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緊迫していた空気を叩き破る音が突如として響き渡った。
とカノン、そしてヒイロに向けられていた全ての視線が、未だ開け放たれたままの入り口へと向かう。待機していた客人のうちの一人が、声も出ないほどに笑い転げながら盛大に拍手を送っていた。
しばらく笑い転げてから、彼は唐突に顔を上げる。
「いや~よくぞ言ってくれたぜカノン君! やっぱりおまえさんを見込んだ俺の目に狂いはなかった! 何かやらかしてくれるとは思ってたけど、これは正直、期待してた以上の成果だ。この宇宙一の超弩級大馬鹿野郎を完全に撃沈させるなんてな。聞いててスッキリしたぜ。ありがとさん」
軽い調子でかなりひどいことをさらりと言う男は、格好だけで判断すればどう見ても神職者である。見た目と口調のあまりのギャップに、彼に初めて注目した全員が唖然とした。
カノンだけが一人、苦々しい表情ながらもまともに応対する。
「……まさか本当に報告していなかったとはな。デュオ・マックスウェル」
「誰にも言わないでおくって言ったろ? 信じてなかったのか? 逃げも隠れもするが、嘘だけはつかないってのが俺の信条でね」
ついと視線をずらし、デュオはカノンに捕まえられたままの に向けて破顔した。
「だけど に関しちゃ、俺の助言をちゃんと信じてくれたみたいだな。随分良くなったみたいで安心したぜ。――久しぶりだな、 」
「……デュオ」
声をかけられ、 は目元を拭って身じろぎする。引き留めるようにその身体を押さえていたカノンも、ようやく を解放した。
「カノンから聞きました。助けてもらったのですってね――ありがとうございました」
頭を下げる に、デュオはひらひらと手を振って見せた。
「俺はナノマシンを提供しただけ。そこのカノン君ががおまえを助けてなかったら、いくら俺がおまえ達を見つけたところでどうしようもなかったさ。ていうか、俺はあれだ。運が悪いんだ。貧乏くじなんてもんはきっと、俺に引かれるためにあるんだぜ。まったく、おまえ達とあんなところで鉢合わせるなんて、偶然にしたって出来過ぎだ。ま、感謝するならせいぜい俺の悪運の強さをありがたがってくれ。しかもあの後、更に奴らの残存勢力と出くわしちまって散々――」
滔々と語られる愚痴だが自慢だかわからない話の腰を、そばで聞いていたもう一人が無情に叩き折った。
「お前の運の悪さなど今に始まったことではないし、そもそもどうでもいい。だが、こんな重要な話を報告しなかったのは問題だぞ」
一目で東洋人とわかる男が初めて口を開いた。怜悧な印象はヒイロに近いが、口調に感情がこもっている分、ヒイロとはまた違った厳しさが感じられる。例えてみれば触れれば切れそうな、そんな鋭さがあった。
だがデュオは慣れているのか、非難ではなくほとんど叱責のような言葉をあっさりと流してしまう。
「何が問題なんだよ。 が生きてたって報告したところで、あのときには多分意味がなかった。自業自得の大馬鹿野郎を無駄に喜ばせるだけだっただろうさ。どうせ自分で招いた事態だ。せいぜい落ち込めばいいと思ったから黙ってたんだよ。そのほうがよっぽどメリットがありそうだったからな。 が死んじまったと思い込んだままのあのローテンションの超鬼畜モードで作戦を続行してもらって、少しでも解決が早くなるほうが、よっぽど為になると判断したんだがな、俺は」
「…………まあ、そうかもしれんが」
あっさりと説得されてしまった男は、それでも一言付け加えるのを忘れなかった。
「だがヒイロにはともかく、全員に黙っている必要はなかったと思うが。少なくとも俺は余計なことは喋らん。そのくらい、貴様にだってわかるだろう」
「まあな――すまなかった」
素直に詫びたデュオに向けてため息をつき、男はようやく に声を掛けた。
「あの爆発からの生還、嬉しく思う、 。長い間、一人でよくやった」
「老師(先生)……」
素っ気なく告げられた労いに、 は感極まったように言葉を詰まらせた。そのまま無言で頭を下げる。
だが彼はあからさまに顔をしかめた。
「もうその呼び方はやめろ。俺はお前に特別なことはなにも教えていないし、何よりお前は俺が教えられることよりももっと多くのものを、この世界で学んだはずだ。――最後に自爆という手段をとったのは勿論褒められることではないが、あの機体に乗っていた以上は当然、その覚悟は必要だった。そういう意味で、お前はもう俺と同等だ。俺ではもはや、お前の師足り得ない」
