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カノンが見守る視線の先で、ユラは追いついたヒイロに何事かを話している。ヒイロはうなずきながら砂の山を一瞥した。ややあってインカムに向かって、やはり何事かを言付ける。
すると突然、デスサイズヘルから声が聞こえた。
『え? この砂? 集めるのか?』
外部スピーカーを通してデュオの声が響く。これはうなずいているユラに話しかけたらしいが、次の声は聖闘士たちに向かって投げかけられた。
『どこに集めればいい? そっちの、ゼロが入ってたとこに戻すだけでもいいの?』
「なに、やってくれるのか?」
いち早く答えたのはシオンだった。
『ああ、いいぜ』
軽く請け負ったものの、デュオはスピーカー越しにうーんと呻く。
『わかっていたらバキュームとか持ってきてたんだけどな。……今はそんなもんないから、ちょっと雑になると思うけど、いいか?』
「かまわん」
特に声を張り上げているわけでもないのに、シオンの声は朗々と響いてデュオへ――正確にはデスサイズヘルの外部マイクへ――と届く。
「集めておいてくれるだけでもありがたい。だが、どうやるつもりだ?」
『その方法を現在絶賛検討中……ああ、そうだ』
考え込むように沈んでいたデュオの声が突然弾む。デスサイズヘルの頭部が何かを探すようにきょろきょろと左右に動く。
『木、一本でいいや。切ってもいいか?』
「かまわぬが……どうするのだ?」
『まあ見てなって』
そこでデュオの声が途切れた。デスサイズヘルが歩き出す。歩きながら、後背部から棒のようなものを取り出した。
立ち止まったのは、目立って太い糸杉の前だった。手にした棒を横に構える。瞬時に棒の先端から緑がかった光が発生した。光は横向きに噴き出して、刃のようなシルエットを形成する。
見守る聖闘士達から歓声が上がった。
「お! すごいな!」
ミロが純粋に称賛する横でデスマスクが苦笑いする。
「うわ、ホントに鎌だよ……」
「いくらなんでも名前通り過ぎるのではないかね?」
しっかりと見開いた目を半眼にしてシャカがけちをつければ、カミュが冷静に突っ込む。
「だがそんな名前なのに違う武器を持っていても、それはそれでどうかと思うが」
「まるで死神みたいだね、ムウ様! かっこいー! 星矢達にも見せてやりたいなぁ!」
新たに現れたモビルスーツをにんまりしながら食い入るように見つめていた貴鬼も、周囲に引きずられてついに興奮を隠しきれなくなったようだ。彼が実は星矢を初めとする日本在住組の趣味に巻き込まれていることをムウは知っている。別に悪くはないが、決して良くもない。溜息をついた。
「確か今の声の方は神父ではありませんでしたか? なぜ死神の真似事など……」
交わされる微妙な感想をよそにデスサイズヘルは作業に入る。左手で糸杉の上を引っ掴んだ。まるで草でも刈るかのように右手の鎌を振るう。それなりに太い糸杉はいとも容易く刈り取られてしまった。そのまま鎌刃の形をしたビームで枝葉を焼き切る。
あっというまに丸太にされてしまった木はどさりと地面に投げ出された。鎌の先端が中心部分に軽く突き刺さり、瞬く間に一部分だけ炭化する。ほどよく空いた穴には光の刃が消え失せた棒の後ろの部分が埋め込まれ、ものの数分で巨大なT字状の道具ができあがった。
デスマスクがぱちんと指を鳴らす。
「あー成る程な。グラウンドを均(なら)す奴だろ。……なんたっけ、あれ」
「確かトンボ、と言ったはず」
しれっと答えたシャカを、カミュが一歩引いて眺めた。
「……シャカがそんなことを知っているとは、正直、意外だ」
「君がそんなに失礼な男だったとは、それこそ意外だがね」
面倒な作業から逃れることができた聖闘士達は、代わりに働く死神のようなモビルスーツを気楽に見物する。
たちまちの内にかき集められる砂からユラとヒイロが退避してきた。デスサイズヘルが作り上げた巨大即席トンボにサイコキネシスでロープを掛けて補強していたシオンも共にやって来る。
「それにしてもモビルスーツとやらにあのような雑用をさせてしまって、本当に良いのか? ありがたいことはありがたいのだが」
シオンが前を歩くヒイロに声を掛けた。字面だけならおもねっているようだが、口調は決してそんなことはない。むしろ尊大ですらある。外見だけなら、年若い青年が大人の男に対して随分な口をきいているようにしか思えない。しかし当のヒイロは全く気にした様子もなく、振り返った。
