラを書いたのは初めて。真面目に本題忘れかけましたw
時間的にはオチの一年前。次回で時間を進めたいと思ってます。

2010/07/05


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