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Side-S:中編04 Northern Cross 05


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 高校に入ってから初めての夏休みを目前にした、とある夕暮れ。
 とぼとぼと、とまでは行かないまでも、強い日差しがなくなっても一向に引かない暑気に辟易しながら、氷河は薄暮の街を急ぐでもなく歩いていた。
 向かう先は『久良沢探偵事務所』。目下のところ、氷河のバイト先である。もっとも、バイト代はもらっていない。依頼した調査料金を支払う代わりに働いている。
 最初に探偵事務所の門を叩いてから、早くも一年が経とうととしていた。その長さの意味するところは、調査が遅々として進んでいないことを意味する。
 だが氷河は文句一つもらさず、日々事務所に通っている。ただ漫然と調べてもらっているだけではなく、仕事を手伝うことによって探偵業のイロハを学ぶのは楽しかった。また久良沢とは別に自分なりに調べてもいた。それによって見えるようになったことも多い。新たに知ったこともある。なにもせずに学校へ通っているだけよりは、遙かに充実した日々と言えるだろう。
 そんな日々は期末試験という、学生が避けては通れない関門のため一週間ほど中断されていた。その試験も今日無事に終わり、終業式まではテスト休みで暇がある。最後の試験が終わった後、その旨を伝えようと寄り道がてら探偵事務所に顔を出せば、待ち構えていたように雑用を与えられ外へと放り出されてしまった。
 雑用とはいえ行く先は普段は何の用事もない霞ヶ関。いわゆる桜田門というやつだ。届け物を頼まれただけなのだが、何しろ場所が場所なのでどこへ行けばいいのやら、すっかり狼狽えて不審者よろしく右往左往してしまった事実は胸にそっとしまっておくことに決めていた。
 やっとのことで用事を終えればもう日は落ちかけている。夏の夜の浮かれた喧噪の中を氷河は事務所への帰路をたどっていた。最寄りの駅から足早に歩きながら、氷河はなぜか着用を命じられた帽子を鬱陶しく取る。
「もう夜だし、いらないだろう」
 なにしろ蒸れる。聖衣のヘッドパーツだって正直なところ、つけたくはないのだ。あれはヘタをすると生命に関わるので装着するが、帽子など夜になってしまえば無用の長物である。しかも城戸邸では支持者の少ない某球団のロゴが入っている。こんなものを被ったまま城戸邸に帰りでもしたら、アンチ勢力によってどんな目に遭わされるかわかったものではない。
「……なんだ?」
 何本も通っている鉄道の高架の下をくぐる国道よりも高い位置にある側道を歩いてきた氷河は、事務所の入る国道沿いのビル前に佇む人影を認めて思わずつぶやく。
 都会の国道沿いと言うこともあって、側道であっても交通量の多い道ではある。車だけではなく、通行人も多い。
 だがこの雑居ビルには別に人の集まるような店舗が入っているわけではない。ほとんど隙間なく立っている隣の建物の一階にはピザ屋が入居しているが、ほとんどデリバリー専門のような店なので客が直接入ることは希だ。
