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ようやく荷運びから解放される。
長い十二宮の階段を抜け、眼前にそびえるのが教皇宮のみとなったところでアルゴルはようやく胸をほっとなで下ろした。
無論本当に胸に手を当てることができたわけではない。目下、両手は後ろで酷使中である。
「あれが目的地ですの?」
背中から聞こえてくる無邪気な声が弾んでいた。そうですよとおざなりに答え、アルゴルは足を速める。
***
教皇宮の手前、白羊宮からずっと続いてきた長い石段を登り切ったところで客人をその最上段に下ろしてやった。
背負い始めたのは十二宮に足を踏み入れてからではない。そのずっと前だ。一悶着のあった門から入って少し歩いただけで早々に客人――マリーメイア・バートンは疲労を訴え始めたのだ。
曰く、まともに1Gも重力のある場所は久しぶりで身体が付いていかない。曰く、こんなに瓦礫や段差が多くてはまともに歩けない。曰く、あんなに遠いところまで乗り物もないなんて信じられない――。他にも色々文句を垂れていたが、アルゴルが一応は納得し、記憶に留めておけたのはこのくらいである。
仕方なく背を貸してやったら、道中色々と異世界の話を聞くことができた。もっとも、異世界と言うよりは宇宙の話が主だ。
彼女は自らのことをスペースノイドと称していたが、アルゴルにとってその言葉は宇宙人いう単語と大差なかった。宇宙人は地球人と違って色々と大変なのだ。無理矢理ではあるが、理解ができればそんなに腹も立たないというものだ。
案内は謁見の間までだ。その大きく壮麗な扉の前で、アルゴルは恭しく勤めの最後を飾ってやろうと大仰なほど丁重な仕草で案内した。
「ここが聖域の最奥、教皇の間だ。この先に、女神アテナの代行者たる教皇がいらっしゃる」
そう、とマリーメイアは扉を見上げる。衛兵が、ゆっくりとその最後の扉を押し開けるのをちらりと見遣り、マリーメイアはアルゴルに向き直った。
「ここまでの案内、ご苦労でした。ベルボーイの真似事をさせてしまって悪かったと思っています。――でも、お陰でここがどういうところかわかりましたわ。話だけ聞いて心配していたのですが、杞憂だったようです。安心しました」
「心配? なにをだ?」
良く意味がわからない。聞き返したがマリーメイアはにこりと底を伺わせない微笑を浮かべ、全く違うことを口にした
「さっきぶつけたところ、良く冷やしておいてくださいね。何事もなければいいのですが、もしも2~3日中になにか身体に異常が出るようなことがあったら、すぐに医者に診せるように。いいですね?」
てきぱきとした口調で半ば命じるように言われ、アルゴルは面食らう。
「怪我は慣れている。これしき、どうということは――」
「頭部の怪我は特に怖いもの。油断は禁物です。医者の言うことは聞くものですよ。戦士たるもの、体調管理は万全になさい」
きっぱりと言い切り、マリーメイアは開かれた扉の奥へと向かう。
「医者だったのか……」
その凜とした後ろ姿を、アルゴルは呆然と見送ったのだった。
***
聖域へ戻って二日目。朝から は教皇宮に用意されている自室から出ていなかった。
謹慎を命じられているせいでもあるが、それだけではない。
「なんだってそんなにそわそわしているんだ?」
もう何度目になるかわからない問いを投げかけたカノンに、 ももう何回目かの同じ返答を返す。
「緊張しているの!」
「だからそれはなぜだと聞いている。姉のように慕っていたという人間に対して、そんなに緊張するものか?」
ほとほと呆れたように肩をすくめ、カノンは疲れたようにソファにどっかり腰掛ける。
対する は先程からずっと立ちっぱなし、歩きっぱなしだ。まだ安静にしていなければならないのに、何度座るよう促しても聞き入れようとしないのだ。
