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ビームサーベル同士で、もう何度切り結んだだろう。
終わりがないようにすら思えたなんの意味も持たない応酬は、鍔迫り合いのかたちで一旦の停滞を迎えることとなった。無益な破壊を映し出した映像に、双方が目を奪われたことによって生じた隙が産んだ奇跡的な拮抗の状態。
ついにこの世界の地球に、よそ者による決定的な瑕疵が与えられてしまった。
「……なんてこと……!」
きつく唇を噛み締め、 は呻く。――こうなることを、阻止したかったというのに。
まさか軌道衛星兵器なんてものまでが配備済みだったとは。
完全な敗北だった。 の読みは、あまりにも甘すぎたのだ。
衝撃を受けた の耳に、別の回線から通信が割り込んできた。
『こうなってしまっては、これ以上戦えないだろう! !』
これまで一切の対話を試みようとしなかったアルバーが、ようやく に話しかけてきたのだ。
この状況では、それはすなわち降伏の勧告だ。そう思い、 はあえてなんの返答もしなかった。
――もしかしたら、できなかったのかも知れない。
声を出そうにも、あまりの怒りと憤りで震えた喉から声が出るとは思えなかった。そして疲労と絶望で胸がつかえて、息すらうまくできないのだ。
『……ここまでやるのか、彼は。こんな無益な破壊を……!』
声は、心底憤っていた。こんな状態でも自分は声を出せたのかと は一瞬錯覚し、すぐにその声が男のものであると気づく。
「アルバー……?」
思わずつぶやいた。
『だけど……これもまた必要なんだ。でもそのトリガーを引かせるのが、 、決して君であってはならないんだ!』
通信機から聞こえてくる声が を突き放すように響いた。
次の瞬間、01の腕部にかかっていた負荷が急激に軽減される。全力でエピオンのパワーと拮抗していた01はつんのめるように数歩たたらを踏み、さらに軽く別方向にバーニアをふかして勢いを削ぐ。ようやく止まることができたのはエピオンから少し離れた場所だった。
振り返る。急速に上昇して の背後に回っていたエピオンは、無様な01の隙を狙うことはなく、ただその場に屹立している。手にしたビームソードの暴力的な光輝はそのままではあったが、なんの構えもしていなかった。
仕切り直しか。 もまた、ビームサーベルを納めることはせずにエピオンと向き合う。
そのとき、モニターの一部を占拠していた映像が切り替わっていることに気づいた。
「……これは!」
この基地内のどこかに設置されたカメラからの映像のようだった。
の操る01と、エピオンが一触即発のようなかたちで向かい合っている。自分の状況をリアルタイムで見せつけられるのはとても奇妙な気分だ。
「どういうつもり?」
映像に注意を向ける。外野から見た己の姿。あれだけの脅威を見せつけられてなお、破壊のための凶器を捨てない。――エピオンと、なんの違いがあるだろう。
恐らくこれは全世界に同時配信されている。ではこの映像もこれから、この世界へ向けてのなんらかの脅迫材料となり得るのだ。 は諦観の念と共に思った。
そして映像を通して、気づいたことがある。今の自分の、位置。狙ったわけではなかった。偶然だった。ここに到達することをこそ目標にしていたのだ。――そして今、 はそこに立っている。
―― は今、マスドライバー地下施設部分の、真上に立っている。
***
さすがになにもできなかった。
一直線に天から地へと落ちてくる光の奔流を見てしまった後では。
カノンは来た道を戻る。まんまと脅しに従ってしまっているのが悔しくてならない。
だが奴等にここまでのことをさせてしまったのは、もしかしたら自分なのかもしれない。そう思うと、これ以上の手出しは躊躇わざるを得なかった。
宇宙への架け橋であるマスドライバーに傷をつけられて、阻止するためにこんな暴挙に出たのではないか。その可能性に気づいてしまった後では、どんなに歯痒くとも脅迫に屈するしかなかった。
早まりすぎたか。しかしいまさら臍をかんでも遅い。
数キロ先の陸地を見れば、01とエピオンの戦闘は膠着状態に入っている。互いに光を失わない剣を構えながらも、それでも先ほどまでの激しい動きは止めていた。
にとっても、宇宙からの砲撃は脅迫として十分な効果があったようだ。それも悔しい。だがとりあえず、先ほどのように今すぐ の身に生命の危険が及ぶ恐れは先延ばしされたと見ていい。不幸中の幸いというべきか。
走りながら、このレールの根元付近にコントロールセンターがあったのを思い出す。音声だけでは状況は理解しにくかった。ご丁寧に映像を配信してくれているというなら、見てみるべきだ。
