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Side-S:14章 Burst into flames 17(14章最終話)


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 今、確実にそこにある脅威に対してなにも手出しができない歯痒さは、戦う力を持つ者ほど強く感じるものだ。
 聖域の最奥で刻々と進むカウントダウンを聞かされるだけの人々の心には、絶望の二文字が重く沈む。


『……らは世界統一国家……情報局……安部』


 突然、ノイズと共に新たな音声が入ってきた。
 カウントダウンは変わらず続いている。初めは、新たな声明かと誰もが思ったのだ。
 いくら固唾を呑みながら微動だにしないモビルスーツの映る映像を見つめていても、別のディスプレイで映像が切り替わったことに気づかないわけもない。
 破壊されてしまった島の映像が激しいブロックノイズと共に消え、やがて何度かブラックアウトを繰り返しながら完全に別の映像に変わってしまった。
「おい、あれ……」
「なんだ?」
 一度は静まりかえっていた聖域の一室がにわかにざわめきを取り戻す。
 初めはブロックノイズが多くてよく見えなかった映像は数瞬のうち鮮明になり、何かシンボリックなマークが表示された。
 次いでノイズ混じりだった音声もクリアになる。


『こちらは世界統一国家・大統領府中央情報局国家保安部』


 声と共に、映像が再び変わった。
「何者だ?」
 同じ声が室内の各所から上がる。
の仲間か……?」
「やっと……来たのか」
 映し出されたのは、東洋系の男だった。長めの黒い前髪の隙間から、射るような青い目がのぞいている。
 ――その顔に、少なくはない人数が既視感を覚えた。だが誰もそんなことは口に出さない。そんな余裕はなかった。
 全く変わらない表情の中、男の口だけが動く。映像がなければ人が話しているとは思えないほどに無機質な声が響いた。


『こちらは世界統一国家・大統領府中央情報局国家保安部。現在、この地球上で散発的な戦闘行為を行っているテロ組織・NEOS・COSMOSに告ぐ』


 全員の視線が新たに現れたその男に釘付けになっている。
 口元を覆い、ディスプレイを凝視したまま絶句するアテナに、誰一人として気づく者はいなかった。


 ***


『先ほど行われた無益な攻撃は、その全ての課程を記録させてもらった。軌道衛星砲との触れ込みだったが、事実は反射衛星砲であることを確認した。いずれにしてもそのような兵器を保持することは国家法第9条にて全面禁止されている』


 いつのまにか、カウントダウンが止まっていた。
 今や全世界の通信網を占拠している男の言葉は、水瓶座の黄金聖闘士が作り出した氷鏡をも支配している。


『あくまで国家法による禁止事項であるため、攻撃目標地点の位置を勘案し、先ほどの第一射はあえて看過した。我々には、こちらの地球の保護まで行う権限も義務もないからだ』


「知っていて、見過ごしたというのか……!」
 アイオリアが憤りの声を上げたが、ムウは冷静に口元を歪めた。
「発射元を特定するために、あえて眺めていたというところでしょう。合理的な判断です……納得はしかねますが」
 厳しい視線が向けられていることなど知りようもなく――知っていても、態度を変えることはないだろうと思わせるほどなんの感情も伺わせない声で、映像の中の男は淡々と続ける。


 ***


 直接目にしたのは初めてだが、カノンは確かにこの男を知っていた。
「こいつが、ヒイロ・ユイか……」
  の上司であり、 の父親でもある男だ。
 遙か神話の時代にこの世界に来たことがあり、女神アテナの記憶にすら残っている男。戦女神であるアテナをして完璧な兵士――むしろ兵器のようだとまで言わしめたヒイロ・ユイの本領を、カノンはこの映像だけで垣間見た気がした。
 淡々とした口調。変わらない表情。まるで機械だ。
 眼光の鋭さがなければ、生きた感情のある人間のようにはとても見えなかった。