これから来るのは、昨日ヒイロ・ユイが寄越すと言っていた医師だ。マリーメイア・バートンという名だと、先程 から聞いている。勿論、今回の任務に同行してきている時点で医師という肩書きしか持たない人間ではないだろうことは容易に予測できたが、やはり の話では彼女は情報操作に長けており、諜報も担当しているということらしい。だがそれら前情報のどれをとっても、 がこれほど落ち着かなくなる理由がわからない。
「だって……すごく久しぶりなんだもの。出撃前には会っていなかったから」
「出撃前? というとことは、最後に会ったのは冷凍睡眠する前か」
「ええ」
「だからといってそんなに緊張するというのもおかしな話だ。久しぶりに会えることを楽しみすることと、緊張するのとは違うと思うんだが……」
「会えばわかります」
「?」
なにやらきっぱりと断言されて、カノンはきょとんとした。そう言われても人物像がさっぱり掴めない。だが は繰り返すだけだった。
「……会えばわかるわ。ああ、どうしよう……」
心なしか青ざめた顔をして、 は両手で自分の頬を挟み込む。
そのときだ。コンコンと軽いノックの音がして、扉の外から声がかけられた。
「お客様がお見えです。謁見の間までお越しくださいと教皇からのご指示でございます」
頬に手を当てた格好で固まったまま、 が呆然とつぶやく。
「どうしてわざわざ謁見の間……? 今日は別にシオン様にお目通りしなくても……」
カノンは溜息をついて立ち上がった。直接ここに通されると、カノンだって思っていたのだ。だが予想外ではあっても、意外ではない。 の肩を叩いてから背を押す。
「教皇は好奇心が旺盛でいらっしゃるんだろうさ」
その言葉に、 はがっくりと項垂れた。
***
「双子座(ジェミニ)のカノン、 ・ユイ、参上致しました」
衛兵が扉を押し開くのに合わせて、カノンは頭を垂れながら到着を告げる。背後の からは声はないが、いつになく浮ついた気配が濃厚だ。
そして扉が開ききった瞬間、カノンは前と後ろの両方から感極まった黄色い声に挟まれ、思わず身を引いた。
「 !」
「マリーメイア!」
カノンの脇を、 が小走りに飛び出していく。まだ痛む場所もあるだろうに、そんなことには全く頓着する様子もなかった。
奥の方、玉座の近くからは赤毛の女が に向かってやはり走ってくる。怪我人よりは彼女の方が足が速かった。間の中程よりもカノンに近い場所で、二人は互いに辿り着く。ひしと抱きしめ合った。
よりも頭一つ分背の高い女――マリーメイアの目元に光るものが溢れているの見て、カノンは苦笑を漏らす。なかなか複雑な気分だ。
を助けたのは、ほとんど自分のためのようなものだった。自覚している。死なれるのが嫌だったのだ。それだけはどうしても認められなかった。だから必死になってこの世に繋ぎ止めた。
それをこんなにも喜んでいる他者がいる。ほら見ろ。同じように思う人間が、俺の他にもいるじゃないか。
なぜだか声をかけることができなかった。身体いっぱいに再会の喜びを表現している の背を、良かったなと言って叩いてやることが、どうしてだかできない。
仕方なく黙ったまま玉座の方にも目を向ければ、さらになにも言う気がしなくなってしまった。玉座の段では教皇だけでなく、女神までもが微笑みながら抱き合う二人の女性を見つめている。
視線に気づいたシオンが手招きした。カノンは大人しく従う。横を通り過ぎても、 は顔を上げなかった。嗚咽混じりの声だけが聞こえる。
「ごめんなさい、マリーメイア、私――」
「本当に、どれだけ心配したと思っているの? 生きていてくれて良かったわ、 ――本当に、良かった……」
絵に描いたような、感動の再会というやつだ。彼女のことは姉のように慕っていたという の言葉通り、余程近しい関係なのだろう。切れ切れに聞こえる会話の一端からもそれがひしひしと感じ取れて、カノンの胸が疎外感でわずかに痛む。