施錠もされていなかったコントロールセンターへ飛び込む。何の警戒もしていなかったものの、幸いにも室内は無人だった。すべての機器の電源は入ったままで、壁の一面にずらりと並んだディスプレイに映っているのは二種類の映像だけ。位置はランダム。それがいっそうの異様さを引き立てている。
カノンの目は、衛星から送られている映像の方に引きつけられた。
「……ずいぶんな真似をしてくれる……!」
ただ穏やかに美しかったであろう青い海に、ぽっかりと赤い穴が穿たれている。まるで海底火山でも爆発したかのような有様だが、それにしては立ち上っているのは明らかに噴煙ではなかった。赤く見えるものは熔けた岩石だろうか。カノンにはそれが、地球の流す血のように見えた。海は激しく波打ち、大地の傷口に触れては真っ白な水蒸気をもうもうと上げる。
そしてもう一方の映像。
こちらはカノンの現在位置から見える風景とほぼ同じものが映し出されていた。カメラがこの建物の上にでもあるのかもしれない。
向かい合った01とエピオン。緊張は解けていないが、互いに動けないでいるようなのが見て取れた。ここから内部は窺い知ることはできないが、何らかの対話が行われているのではないかとカノンは思う。
無性に腹立たしさを感じた。
「いまさら話などして、どうするつもりだ、 」
映像はあるのに何の音声伴っていないのがまた、カノンの気分をよりいっそうささくれ立たせる。
「スピーカーはあるんだ。音はどうなっている!? あっちの通信は傍受できないのか?」
手近のコンソールに手を伸ばす。苛立ちのあまり機器を壊さないようにするためにずいぶん気を使った。
***
『 、君はなにをしたかったんだい?』
ついに動きを止めた の元へ、目の前のエピオンから通信が入る。黙ってスイッチをオンにすればアルバーの静かな声が通信機から流れてきた。
『この世界で、君はなにをしようとしたの?』
「私は……」
返答に詰まった に、アルバーは厳しい追い打ちを掛ける。
『たった一人でなにができると――なにかができると、思っていたのかい?』
「…………」
『NEOS・COSMOSを、どうにかしようとしていたんだよね。だったらあのパーティの夜、君は僕と一緒に来るべきだったんだ』
が答えないのを迷いと取ったのか、アルバーは誘惑のような言葉を紡ぐ。
『そうしていれば、今の攻撃はなかったはずだ。君が、君の言葉だけで、こんな馬鹿な戦いをすることなく止めることができていたはずなんだよ』
「私が……戦わずに?」
それは確かに、少しは心の動く言葉だった。それが伝わったのか、アルバーの声に少し柔らかさが戻る。
『そうだよ。……今からでも遅くない。僕と一緒においで。そうすれば、少なくともカイラス・ギリの第二射はないはずだ』
「……アルバー、私があなたと行って、それでどうなるというの?」
『組織の進むべき方向を、君が定める機会が得られるよ。NEOS・COSMOSはかつてのロームフェラの流れを汲んでいる。一度はロームフェラの代表だったクイーン・リリーナの娘である君には、相当の発言力が与えられるはずだ。』
――駄目だ。それは駄目だ。それだけは。 はやるせなく頭を振った。
「それは進むべき方向ではないでしょう? 辿り着く先なんて、どうせ決まっているんだわ。私がやらされるのは、本来この世界が進むべき道を穏便に変えさせることでしょう? ――それでは、駄目なの……駄目なのよ、アルバー」
『どうして』
「あなたは私に、何をしたかったのかと聞いたわ。――したかった、のではないの。今も、私はそれをしようとこうして足掻いてる」
『――――』
「私はね、この世界を守りたいの。女神アテナとその聖闘士達が、一度は命を捨ててまで守ったこの世界を、守りたいのよ」
『守るというなら、なおさら君はこちらに来るべきだ。この世界は、かつての僕達の世界とほとんど同じだよ。このまま進ませれば、僕達と同じ過ちを繰り返す。そうならないためには、その先を経験してしまった僕達が彼等を導くしかない。それは結果的に、この世界を守ることになるんだ』
は先ほどまでは楽園のようだった島の映像に目をやった。自然のものではありえない高熱に曝された大地と海からは、いまだ炎と水蒸気が治まる様子はない。
「こんなものを見せつけられた後では、それは詭弁にしか聞こえないわ。ただのエゴの押しつけにしか思えない……そうね。言葉が悪かったわ。守るだなんて、あまりにもおこがましいもの」
こんなふうに、暴力と恐怖でこの世界を縛るだなんて。この世界を の世界のようにしないためだなどと言いながら、この行い。あまりにも矛盾している。基本的に何かを決定的に間違ってしまっているのだと、どうして彼にはわからないのか。 は心底不思議に思った。
これでは、これ以上彼と話し合う意味をまるで感じない。対話には、噛み合う所などひとつたりともないのだろうから。