そう言いながらも、その語り口はまるで師が諭しているようだ。 は苦笑しながらも反論はしなかった。
「はい――五飛(ウーフェイ)」
その答えに満足したのか、五飛は重々しく頷いてみせる。その口元がわずかに綻んでいた。
「――そんなところで立ち話もなんですし、中へお入りになってはいかがですか?」
話が途切れたところで、女神のどこか可笑しげな声が割り込んだ。
開かれた扉の向こうに立ったまま入ってこようとしない客人達を、女神のみならず聖闘士達ですら気にしていた。進んで迎え入れたいわけでもないが、敵ならともかく素性の知れた今となっては入室を制限する理由もない。女神の言葉に異を唱える者はいなかった。
だが二人はそれ以上動こうとはしなかった。
「いや~さすがにこの形(なり)じゃ申し訳ない。いくらなんでも気が引けますよ、女神様」
言いながらデュオは、これ見よがしに胸にぶら下げたロザリオを掲げて見せた。その様子に、女神はくすりと笑う。
「私は気にしませんよ? デュオ・マックスウェル。私の他に神がいるのは、私にとっては当然のことですし、あなたがどんな神を信仰していようとも私に害を為す心づもりがないのであれば、この場の誰もが気にしないでしょう」
さすがは多神教の女神と言ったところか。感心して、デュオはあっさりとロザリオを手放した。素直に一歩、足を踏み入れる。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
黙って立ち尽くしたままのヒイロには目もくれず、デュオはさっさと の側まで歩み寄ってきた。 の肩をぽんと叩き、さらにカノンの黄金聖衣の肩をも叩く。
全く物怖じしない様子のデュオに女神はさらに言葉を掛けた。
「あなたのその格好や十字架の意味が、この数千年の間にわかりました。しかも今生の以前には、私もそういった場所に縁があったこともあります。ですから私にとってそれは、ことさら忌避するものでもないのです」
「それはまた、おおらかなことで」
苦笑し、デュオは肩をすくめる。そんなデュオに女神はいかにも不思議そうに尋ねた。
「ですが、やはりわからないのです。かつてお会いしたときには確か、神など信じていないとおっしゃってはいませんでしたか? それなのに、なぜそんな格好を?」
「――覚えてましたか」
さすがにバツが悪そうに額に手を当て、デュオは周囲を見回した。奇妙なものを見る目つきで、黄金の鎧を纏った男達が彼を見ている。さすがに言葉を選ばざるを得ない状況だった。
「実は残念ながら、本職なんです。格好は同じでも、あのころはまだ違ってたんですけどね」
照れくさそうに頭を掻く仕草はいかにも胡散臭かった。
「女神様に関しては、実際にこの目で拝見したばかりかお会いして、こうしてお話までさせてもらっちまいましたからね。いまさら信じるも信じないもないわけですが」
「別に私に気を使わなくてもかまわないのですよ?」
「いや、そんなつもりは。――でも俺が教えを広めているところの神様に関しちゃ、やっぱり今でもいるなんて信じてないんで」
「ではどうして……」
理解不能といった様子の女神に、デュオは不敵に笑って見せた。
「最期の告解くらい、聞いてやれるようになれればいいと思いましてね」
「そして許しと共に死を与えるというのだから、悪趣味極まりない」
デュオの後に続いてやってきた五飛がいかにも嫌そうに吐き捨てた。 の隣に立ち、女神に向けて礼を執る。開いた左手で握った右手を包む、いわゆる拱手の礼というものだ。
「女神アテナ。この度は我々の仲間を保護していただいたことに感謝する」
言葉遣いは不遜だったが、デュオよりは余程礼節をわきまえていた。それから五飛は周囲に目を遣り、居並ぶ黄金聖闘士達をざっと眺め、やがて納得したように頷いた。
「さらに敵拠点壊滅直前に行われていた、兵器の大規模輸送にカモフラージュされた敵対勢力掃討作戦においても、相当の尽力をいただいたようだ。それに関しても、心からの感謝を」
五飛は重ねて頭を下げる。それを見て、デュオも思い出したように両手を打った。
「ああ、そうだったよな。――結構大変だったでしょ、あの物量を相手にするのは。おかげで助かりましたよ、どうもありがとうございました!」