「カノン、これを。彼女の荷物だそうです。もうお話はお聞きしました。 さんの居室を使うのが一番良いようですから、案内ついでに運んであげてください。医薬品が入っているそうなので、扱いは慎重に」
後ろで繰り広げられる涙の対面を邪魔しようとはせず、アテナが直々にそんな些事をカノンに依頼した。それほどの大事だろうかと少々首を捻りたくもなったが、それがどんな内容であっても主命である。軽く頭を下げて、カノンはそれを承諾する。少々しらけた気分に襲われた。しかし。
「――彼が、助けてくれたのです」
不意に耳に飛び込んできた言葉に、思わず背後を振り返る。 が顔を上げていた。
「あのときだけではありません。ずっと助けてもらっていたのです。カノンと会っていなかったら、こうしてマリーメイアに会うことも、きっともう二度とできなかったはずです」
目が合った。依然としてマリーメイアと抱擁し合いながらも、 のまなざしはカノンに向けられている。にこりと微笑まれて、カノンは今しがた抱いた疎外感が霧消していくのを感じる。意外なほど簡単に、それは跡形もなく消え去った。
「デュオから聞いています」
マリーメイアがようやく と身を離す。振り返ってカノンを見た。口の端を吊り上げ、挑むような視線を投げかける。
「瀕死の を救ってくださったのですってね。お礼を申し上げておきますわ。――結果的にあなた、救世主にになりましたね」
意味がわからなかった。カノンは片眉を上げる。代わりに声を上げたのは だった。
「マリーメイア?」
どこか咎めるような響きがある。もしかしたら にはわかっていたのかもしれない。マリーメイアが次に口にする言葉を。
「もしもあのまま本当に が死んでしまっていたのなら、私達はあの組織の地上部隊に、早急にして壊滅的な損害を与える選択をしていたことでしょう。ですがあなたが を助けたことによって、それは未然の出来事となりました。 だけでなく、あなたはご自分の、そして大勢の命を救ったことになりますね」
「バートン殿……それはつまり、どういう意味ですかな?」
これまで黙って聞いていたシオンが口を挟んだ。その声は重く、尋ねるというよりは諌めているかのようだ。だがマリーメイアはいったん露にした矛先を収めることはしなかった。
「勿論、この地球ごと、あの組織を葬り去ってしまう用意をしていたという意味ですわ」
「マリーメイア! なんてことを言うのですか!」
固い声でついに咎めた を、マリーメイアは見返す。先程再会を喜び合った仲とは思えないほど、傲然と。
「 。私達の後ろには、なにがあるのでしたっけ? この世界で一年近く過ごして、まさか忘れたとでも?」
「そんなことは……」
さっと顔を強ばらせて はうつむく。狭間で揺れているのだと、カノンにはわかった。元の世界を思う気持ちと、カノンを好きになって愛せるようになったという、この地球をに対する気持ち。その二つの思いに挟まれて迷っている。どちらかを取れと言われて、簡単に選べるものであるはずもない。
今度は厳しい目を向けるシオンに向かって、マリーメイアは言い放つ。
「私達の後ろには、200億人もの生命があるのです。私達にはそれらすべての人々を守る責務があります。私達が最優先にするのは、あなた方ではなく私達の同胞です。――勿論、賛同せよとは申しません。ですが、ご理解だけはいただきたく存じます」
否やを言わせない物言いと、彼等にとっての正論。シオンの表情から険が消えた。成る程、理解はできる。だがそれだけだ。両者の間にはこれほどにも距離があるのだと、そのことだけは確実に納得した。
「……200億とは。随分と繁栄しているのだな、そちらの人類は」
「ようやく安定したのです。総人口がこの半数ほどだった過去には、戦争でそのさらに半数が死滅した歴史もあります」
「半数……!?」
眉を顰めただけのシオンの後ろで、女神が小さく悲鳴を上げた。単純計算で50億人もの人間が犠牲になるほどの戦争とは、いくら戦女神であってもそれは想像を絶する規模だ。