 内情を知っている氷河からしてみれば、妙に体格の良いの男にビルが注視されるような理由など見当たらない。それがどこかの企業名が入った作業着を着ているのなら、なおさら。そういった外注業者を頼むような羽振りの良い入居者など、このビルにはいないと氷河は知っている。ましてや作業員を装っている割に、よく見れば外国人のようだった。違和感が氷河に警鐘を鳴らす。
 脱いだ帽子を再び被り直した。なるべく目深に。何かを落としたふりをして停車しているトラックの影に入り、ビルを見上げている男を窺い見る。
「スラブ系だな……」
 大抵の日本人から見ればただの白人としか認識されないだろうが、長いこと海外で暮らし、自身もロシア人の血を引いている氷河にはすぐに見分けが付いた。
 スラブ系。すなわち、ロシア人もその内に含まれる。
「嫌な感じだ」
 被った帽子のつばを引き下げ、次いで急いで服装を崩した。Gパンを引き下げ、スニーカーのかかとを潰し、できるだけだらしなく。金髪くらい今の日本では珍しくもないが、顔はなるべく隠すべきだ。用心に越したことはない。なんの確証もないが、そうするべきだと本能的に感じた。
「キコさんがいればもっとうまい変装の極意でも聞けるのかもしれないが……」
 無い物ねだりをしてもしかたがない。氷河はすっと息を吸い、身を隠していたトラックの後ろから出た。
 ポケットに手を突っ込み、気怠げにゆっくりと歩く。そうとは悟られないよう、帽子の下から周囲を見回す。
 最初に目に入った男の様子を特に確認する。ハザードを点滅させながら停車している車に片手を置いていた。
 アイドリング状態のその白い国産車は、業務用としてもよく見かける大型のワゴン車だ。車体にはどこかの清掃会社の社名が入っている。しかし運転席にいるのもビルの前の男と同じく白人のようだった。よく見ないと気付きはしないが、気付いてしまえばこの国においては違和感が大きい。
 いかにも業務車らしく後部の窓は潰してあったが、気配を探れば運転手以外にも数人が乗り込んでいるのがうかがえた。
 彼等の前を通り過ぎる。さすがに緊張した。だがそんなものは決して悟らせないよう努力する。彼等は全くと言っていいほどに不審な様子は微塵も窺わせていなかったからだ。それなのに完璧なまでに隙がないことが氷河にはわかる。車の外の男の視線がまるで赤外線のセンサーか何かのように感じられた。
 さらに歩く。何食わぬ顔でビルの前を通り過ぎ、ビル脇の高架との間の道へと曲がった。視界から怪しげな男達が消えて、氷河はようやくビルを見上げることができた。電気は点いているが人影は見えず、窓だけがわずかに開いている。
「……やはりおかしいな」
 久良沢探偵事務所の窓は基本的に全てが全開になっているか、締め切られているかのどちらかだ。内情を知っている氷河の目には、その状態はいかにも異常に映った。
「入り口は奴等の目の前、非常口は鍵がないと外からは開かないはずだったな。――仕方ない、上から入るか」
 決めてしまえば、行動あるのみ。幸いにも高架脇で人影の少ない道だ。しかも辺りは既に夕闇に包まれている。人目を憚りながら屋上の扉を目指すには、昼間に比べて格段にやりやすい好条件が揃っている。
 電車がやってくるのを少しばかり待った。通り過ぎた直後を狙う。地面を壁を蹴る音はそれで相殺されるだろう。