「かまわない。モビルスーツとは本来、そのようなものだ」
物言いが素っ気ないのは、勿論シオンの態度に気を悪くしたわけではない。
「戦闘用モビルスーツというのがそもそも、モビルスーツが開発され、技術が発展する過程においてイレギュラーな分化を遂げたものだ。モビルスーツは重機から派生したものだし、現在も無数に存在し使用されているもののほとんどが建機や重機だ。あのような使用法は、むしろ正しいものだと言える」
「もともと兵器ではない、か……意外だな」
しみじみとつぶやいたシオンとは対照的に、ヒイロはあっさりと言ってのける。
「人型というのは汎用性が高い。ただそれだけのことだ。そして、メンテナンスには手間がかかる――ユラ」
「はい」
振り向いたユラの鼻先に、携帯型の通信機が突きつけられた。ヒイロの突然の行動に、慣れているのか驚くこともなくユラはそれを受け取る。
「渡しておく。一日一回、Bシフトで定時連絡を入れる。それ以外になにかあれば、随時連絡を入れるように」
「了解」
「作業は先ほど言った通り二週間後から開始しろ。それ以前に手を出すことは許さない」
「……はい」
「今持ってきていないものは、明日になるが届ける。他に足りないものがわかったら、リストアップして知らせろ」
「了解しました」
「ついては確認させてもらいたいのだが」
ユラとのやり取りをどこか怪訝な顔で眺めていたシオンに、ヒイロは唐突に声をかけた。慌てることなく、シオンは応える。
「なにか?」
「今の話の通り、明日また人を寄越す。アプローチはどのようにすればいい?」
「ずっと滞在するわけではないのだな?」
「違う。必要物資の搬送だ。それから、来るのは医師だ。ユラの治療をさせたい」
「治療? 後は治るのを待つだけではないのか?」
訝るように、シオンはユラの隣へとやってきたカノンへ目を向けた。突然話を振られても、カノンにはなんのことだかわからない。代わりにヒイロが回答した。
「ユラは地球は不慣れだ。これまではナノマシンでどうにかしのいで来たようだが、今の状態では抵抗力のほとんどない赤ん坊同様だ。カノンといったか――お前も相当気をつけてくれていたようだが、それにも限界があるだろう」
ようやく合点がいったのか、カノンは頷く。ユラの後ろ頭を包み込むように手を置いた。
「ああ、その話しか。確かにこのままではまずいと思っていた。すぐに熱を出して、そのたびに消耗しているようだったからな」
のぞき込むように言われて、ユラは申し訳なさそうに項垂れる。
「面倒をかけてごめんなさい……」
その様子を眉一つ動かさずに見遣り、ヒイロは淡々と告げた。
「必要な抗体と同等の働きをするナノマシンの投与を行わせる。それを行うのは医師の資格を持つ人間でなければならないと決められている。そしてそのナノマシンだが、投与は一日で終わるが定着には少々時間がかかる」
「成る程。それで二週間の謹慎か」
シオンは苦笑する。ぶっきらぼうな口調ながらも丁寧な講釈だ。見た目も口調も素っ気ないが、随分と神経の細やかな男であるらしいと内心で評価する。
「……ナノマシンの定着なら、10日ほどで終わるのでは?」
おずおずと口を挟んだユラに、ヒイロは鋭い目を向けた。
「言ったはずだ。これは罰だと」
「……はい」
しゅんとなったユラは、しかし次の言葉で困ったように笑うこととなった。
「手詰まったあげくに自棄になった人間はしばらく見学でもしていろ。仕事というのはどう進めるべきか、見せてやる。もう一度よく考えろ」
「了解」
すぐ傍でやりとりを聞いていたシオンとカノンのみならず、この場のほとんど誰もがやれやれと肩をすくめていた。知らないのは当の似たもの親子の本人達だけである。
「それで、アプローチの方法は?」
それでもしらけた雰囲気に気づかないヒイロを相手にするのは、無駄なフォローが必要ない分やりやすい。シオンは思い、さっさと懸案を片付けることに決める。
「ああ、それなら――」
***
夕闇の迫る闘技場はどこか不気味だ。本来人が集うべきところに人気がないというのは、それだけで奇妙な薄気味の悪さを感じさせるものだ。
さらには藍色に覆われた空へと黒い巨体が飛び出して行った。いっそ禍々しいとさえ思える光景だった。