悲痛な女神の視線を受けてマリーメイアもまた痛みをこらえるような顔をした。胸の辺りで両手を組みあわせた姿は、まるで祈ってでもいるかのようだ。
「黒歴史としてそれら悲惨な過去を封印してしまったが為に、大半の人々はその事実を知りません。ですが私達は知っています。そして忘れません。ですからどうやってでも止めたいのです――戦争になるような事態を」
うつむいていた も、その言葉を耳にして顔を上げる。何度か口を開きかけ、閉じることを繰り返した。やがてようやく絞り出した声は、少し掠れていた。
「……それでも、この地球を犠牲にするのはおかしいわ、マリーメイア。あちらでどれだけ犠牲が出ようと、究極的にはこちらには関係のない話です」
「私も、そう思っていたかった――でも今となってはもう、そうとは言い切れないのです」
マリーメイアはやるせなく首を振る。
「あなたがいなくなってしまってからも、事態は動いているのよ、 。私達がどれだけの数の『兵士』を捕らえ、尋問したと思っているの? ――もう無関係なんて言えるような数ではないの」
「…………」
なにか思い当たることがあるのだろう。 は再び口を噤んでしまった。追い打ちをかけるようにマリーメイアは滔々と続ける。
「兵士となったこの世界の人々が大挙して、私達の世界を侵略しようとしている。そうとしか思えませんでした。彼等は皆、一様に好戦的で、大気も資源もなにもかもが無限だと信じて疑っていない。そんな人々に、私達はこのままでは駆逐されてしまう。そんな危機感をこの件に関わった人間は少なからず抱いたはずです」
「でもそんな人達を引き込んだのは、私達の世界の人間です。自ら蒔いた種では?」
がなんとかひねり出した反論を、マリーメイアはあっさりと受け流した。
「その通りです。ですから自分達で刈り取らなければなりません。 、あなたもそのつもりで、この一年近くを戦ってきたのではないの?」
は黙り込んでしまったが、カノンはともかくシオンも女神アテナですら、その通りであることを知っている。誰もが気遣わしげに、なぜかなにも言い返そうとしない を見た。
「あんなにも野蛮な人々ばかりの世界なんて、気にかける必要なんてない。少なくとも私はそう考えていました。あなたが最後に攻撃に向かったのが、この世界の人々を兵士に仕立て上げる養成施設だったと知ってからは、特に」
「だが、ヒイロ・ユイはそう考えなかったということだろう? あいつは【NEOS・COSMOS】が【カイラス・ギリ】の二射目を宣告したときに、人道的判断を下したというようなことを言っていた」
たまりかねたようにカノンが口を挟む。故なくこの世界が、 が、責められている。我慢ならなかった。
「お前の言うとおり、 は一人でずっと戦ってきた。お前達の世界の人間の蛮行の尻ぬぐいをずっとやってきたのだ。それもこちらの世界のかたちを損わないよう、配慮しながらな。――この地球をどうにかするだと? 簡単に言ってくれる。それはつまり、 がずっと一人で為してきたことを無にする行為だと、わかって言っているのか?」
今度はマリーメイアが黙る番だった。
「そういうことを簡単に言える。さすがは『マリーメイア・クシュリナーダ』といったところか。わずか7歳にして、全世界に向けて宣戦布告をしてのけただけのことはある」
「カノン、やめて」
小声ながらも が制止の声を上げる。だが言われた本人は全く意に介していなかった。
「あら。デュオの言っていたとおりですね。本当に良くご存じでいらっしゃる。……そうですわ。私が、あのマリーメイア・クシュリナーダです」
口調から皮肉ではないと知れる。意外な反応に、むしろ仕掛けたはずのカノンがまごついてしまった。
「クシュリナーダ? 先程名乗られたものと違うようだが?」