 ***


「なんだお前か……」
 できるだけ静かに扉を開けた氷河の腕を手荒く掴んで壁際に寄せ床に座り込んだ久良沢は、顔を確認するなりほっと息をついた。
「どうしたんですか? 外の人達となにか関係が?」
「どうやって入ってきた?」
 矢継ぎ早に尋ねようとする氷河の気勢を制して、久良沢は低く鋭く尋ねる。予想以上の出来事が起こっているようだと氷河はそれで見当をつけた。久良沢の意向に従うことにする。
「屋上からです。誰にも見られていないと思います」
 その言葉に、久良沢は目に見えて肩の力を抜いた。
「そりゃまた随分なところからお疲れさん。まったく、聖闘士ってのはそんなこともできるのか。空恐ろしいな」
 軽口を叩き始めた久良沢に、今度は氷河が質す番だ。
「一体どうしたって言うんです?」
 真剣な顔で詰め寄る氷河の頭を、久良沢はぽんと軽く叩いた。
「言いつけ通り、帽子はちゃんと被ってたんだな? 偉い偉い」
「はぐらかさないで下さい。――彼等はロシア人だ。俺のせいで、なにかトラブルでも?」
「お前のせいじゃないさ。子供が変に気を回すもんじゃない」
 はっきりと自嘲だとわかる笑みを浮かべ、久良沢は芝居がかった仕草で両手を挙げてみせる。
「俺も焼きが回ったもんだ。まさか足跡を残しちまってたとはな。お陰で袋のネズミだ。こういうのを自業自得って言うんだぜ。これじゃあいいお笑いぐさだ……」
「足跡? どういうことです?」
「……こっちの話だ。ところでお前、ちゃんと用事は済ませてきたんだろうな?」
 用事が済んだら帰ってもいいと言われていたのにわざわざここへ戻ってきた理由を、氷河は聞かれて初めて思い出した。
「はい。勿論です。お届け物は無事、お知り合いに届けてきました。これ、受領書です」
 それを発行するから、と言われてかなり待たされたのだ。ようやく渡されたそれを見て氷河は拍子抜けしたのだが、久良沢もどうやら同じらしい。
「受領書だぁ? なんであいつ、ご丁寧にそんなもの――」
 しかし受け取った小さな紙を開いた途端、ふんと鼻で笑う。
「ま、やっぱりそんなところか。久々に大きなヤマにぶち当たったかと思っていたが、大きすぎて俺の手には負えない、か。皮肉だな」
「久良沢さん?」
 さっぱりわけがわからない。だが怪訝な氷河の問いに返る答えはなかった。
「お前、来たときと同じ方法で外へ出られるな?」
「はい」
「じゃあ、行け」
「どこにです?」
 雑用や猫探しなんかではない、なにか大事なことを任せてもらえるのかもしれない。それが自分のせいなら、なおさらだ。
 ふとそんな期待を抱いてしまった氷河に、久良沢の言葉は衝撃的だった。
「家へ帰れ。そしてしばらく、ここには来るな」
「どうしてですか!?」
 思わず大声を出して氷河は立ち上がる。
「おいバカなにやってんだ!」
 慌てて叱りつけた久良沢に呼応するように、突然現れたキコが氷河の手首を掴んで一緒に座り込んだ。これまでどこに潜んでいたのかと氷河は思ったが、尋ねることはできなかった。普段の陽気な様はどこへやら、顔が真っ青だ。
「キコさん? どうしたんです?」
 答えはない。ただ氷河を掴んだままの手が小刻みに震えている。
 ただごとではないと、それでわかった。少なくとも、このまま言われるとおりに帰ってしまっていいわけがないということも。
 あまりにも久良沢が飄々としているので、まさかここまで危機的な状況だとは思いもしなかった。
「――久良沢さん、一体なにがどうしたって言うんですか? 教えて下さい! 外の奴らはなんなんです?」
 できるだけ小さな声で、それでも一歩も引かない意思を込めて詰め寄った。
 忌々しげにキコを見て、久良沢は溜息をつく。
「ったくこの貧乳が。普段の威勢はこういうときのために取ってけってんだ。子供を巻き込んでどうする」
「でも……ボスぅ……」
 セクハラ発言は止めて下さい私怖いですぅと涙声で訴えたキコに、久良沢はもう一度大げさに溜息をついて見せた。
「もうしばらくすれば、助けが来る。大丈夫だ――その前に、奴らがここに乗り込んでこなければ、だがな」
「そんなぁ! なにげに絶望感が漂っている上に息が臭いなんて最悪ですボス……」
「るせぇ!」
 小声ながらもくだらない応酬が始まる。だがこんなやりとりなど簡単にスルーする技術をすでに獲得している氷河はそれら全てを聞き流しながら考えを巡らせることに没頭した。
 ――ロシア人と思われる不審者達。氷河に帽子を被らせた久良沢。脅えるキコ。
 氷河が持ち帰った『受領書』は、届け物――恐らく、久良沢からの何らかの依頼――をした警察からの返答だ。助け、とまで言うからには、その手段は穏やかであるはずもない。
 外の男達の様子を思い出し、氷河は眉をしかめた。あれは間違いなく荒事のプロだ。久良沢の言う通り『乗り込んで』来た場合、自分はともかく日本の警察官程度では太刀打ちできるかどうかも怪しい。
 そもそも氷河の依頼が始まりなのだろう。久良沢が氷河には伏せようとしていることからも、それは明らかだ。
 氷河の依頼――母の身元を調べて欲しいという。それだけだったはずだ。しかし。
 過去に彼女がグラード財団に提出したという書類。それら全てが偽造であったことが判明して以来、調査は難航を続け、ついにはこんな事態になってしまった。
 誰のせいだ? 依頼をした氷河か。『足跡を残してしまった』久良沢のせいか? ――それとも。

(マーマ……!)