だがそんな気配をものともせず、近づいていく男がいる。その身体には落ち来る闇の帳になど負けない、黄金の聖衣を纏っている。足音も高く、黒の輪郭にしか見えない入り口をくぐった。
「ほう……大きいな! いや、宇宙からやってきたことを考えれば、意外と小さいのか?」
ところどころに瓦礫の転がるアリーナに足を踏み入れ、彼は歓声を上げる。目の前に停泊する白い小型艇を見上げての感想だが、独り言ではない。
小型艇から少し離れたところに、先程謁見の間まで訪れた内の一人がいた。地面に片膝を付き、なにかを手に持っている。鋭い視線を投げかけてはいるが、別に敵意があってのことではないらしい。切れ長の目をただ向けているだけだ。話しかける。
「おぬし、確か五飛(ウーフェイ)と言ったな。おぬしだけ居残りか? アテナが封印を解いた、あのゼロとかいうモビルスーツの所へは行かんのか」
「別に行く必要などない。今あちらに向かった奴も、修復用の物資を運んでいっただけだ。――で、貴様は何か用か?」
素っ気ないどころか失礼に過ぎる対応に気を悪くすることなく、彼は答えた。
「申し遅れた。わしは天秤座の黄金聖闘士、童虎という。なに、少しばかり興味があったのでな。寄ってみただけだ」
「…………」
無言で肩をすくめ、五飛は立ち上がる。手していたものを童虎に軽く放って寄越した。
「なんだ?」
受け取って見れば、それはただの石ころだった。投げつけてきたわけではないのはわかるが、その意図が全くわからない。
困惑して五飛に目を向ければ、今度は上を見上げていた。アリーナを取り囲む観客席をぐるりと見回し、渋面を作る。
「この損壊は俺達のせいか? なるべく周囲を破損しないよう心がけて着陸したつもりだったのだが」
成る程。童虎は笑う。客人に余計な心配をかけてしまったようだ。
「いや。もともとこんなものだ。古い上に、ここでは聖闘士を目指す者による激しい試合が行われる。聖闘士たるべく修業を重ねた者達が本気でぶつかり合えば、こんな石などすぐに砕けてしまうのだ」
「砕ける……?」
童虎の言葉を怪訝に繰り返し、五飛は屈み込んだ。もう一度足もとの石を拾い上げる。
「馬鹿な。一体どんな武器を使えばこんなになる?」
「武器など使わんよ。聖闘士の基本は、己の肉体のみで戦うことだからな」
五飛の眉がつり上がった。驚いているらしい。
「これが……素手でだと?」
これには答えず、童虎は近くに転がっていた、自分の背丈の半分ほどの石へと拳を向ける。次の瞬間、決して小さくはない石が粉々に砕け散った。
「――――!」
息を呑んだ五飛に、童虎はニヤリと笑って見せた。
「わしらはこうして戦う。己の肉体と、小宇宙のみを使ってな」
種明かしを聞いていた五飛の表情が、すぐに驚愕から納得のそれへと変わる。
「コスモというのが良くわからんが、大体は把握した。『気』とは違うようだが、おおむねそんなものか」
今度は童虎が驚く番だった。ほうと感嘆のため息を漏らし、改めてまじまじと五飛を眺める。これまでの二百年以上に及ぶ長い人生の中で、主に聖闘士候補生達に向けて同じようなパフォーマンスを幾度となくやってきたが、初見でこのような反応をされたのは初めてだ。
「成る程、貴様らの強さの根源はそれか。それならば先程、あれほどの威圧感を覚えたのも道理」
「威圧感? 謁見の間でのことか?」
「ああ。俺達をあそこまで案内した男もそうだが、お前達全員から恐ろしいほどの覇気を感じた。中でも一番凄まじかったのは、お前達が女神と呼ぶあの女だがな。ヒイロはともかく、ユラでさえ、良くあの中で平然としていられるものだと感心していた」
褒めているのかけなしているのかさっぱりわからない感想に童虎は苦笑を抑えられなかった。
「それは単にお前さんが人一倍鋭い感覚を持っているだけのことだ。わしらとて人間。むやみやたらに殺気を振りまいているわけではないのだが、本当にそんな不快感を与えてしまったのならば申し訳ない」
「いや」
童虎の言葉を急いで遮り、五飛はわずかに表情をゆるめる。
「別に敵意を感じたわけでも不快だったわけでもない。言い方が悪かった。そうだな――圧倒されたと言うべきか。戦わずともわかる、お前達の強さにな。感服したのだ。さすがは戦女神の僕(しもべ)だと。成る程、戦う者とはこうあるべきなのかと」
口調は居丈高だが、内容は真摯だった。真っ直ぐに童虎を見据える視線はきつくとも、決して不快ではない。そのまなざしに同種の気配を感じ取る。