『だが、宣告された次の目標地点は人口の密集地であることを確認した。――先述の通り、我々にはこちらの地球に対して持つ義務および権利はなにひとつない。しかし人道的観点により、大量破壊殺人を看過することもできないと判断した』
 ヒイロ・ユイは続ける。極めて冷酷に。
『よって、現時点における地上での戦闘に関しては敗北を宣言し、一時的な降伏を受け入れるものとする』


 カノンは耳を疑った。
「なにを……言っている!?」
 ヒイロ・ユイは続ける。――カノンの聞き違いなどでは、決してなかった。


『戦闘中の当局所属モビルスーツのパイロットは、速やかにこの決定に従うことを命ずる』


「……なにを言っているんだ、貴様は!」
 カノンはディスプレイに向かって叫ぶ。殴りつけた。樹脂製のディスプレイは簡単に砕けたが、スパークする火花がヒイロ・ユイの冷徹な眼光を思わせて止まない。
 激高し、カノンは再び拳を振り上げる。
 その瞬間、いまだ01の映像を流し続けているディスプレイから、NEOS・COSMOS側の声が再び聞こえてきた。
『よかろう。降伏を受け入れる。ブリュッセルへの攻撃は中止しよう。ではパイロットは武装解除し、直ちに投降せよ』
 もう絶句するしかなかった。
 突然介入してきた第三者によって一方的に宣言された降伏命令。それは受理されてしまった。
 ずっと と共に戦っていたカノンにとって、それは青天の霹靂だ。到底容認できるものではなかった。
 猛然と振り下ろされた拳は、しかし一度で全ての映像と音声を消し去ることはなく、抗議の叫びは勝手なやり取りを続ける異世界の人間達へ届くこともない。


『パイロットの身柄の扱いについては、当局による投降勧告を行った関係上、一時的に当局の管轄下から外れることとなる。すなわちその生命、所在における責任を、当方の管理下より一時法的に離脱したものとみなし、万一虜囚となった場合でも守秘義務等の括りから解放されるものである。
よってNEOS・COSMOSによるパイロットの身柄の拿捕は容認するが、拷問等の身体的精神的迫害の必要性は認められないことを明言する』
『了解した。抵抗されないのであれば、そのような無体をする必要はない』 
『――しかし国家法第9条3項における兵器保持に関する法の遵守はいかなる状況にあっても絶対義務であり、いかなる裁断を持ってしてもこれを破棄することはできない。従って、降伏はするが、モビルスーツは渡せない』
『なに? どういうことだ?』


 勝利を確信していた声が怪訝に揺れる。
 カノンも伏せていた顔を上げた。生き残っているディスプレイを探す。
 部屋の片隅でかろうじて光を放っていたそれは、ヒイロ・ユイのまるで人形のように変化しない顔を相変わらず映し出している。
 ほとんど不動の表情の中、口元だけが動く。
『繰り返す。降伏はする。しかしモビルスーツは渡さない』
 表情とは裏腹の、力強い宣告。
 カノンは弾かれるように、隣のディスプレイに目を移す。
 さきほどから微動だにしなかった の01が動きを見せていた。
 胸部のハッチが開く。パイロットが姿を現す。
「―― !」
 カメラ越しの遠目ではパイロットの顔までは見えない。だがそのシルエットから、知るものが見れば当然 だとわかる。
 小さな影のようにしか見えない はハッチの上に歩み出てきた。
 両手は、掲げていない。――投降の意思を、見せてはいない。
 代わりに は右腕を無造作に突き出した。その手に握り込まれた何か。コクピットへとケーブルが続いている。
「やめろ……!」
 声にならない叫びを上げ、カノンは外へと飛び出す。
 たった今まで目にしていたのとほとんど違わぬ光景が目の前にある。
!!!!!!!!」
 次の刹那、 を乗せたままの01が膨れあがった。
 間を置かずに閃光が走り――


 爆発して、四散した。


Burst into flames 17 END



最大の目標の一つをクリアです。
これについては長々と書き連ねたいこともあるので、後書きは別ブログに書いておきます

2011/05/08


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