 氷河は服の上から、首に下げている十字架をぎゅっと握りしめた。母の唯一の形見。一度は命をも救ってくれたことのあるそのノーザンクロスは、今も氷河を見守っている。ずっと氷河を支え続け、同時に道標でもあったもの。
 ノーザンクロス。北十字星。それは奇しくも氷河の宿星である星座の一部だ。だがこの十字架は夜空を渡る白鳥などでは、きっとない。
 北の十字架。道標。それは天頂で孤高に輝く北極星のことだ。周りの星々が天を巡る中、十字架にかけられた最期のイイスス・ハリストスのごとく、一点に留まることを定められた不自由な星。
 氷河は母との最後の日々を思い出す。日本へ――氷河の父の元へ行くと言って旅をしていた。だが最後に乗り込んだ船は日本へ行くものなどではなかったことを、成長した氷河は知っている。
 ――彼女は恐らく、動くことができなかった。逃げ出すことは叶わなかったのだ。なにか大きなしがらみから。
 その『なにか』の正体には、薄々ながら氷河は気づいている。思わぬほどに大きなそれは、確かに頑強で抜け出すのは難しかったのだろう。

 だから、彼女は死んだ。

 しかし彼女は、氷河だけでも逃がす算段を整えていた。
 彼女が死んだあの日、あの場所に辰巳が現れたのは偶然ではなかったはずだ。周到に用意された、それは彼女の最期の足掻きだったのに違いない。
 そうして氷河は生き延びた。生きて、日本へ辿り着いた。母がもう一度会いたかったのであろう男の元に。――母を失ったばかりの子供に冷たい視線を投げかけるような人間が、結果として氷河を救うことになったのだ。
 なぜ母はそんな男を求めていたのか。なぜあの男が父だったのか。長いこと、それはできるだけ考えないようにしてきた。あの男のことなど思い出さないようにしてきた。
 しかしこの一年弱の間、母の面影でなく足跡を追い求めるに当たって、あの男――城戸光政という人間について考え、調べ、知ることは避けて通れない道でもあった。
 そうやって得た種々の情報と封印してきた記憶が今、氷河の中でおぼろげながらもひとつの答えを形成しかけている。
「……キコさん」
 十字架を握り締めたまま、氷河は呼びかける。その声に含まれるものを感じ取ったのか、神妙な顔つきでキコは答えた。
「なんですか、氷河君?」
「そのうちに変装を指南してくれるって、前に言いましたよね」
「ああ、高校に受かった時のことですね。……どうしたんです、急に」
「それ、今してもらってもいいですか?」
「はいぃ~?」
 理解不能といった顔をしたキコとは対照的に、久良沢が眉をしかめた。
「なにをするつもりだ、お前」
 しかし氷河は答えなかった。キコに要求を淡々とぶつける。
「女に見えるように変装したいんです。長い金髪のカツラがあれば完璧なんですけど」
 突然の妙な要望にも怪訝な顔をしながらも、キコはこんな時でも大事に抱えていた大きなスポーツバッグをごそごそとあさり始めた。
「金髪のならちょうど持ってますけど……女かぁ……氷河君、背が高いしちょっと難しいかも」
 袋から出したものを氷河と見比べながらキコは唸る。
「いや、身長はこんなものだったと思います――そんなに背の低い人ではなかった。俺もまだ大人になりきってないし、体の線さえ隠せればなんとかなりませんか?」
 その言葉で久良沢は何もかもを悟った。
「おい氷河、お前――」
「大丈夫です。そうすれば、やつらは多分俺に気を取られます。警察を待つよりも速いし、騒ぎにならないでしょう」
「危険すぎる!」
 思わず大きな声を上げた久良沢を、氷河はなによりも説得力のある一言で制した。
「大丈夫です。俺は、聖闘士ですから。――キコさん、お願いします」
「はい……」
 雇用主と後輩をおどおどと見比べて、結局キコはこの場では一番頼りになりそうな後輩に従ったのだった。