先に挨拶を受けていたシオンが怪訝に問い返す。マリーメイアは動じることなく微笑んで見せた。
「かつて、そのように名乗っていたことがありました。その名は私達の世界では、そこそこ意味のあるもの。それを使って私は一度、世界に戦争を仕掛けました。幸いにもそれは、今は私も属している【プリベンター】によって阻止されましたが。『マリーメイアの乱』と、歴史に名を刻んでしまいましたわ」
あまりにもさらりと言うのでそもそもの事情を知らないシオンも、そしてアテナですらもがその内容を理解するのに数瞬を要してしまった。
「……それはつまり……あなたはかつて戦争を望んでいたということですか? でも今はそれを阻止したいとおっしゃる。矛盾してはいませんか?」
なんとか要点を纏め上げたアテナの問いに対して、マリーメイアは明瞭な否定を返す。。
「矛盾はありません。求めていたのは、世界の平穏です。私が為そうとしていたのは戦争を起こすことそのものではなく、その脅しに屈した世界を纏め上げ、一つとすることでした」
「要するに、世界を支配しようということだろう。よくもそんなことを……」
どことなく呆れたようにつぶやいたカノンへシオンもまた呆れた視線を投げかけた。
「どこぞの兄弟が、似たようなことをほざいてはいなかったか? 結局、頓挫したようだがな」
「………………」
二の句が継げなくなっているカノンを不思議そうに眺めたのも束の間、マリーメイアは自嘲気味に笑う。
「えてしてそういう力による支配というのは、為し得ないものです。なぜならば、やはりそれは間違った行いだからです。そのことを、一度失敗した私はよく知っています。どれだけ愚かで、無意味な行為であるかということも」
一旦言葉を切り、マリーメイアは に目を向けた。その表情は暗い。
「それなのに、未だにそれに気づかない人々がいるのです。歴史からなにも学ばず、幻想だけを盲信して悲劇をまき散らそうとする。――あのとき、 を取り込もうとしているNEOS・COSMOSに対して、私が感じたのは怒りよりも絶望でした。 の身の上に過去の栄光を投影し、それがまだ有効だと信じている。そしてそんな愚者の戯言に簡単に踊らされる人々を育んだこの世界にも、私は絶望しました。だから【カイラス・ギリ】が第一射を行った際に介入できた制御システムのコントロールを奪おうと作業を急いだのです。本気であれを使えば、地上を制圧することは簡単でしょうから」
「……結局あなたはそれを実行しなかった。なぜです? さんが生きていると知ったからですか?」
責めるでもなく、女神が静かに問う。マリーメイアは素直に答えた。
「そうです。 が生きているとデュオからこっそり知らされて。だから止めろと説得されて、従ったのです。もっともその前からずっとそんな馬鹿な真似はよせと五飛にも説得され続けていましたけれど、今回の責任者であるヒイロからは特に中止命令は下されませんでした。ですからデュオに の生存を聞かされるまでは、本当に本気でした」
「でもそれは……もし完成していたとしても独断専行で罰せられたかもしれない行為です。なぜそこまでして」
全く理解できないといった風情で、 が頭を振る。その様子をマリーメイアはどこか満足げに見つめた。
「今回の事態を収めるには、そういう方法もあるということです。特に反対しなかったということは、ヒイロ・ユイもこれを選択肢の一つとして認識していたということでしょうね。―― 、あなたにはわからないでしょうけれど」
「ええ、わかりません。どうしてそんな――」
あくまで反駁しようとした だったが、マリーメイアの穏やかな笑みに言葉を途中で失う。
「あなたは、それでいいのよ、 。そこのカノンさんの言うとおり、あなたはこちらに来てからずっと、あなたなりのやり方で、あなたの良心に恥じない方法で戦ってきたのでしょう? 素晴らしいことだわ。でもそれは、そんなあなたがあのときにもしも死んでしまっていたのなら、別の方法を採らざるを得ないということでもあります。それなら私であれば、そういう方法を選択する。それだけのことです。私は、そういうふうに物事を考えるよう教育されてしまったから」