勢いよく頭を下げて、すぐに上げる。そして周りを見回す。
「あれだけの破壊活動を、もしかしなくても人力だけでやったってことだよな。なんつーか、すげーよな」
心から感心したようなデュオに聖闘士達も悪い気はしなかったらしい。アテナの手前、直接彼等とは口をきこうとはしなかったが、それぞれわずかに口元を綻ばせていたり、まんざらでもなさそうに頷いたりしている。
「 が協力を頼んだのか?」
デュオが急に話を振れば、 は少し慌てたように背筋を伸ばした。
「え? ――ええ、はい。私が、皆さんにお願いしました」
気まずそうにヒイロを、そして五飛を見る。 は上司――要するにヒイロ達――の許可を得ずに、そのようなことを勝手に行った。そのような行為は処罰対象となる。
「情報の漏洩はどうかと思ったのですが……それが最善と判断しました」
伺うようにしながらも、物言いは断固としていた。その様子に五飛が軽く笑う。
「臨機応変な状況判断能力もこのような仕事には必要不可欠だ。問題はないと俺は思うが」
目を上げて、表情を崩さないヒイロを見た。
「おまえはどう判断する? ヒイロ・ユイ」
声を掛けられても、ヒイロはすぐには口を開かなかった。時間にすればほんのわずかだが、相当考え込んでいるのは明白だ。
やがてゆっくりと に向き直る。厳しい目で見据えられて、 は目に見えて怯んだ。その背をカノンが支える。誰かと対峙してこのようにおどおどとしている を見たのは初めてだった。しかも相手が実父だというのだから、何とも奇妙な光景だ。
「他者への情報漏洩はどんな状況であっても許されない」
はくちびるを噛み、軽くうつむく。
なんて頭が固いんだ。カノンは驚きを通り越して呆れてしまった。ヒイロに向けたまなざしも、睨むと言うよりは唖然としたそれになっているだろう。
だがそんなカノンにヒイロは突然目を向けた。
「カノン。おまえは の特定協力者ということだったな」
「――そうだが」
咄嗟のことで、カノンはそれしか言葉を返すことができなかった。だがヒイロはその返答だけを求めていたらしい。ひとつ頷き、後の言葉はよどみがなかった。
「では が協力を依頼し情報を提供したのは、特定協力者であるカノンとその仲間へ対してだ。所定の協力者へ、任務遂行上必要な情報を提供することは罰則の対象とはならない。よって の行為は法的に問題はない」
弾かれたように が顔を上げた。目を軽く見開いて、呆気にとられている。当然だとカノンは思う。カノンだってそうなのだから。
頭が固い上に素直ではなく、しかも理屈っぽい。融通が利いているのかいないのか。どうにも理解するのは難しい人間だと、カノンはヒイロ・ユイに対してそのような評価を下した。
口を挟まずとも、この場にいる誰もがヒイロの言葉に耳を傾けている。そんな聴衆の間に、一瞬安堵の空気が流れた。
「だが は重大な命令違反と規定違反を犯している」
しかし続けて発せられた重々しい声音に、いよいよ場の空気が凍り付いた。 の表情が再び硬化する。カノンも顔をしかめ、先の言葉でほっと表情を緩ませていたデュオと五飛ですら怪訝にヒイロを見つめていた。
衆目を一身に浴びて、ヒイロは傲然と言ってのけた。
「まずは命令違反についてだ。――俺は投降するように命令した。それを無視したことは命令違反以外の何物でもない。わかるな?」
厳しい口調で言い渡され、 はほとんど反射的に頷く。
「おい、ヒイロ! 何ふざけたこと抜かしてんだテメェ!」
自分が言われたわけでもないのに、デュオが怒りを突沸させた。素早く距離を詰める。だがヒイロはまるで意に介さず、襟元に伸ばされたデュオの手を音も激しく払いのけた。何事もなかったかのように続ける。
「続いて規定違反に関してだ。命令を無視した挙句に自爆という行動を選択し、保存保持義務のあるモビルスーツを復旧不可能なまでに損壊せしめた行為は、その内情がどうであれ重大な規定違反と認定せざるを得ない」
「ヒイロ!」
ついにはヒイロに向かって拳を振り上げようとしたデュオを五飛が止めた。腕を掴み、無言で首を左右に振る。
デュオが抗議の声を上げる前に、ヒイロはこの問題に審判を下した。
「よってこの二つの重大な違反を犯した ・ユイには懲戒処分を課すこととする。――まずは二週間の停職処分」
うつむき加減で厳罰を待ち構えていた は、それを聞いて顔を上げる。ヒイロを見返したその顔には信じられないと書いてあるかのようだ。