だがそれも道理だ。互いに我侭を言い合っているだけなのだから。失望はしなかった。そもそも希望など抱いていないから、失望のしようもない。
人とは、時としてこういうものなのだ。己の思想や欲望が断固としてあれば、それを捨ててまで他人に迎合しようとしないひどく自分勝手な生き物だ。
―― とて、そのどうしようもなく我侭な人間の一人でしかないのだから。
「私は、せめてこの世界のかたちを変えたくないの。ここまできてこんなことを言うことが馬鹿げていることはわかってる。でも、いいの。これは私のエゴだから。あなた達の標榜する詭弁と同じレベルのエゴだから。わかってるわ。でもね、私は……私のせいでこの世界のかたちが変えられてしまうなんて、絶対に嫌なのよ――それだけは、どうしても!」
『…… ……!』
アルバーはなにかを言い募ろうとしたようだった。
だがこれ以上 には聞く気はなかったし、状況もそれを許さなかった。
***
01とエピオンが映し出されているだけだった映像に、ようやく音声が伴った。
『我々の言葉が嘘ではないと、先ほどの攻撃で納得していただけたと思う。数カ所で開いていた戦端も、一応の終息を見たことは確認した。だが例外が一つだけある――現在、ご覧いただいている映像だ』
来たか。 は唇を噛み締めた。
世界は今、どんな目でこの映像を見ているのだろう。お前のせいで、この母なる星が傷ついたと、そう憎まれているのだろうか。
女神や聖闘士達も、同じように思っているのだろうか。――結局 は、どこにいても誰かを傷つけることしかできないのだろうか。
そう思うと、悲しさと心苦しさで胸が張り裂けそうな心地がした。
『いまだ抵抗を止めていないモビルスーツのパイロットに告げる。全武装を解除し、投降せよ。さもなくば、我々にはカイラス・ギリ第二射を行う用意が既にできている。次の目標は――』
既に発射準備が整っている。
それは恐らく、本当のことだ。意外なほど冷静な頭で はそう結論づけた。初射の後から今まで、しばらく時間が空いている。カイラス・ギリの威力を全世界に見せつけ、どういった対応を取るのが一番賢い選択かをしばらく考えさせる猶予の時間は、そのまま第二射の準備に当てられて当然だ。
『次の目標は、以前に君が我々の介入を阻止した、ブリュッセルへと既に定められている。一度は救った街がどうなるかは、君の決断に委ねられることとなる』
ずいぶんと情に訴えかける脅迫だ。 は失笑をこらえられなかった。そういえば初射の前には合成音声だったナレーションが、いつのまにか人間の声に変わっている。
『これよりカウントダウンを開始する。我々の望む回答が得られなかった場合は、予告通りブリュッセルに先ほどと同じ攻撃を加える。猶予は1分だ――よく考えるといい』
声には余裕が感じられた。 にはもう逃げ場がないと、高を括っているのだと知れる。
――どうする? どうすればいい?
今行うべき、最良の行動は?
いけないと思いつつ、焦りを抑えることは至難だった。それでもできる限り冷静に、考え得る限りの行動パターンを、必死に頭の中でシミュレートする。
目の前で泰然とたたずむエピオンをちらりと見遣った。もしも今、あの機体に乗っているのが だったら、エピオンは に何を見せてくれただろうか?
最善の方法を、示してくれただろうか?
『カウントダウン開始。60・59・58・57…………』
ゼロシステムの予測と、問答無用のカウントダウンと。
より無情なのは、果たしてどちらだろうか。
限られた時間の中での無限の逡巡。――最善の結論など、本当はひとつしかないのだ。迷うのは、 の心が決まっていないからに他ならない。
そう。後の問題は、 の覚悟だけなのだ。恐らくは。
きっとゼロシステムであっても、この状況では同じ予測結果を に強要するに違いなかった。
の手が動く。ほとんど無意識だった。カメラが捕らえる周囲の状況をざっと検索させる。――彼を。探してしまった。
同時に手は相反する動きを続ける。手元に引き寄せたキーボードを叩く。コマンドをいくつか入力した。 コクピット内の光源が半減する。各所で淡い光を放っていたスイッチ類の灯が落ちたせいだ。外では握り締めたままだったビームサーベルが格納され、カメラアイの光も落ちただろう。
外の様子を映したモニターを祈るように見つめる。求めた姿は、どこにも見えない。
とても残念だった。同時にひどく安堵したのも事実だ。近くには、いないほうがいい。
カウントダウンは進んでいる。覚悟なんて決まっていない。それでも、これが最善だ。
――どうかお願い。
は願う。一目でいい。見たかった。心から会いたいと思う。声が聞きたかった。だから願う。
――そばに来ないで。もう姿を見せないで。
見てしまったら、もう、できない。きっとできなくなる。だから、そばには来ないで。
祈りながら はディスプレイを見つめる。食い入るように見つめ続ける。