「マリーメイア……」
「だからあなたは、反対してくれて良いの。この案に反対なら、この案件が終わるまでは絶対に死なないで、反対し続けなさい。そうすれば私がそんな暴挙に及ぶ必要もなくなるのですから」
含めるように に言いつけたマリーメイアが次に見据えたのは、カノンを初めとした聖域の面々だった。にこりと微笑みながらも、口調は尊大だ。
「お聞きの通りです。私の魔の手からこの星を守りたかったら、せいぜい を大事に扱ってくださいね。ああでも、本当に思いとどまって良かったわ。もう少しで、 もろともあなた方のような人々まで吹き飛ばしてしまうところでした。ここまでこうして来て、お話を伺って、この世界に対する思い込みがある程度払拭されたのは収穫でした」
「思い込み?」
カノンが問えば、マリーメイアは悪びれずに言ってのける。
「この世界の人々は随分と遅れた考え方しかできない、蛮族のようなものだという先入観です。捕らえた兵士達の尋問に立ち会ったり調書を散々読んだりしていたもので、この世界の人々に対するそういうイメージがすっかりできあがってしまっていたみたいです」
あまりの暴言に『この世界の人間』達は絶句してしまった。その先入観とやらを肯定することなど当然できるはずもないが、明確な否定もできないというのが悲しいところではある。
苦虫をかみつぶしたような顔でシオンが苦言を呈した。
「人間の質など千差万別。一を見て十を知れるわけでも無し。……判断材料がいささか偏っておったようですな」
「そのようです。申し訳ありません。ですが私達の世界の人間の大多数が地球を知らないのです。地球生まれと聞くだけで野蛮人と決めつける向きもあるのもまた事実―― は最初、どうでした? なんて地球は初めてだったでしょう? 怖くはなかったの?」
「え……」
突然こんな話を振られるとは思っていなかったらしい。しかも答えに困る質問だったようだ。一斉に注目を浴びて、 は明らかに狼狽した。
「その……怖いというか、それ以前の問題もありましたし、なんというか……」
「それ以前?」
不思議そうに首を傾げたのはマリーメイアだけだった。
「無理をせずとも良い。さぞかし怖かっただろうとも。気丈に突っぱねてはおったようだが」
腕を組み目を伏せ、初めてまみえたときのことをシオンは思い起こす。まるで猫が毛を逆立ててでもいるかのようだったのだ。
そんなシオンへとカノンは冷たい半眼を向ける。
「正直なところ、殺されると思っていただろう? 酷い話だ」
「全くです。そもそも さんは候補生を助けてくれたのではなかったかしら。それなのにあんな――」
アテナまでもが便乗してシオンを睨みつけた。だがシオンは動じない。
「どのような人物であるか、試させてもらっただけのことでございますよ、アテナ。たった今、バートン殿も同じようなことを我々に対してされていた様子。――未知の存在がどのようなものであるか探りたいというのは、人間としてごくまっとうな自衛本能に他なりません。それほど他者を信ずるというのは、難しいものなのです。違いますかな? バートン殿」
こともあろうにシオンはマリーメイアに同意を求めた。だがマリーメイアが驚いたのはほんの一瞬。すぐに表情を引き締め、口元だけで笑みを作る。
「その通りですわ。ですが猊下とはお話が合いそうですね。またこの世界の方に対する認識が改められたような気が致します」
互いにまったく底の窺い知れない笑いを交わし合う二人はどことなく似通った空気を纏っている。カノンはげんなりと両者と見比べた。二人を挟んだ向こうの女神の口元も、どことなく引きつっているような気がする。