まじまじと見つめられても、ヒイロが動じることはなかった。
「さらに停職期間の終了後は、命令あるまで謹慎だ」
きっぱりと言い切り、ヒイロは突然段上のアテナを振り仰いだ。
「女神アテナ。これまでこの馬鹿娘を保護していただいたこと、心から感謝する」
満面の笑みを浮かべて、アテナは謝辞を受け入れる。鷹揚に頷く女神に、厚顔にもヒイロは重ねて依頼までしてのけた。
「さらに迷惑を掛けるのは心苦しいが、もうしばらく預かってやってはいただけないだろうか」
さすがに口調がわずかながら丁寧になっている。そのことに苦笑しながらも、アテナはしっかりと頷いた。
「勿論構いませんよ。喜んでお引き受けいたしましょう」
「――ありがとうございます」
「…………!」
丁寧に頭を下げたヒイロの姿に、 は絶句した。きっとこんな父の姿など、見たことがないのだろう。
「それと、せっかく封印を解いていただいたウイングゼロ。あれも、もうしばらくお預かりいただければありがたい」
思いがけない申し出に、アテナはきょとんと首を傾げる。
「構いませんが――良いのですか? 急ぎ必要なのでは?」
「今はまだどうしても必要という段階ではなく、もしもの場合に備えておきたかっただけだ。どのみち数千年眠っていた以上、すぐには使えはしない。持って帰って整備するつもりだったが――」
ここでヒイロは に目を向けた。
「機材は置いていく。足りないものがあれば、後ほど届ける。謹慎期間中、あれの整備はおまえに任せる。いいな?」
に向けられたヒイロの言葉。どれもこれもが罰なんかではない。
目頭が熱くなるのを堪えていたせいか、 はすぐには返答することができなかった。それでも涙だけは必死に抑え込んだ。なんとか一言だけを搾り出す。
「――はい!」
カノンは労りを込めて肩を叩いてやった。良かったなと耳元で囁けば、 はこくりと頷く。
その間にヒイロはアテナに辞意を告げていた。立ち去る直前、 の真ん前に歩み寄って来る。――こんなに近くで話すのは随分と久しぶりなのだろう。その緊張した態度から推し量るに、恐らくもう何年ぶりだか何十年ぶりだか、そういうレベルに違いない。
すっかり硬直してしまっている の心をほぐすかのように、ヒイロは の頭を撫でた。
「……生きていてくれて、良かった。 。一人で、よく頑張ったな」
「お父様……」
面食らった表情で父の顔を凝視する を、ヒイロはわずかに目を細めて見つめる。もう一度頭を撫でた。次いで額に手を当てて、一転して渋面を浮かべる。発熱していることに気づいたのだろうと次の言葉で知れた。
「しばらく無理はするな」
短い命令口調でも、その真意を汲むのはいかにも容易い。素直に頷いた の目尻から、こらえきれなかったものが一粒、流れて落ちた。
それに再び手を伸ばしかけ、ヒイロはきっと途中で気を変えたのだ。黙って の後ろに控えたままのカノンを見上げる。
「すまないが、もうしばらく頼む」
言うなり、ヒイロは の肩を押しやる。後ろ向きに押され、 はたまらず倒れこんだ。その身体をカノンは危なげなく受け止める。しかし身体は動いてもあまりに驚きすぎてしまっていて、迂闊にもカノンは返事をすることができなかった。
ヒイロはかまわず、それきり黙って背を向けた。もう振り返らない。
それを契機にデュオと五飛もそれぞれアテナに会釈をしてヒイロの後に続く。足早に歩いたデュオが、ヒイロの背を叩いたところで全員が謁見の間を出た。同時に扉が閉まる。
素直じゃねぇなと扉の向こうからはっきりと聞こえて、少なくはない人数が笑いをこらえることができなかった。
Promised Reunion 4 / To Be Continued
前回も姿だけはちらついていましたが、今回が五飛の事実上の初登場です。
そういえば前回だけでなく、9章:Confessionでもなんとなく存在を匂わせていたのですが、実際に出てくるまでにすごい時間がかかってしまいました。
彼は今回出てきているプリベンターメンバーの中では一番古株で、かつ一番真面目に仕事をしている苦労人だと思ってます。
だって同僚があれじゃあ……(笑)
そんな苦労人は、入力の際には『ごひ』で変換されてしまう結構可哀想な人だったりもしますw
少しでも彼に哀れみを感じられた方は、ぜひ本文中ではウーフェイとお読みいただければ、きっと彼も喜ぶのではないかと思います。