「おぬしも戦士なのだな――ああ、そうか!」
不意に思い出した。童虎は五飛に笑いかける。
「おぬしがユラの師なのだな。そういえば先程、そんな会話をしていたな。以前にユラから聞いた。護身術を教えたのだとか」
「教えたと言うほどではない。だから師などと大層な者でもない」
素っ気なく否定した五飛に、童虎は畳みかける。
「弱い者は戦うな――だったか」
「!」
五飛は軽く目を見開いた。その少しばかり面食らった表情を、童虎は真顔で見つめる。
「今のユラを、どう思う? 未だ弱いと思うか?」
突然の問いに五飛は黙った。戸惑ったわけではないようだ。視線を落として、考え込むようにしている。
童虎はやはり黙して返答を待つ。気になっていたのだ。答えが、聞きたかった。ややあって五飛は顔を上げる。
「ここしばらく、ユラを見ていなかった俺にはすぐには判断が付かん。ただ――」
「ただ?」
軽く言い淀んだ五飛の言葉の先を童虎は促す。
「先程、久しぶりに見たユラは以前と違っていた。なにが違うのかと聞かれると少々困るが、確実に何かが違う」
童虎はただ頷く。五飛の返答はまだ終わっていない。水を差すつもりはなかった。
「かつてのユラは、逃げていただけだった。己が持って生まれた事情と、それによって作り出される数々の困難からひたすらに逃げようとしていた。俺は、それが弱さだと断じた」
もう一度腰を屈め、五飛は石をひとつ拾い上げる。掌に乗せた。
「あの場面で自爆を選んだこと。それ自体は、やはりユラが逃げて行き着く先だったように思う。しかし……それだけでは無理だ。自爆など、相応の覚悟がなければできるものではない。つまりユラには、そうしてまで成し遂げたい何かがあったのだろう。守りたいものがあったのだろう。力が及ばずともそこまでの一念を貫き通せる者を、俺はただ弱いと判ずることはできない」
話しながら、五飛は空いている方の手で手刀を象った。掌の上の石に向け、振り下ろす。
「――結論だけ言う。今でも弱いかどうかはわからないが、しばらく見ない間に随分と成長したのは確かなようだと、お前の問いには答えておこう」
掌上の石は、見事に二つに割れていた。
「ほう! 硬気功か!」
感嘆の声を上げた童虎に対し、五飛本人は面白くなさそうに掌を下に向けた。ぱらぱらと石の残骸を落とす。
「やはり根本的に方法が違うようだな……」
つぶやくと五飛は目を上げ、真っ直ぐに童虎を見た。
「ユラが世話になったらしいな。お前のような強い男に師事したとは、羨ましい限りだ」
童虎は思わず目をしばたたかせる。見た目だけならただの若造でしかない童虎に対して、このような言葉を吐く男だとは思っていなかった。人柄を見誤っていたようだ。見抜けなかった自分を恥じる。
「いや……わしは大して……なにも。少しばかりリハビリの手伝いをしただけだ」
ついしどろもどろになってしまった童虎に、五飛は手を差し出す。ようやく、はっきりと力強い笑みを浮かべた。
「俺の名は張五飛(チャン・ウーフェイ)。お前のような強い人間に会えて、光栄だ。――この世界に再び来ることになったのは不本意ではあるが、こういう出会いがあるのなら、悪くはなかったと思える」
起こってしまった凶事を嘆くよりは、それがもたらしものを喜ぶほうが良いと五飛は言うのだ。それは成る程真理だと、童虎は目の前の戦士に共感を覚えた。頑なに見えて、なかなか柔軟性のある思考の持ち主なのかもしれない。
「それはこちらも同じこと。ユラから話を聞いて、是非話をしてみたいと思っていた。実現して嬉しい」
童虎は差し出された手を迷わず握り返す。戦士の差し出す利き手は、すなわち信頼の証だ。応えないわけにはいかなかった。
Side-S:16章 Promised Reunion 7/ To Be Continued
蛇足部分は今回前半部分で最後(のはず)です。
今回のメインは五飛と童虎でした。
9章を書いたときに、絶対に書こうと決めていた両者の邂逅です。
シーンとしては短いのですが、暖めていた期間が長いぶん、書き上げた時には満足しました。
次回は、恐らくどなたにも予期されていないと思われる人物が登場します。
……などと気を持たせようとしているのはGWキャラのことですが、もしかしたら星矢キャラについても意外かもしれません(゚∀゚)