 ***


 内偵が終了し、作戦的な監視を始めてから30分が経過していた。果たしてターゲットはこちらに気付いているのかいないのか、全く動きはない。
 あえてこちらの姿を見せることによってただ萎縮するのならば、その程度の相手と言うことになる。事態は小火で、早急な消火が可能だ。
 またどこかに救援を求めるのであれば、背後にいる何者か――恐らくは大物だ――の燻り出しができる。そちらも早めに手を打つことによって、日の当たらない場所での処理ができるようになる。
 この行動は、そのように判断を下した当局の指示によるものだ。
 後部座席でヘッドホンを耳に当てながら通信機器をいじっていた作業員が時計を見た。定時の報告を行う。
『人の出入りはほとんどなし。特にこれといった相手先と連絡を取っている様子もありません。というよりほとんど電話もかかってこないし、かけている様子もない。本当に探偵事務所なんですか、あれ』
 定型に則っていない報告を咎めるでもなく、通信作業員の後ろに陣取っていたチームリーダーが嘲るように答えた。
『余程流行らないところなんだろう。だから受けて良い依頼かどうかもわからず、どんな仕事にも飛びつく。それが己の身を滅ぼすことになるとも知らずにな』
 窓を少し開き、車の外で身を晒している監視員と二言三言交わした助手席の男が短く尋ねる。
『――突入しますか? それとも、出てくるのをこのまま待ちますか?』
 上層部よりあらかじめ指示されていた項目は全て履行されている。この後は現場判断で動くことになっていた。
 一切の迷いを見せず、リーダーが冷酷に断言する。
『これ以上ここに居続けるのもそろそろ不自然だ。頃合だ。片をつける。それでこの任務は終わりだ』
『8年目にしてようやく、か……ずいぶんと時間がかかったものです』
 しみじみとつぶやいた運転手は、チームの中ではリーダーに次いで経験豊富なベテランだった。リーダーを除けば、このメンバーの中で過去からの経緯を知っているのはこの男だけだ。だからこそ余計な情報を漏らさせまいと、リーダーは彼を制した。詳細は最高機密で、仲間といえども知られることは許されない。
『無駄口はよせ。手順は打ち合わせの通りだ。いいな?』
 それが号令だった。
 無言で頷いた助手席の男が車外に出る。監視役の男と共にまずは二人だけで標的に接触する。
 閉ざされている非常口を除けば唯一の侵入口となる入り口から堂々と入り込んだ二人の姿が見えなくなるのを確認し、運転席の男が腕時計に目を落とした。5分経過しても出てこないようなら抵抗があったと判断し、残りのメンバーが加勢する手筈となっている。そのまま誰も口を開かずに時が過ぎた。
『3分経過……誰か出てきた。――女?』
 唯一外の様子をうかがえる位置にある運転手が不意に引きつった声を上げた。
 日も落ちあたりは暗い。ただでさえ後ろの窓をつぶした車の中からは様子がわからない。なぜか妙に緊張した運転手の様子に、リーダーが冷静に質す。
『関係者か?』
『わかりません……こちらを見てます。金髪の、白人の女です! 胸に十字架をぶら下げて――』
『捕らえろ!』
 全てを聞かず、リーダーが自ら後部ドアを開いた。車外に飛び出す。女と目が合った。
『……スミルノワ……!』
 その名は震える声で発音された。
 呼ばれて、女は夜目にも赤い唇の端を引き上げる。嘲笑することで、明らかに彼らを挑発していた。
『生きていただと!? 馬鹿な!』
 女は次々と車から出てくる男達を目にしていっそう笑みを深くする。その底知れない気配に男達が気圧された一瞬を女は見逃さなかった。さっと身を翻す。走り出した。
『追え!』
 数瞬遅れて発された怒号で、男達は呪縛を解かれたように一斉に動き出す。車に戻ろうとする者、走って追おうとする者と対応が分かれたが、車に戻るのが正解だった。
 少し走った先で、女はタクシーを呼び止めていた。乗り込むやいなや、タクシーは猛然と走り出す。
『くそ!』
 見送るしかない男達の脇を、仲間の車が走り去った。
『突入組と合流後、追って来い! 無理なら戻れ!』
 短い指示の声が多少のドップラー効果を伴いながら離れていく。周囲の通行人が何事かと彼等を振り返っていたが問題はない。
 ロシア語のやり取りを理解できる人間は、この国にはそう多くないのだから。

Northern Cross 05 / To Be Continued




自分の経験からテスト休みという期間を設定してしまいましたが、
そういうものがない学校も多いらしいですね(´・ω・`)
それを目標に頑張れるので、学生にとっては結構いいエサだと思うんですけどw
ご存じない方の為に説明をしておくと、テスト休みというのは
期末テスト最終日から終業式の間までの約1週間ほどのお休みのことを言います。
その間、授業はなし。部活をやっている人以外は登校の必要もありませんでした。
プレ夏・冬休みってところでしょうか。
以上、ご参考までに。

2010/08/10


※誤字脱字等のご連絡、その他ご用の際はお手数ですが拍手コメントか右のメッセージフォームからお願い致します。