そういえばマリーメイアがやってくる前、 が再会の期待にそわそわしながらも、酷く緊張感をみなぎらせていたのだった。ふと思い出し、カノンは額を押さえた。
「会えばわかる、か。成る程な……よくわかった……」
思わずぽろりと本音が漏れる。これだけでは意味はわからないだろうに、マリーメイアの目が油断ならない光を湛えたように見えて、カノンは反射的に姿勢を正してしまった。
「なにかおっしゃいました? ああ、荷物を運んでくださるのね。では早速案内していただけます? 、参りましょう。では女神様、教皇猊下。これにて御前を失礼させていただきます」
そつなく無難に挨拶を済ませ、マリーメイアは を伴い謁見の間を辞した。古めかしい造りの建物を興味深そうに観察しては、 と何事か言葉を交わす。その様子はいかにも親しげで、双方とも久しぶりの再会を心から喜んでいることは疑いようがなかった。先程は随分と厳しい内容のやりとりを交わしていたというのに、もうなんのわだかまりも感じられない。
口を挟む余地など微塵もなく、カノンは無言で先を歩く。もうすぐ目的地というところで、不意にマリーメイアがカノンに話しかけてきた。
「カノンさんとおっしゃいましたね? これから を診るわけですが、時間がかかりますから荷物は部屋まで運んでいただくだけで構いませんよ。それよりも、モビルスーツ整備用の備品や物資を運んでくださるよう、門番の方達にお願いしてあるのです。先程、教皇猊下よりあなたが一番モビルスーツに関しては詳しいと伺っています。どこに運んだらいいのか、あなたが指示してあげてはいただけません?」
丁寧さを装いつつも、なにやら含蓄たっぷりである。要するに邪魔だからどこかに行けということだろう。やれやれと小さく溜息をつき、カノンは要求を受け入れることにした。文句も言わない。これから彼女が仕事をするのは本当だし、カノンがその場にいる必要がないことだって本当だ。辿り着いた部屋の扉を押し開く。
「わかった。―― 、前に01を置いていたところでいいんだろう?」
「ええ。よろしくお願いします。……ごめんなさい、面倒を押し付けて。それからマリーメイア、その物資とはまさか小型コンテナじゃないでしょうね? 今のところ不足しているものって、そうじゃなきゃ運べないものだと思うのだけれど……あれを人力で運べなんて無理を言ったんじゃ……」
「だって他に手段がなさそうでしたもの。それにここ、人並み外れた力をお持ちの方々がいらっしゃるんでしょう?」
「だからって……ごめんなさい、カノン……」
ひどく申し訳なさそうにカノンとマリーメイアを見比べる が少々哀れだった。最前の会話の様子から鑑みるに、どうやら はマリーメイアに頭が上がらないらしい。
「構わん」
が謝ることでもない。部屋の中へ荷物を置いて、カノンは身を翻した。言われたとおり、今ごろ重い荷物を運ばされている運の悪い雑兵達を探さねばならない。
すれ違いざま、身を屈めて の耳元で囁いてやった。
「夜にまた来る」
「はい……!」
嬉しげに口元を綻ばせた の表情と弾んだ声で、のけ者にされた不満も理由の良くわからない不快も一気に解消された。頬に軽くキスを落とし、カノンは部屋を後にする。
最後に目に入ったマリーメイアの呆気にとられた顔のせいでさらに良い気分になったことは、さすがに には秘密にしておこうと、そう思った。
Side-S:16章 Promised Reunion 9 END
蛇足部分の多かった16章に最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
そして大変残念なお知らせなのですが……
次の17章はまるまる蛇足なのです(`・ω・´)
どことなく欝っぽいというか緊張感のあるストーリーをお求めのお客様には大変申し訳ありません。
ですが一応夢小説であると謳っている以上、私としても多少は夢を見たいわけでしてw
聖域勢に囲まれているとはいえ基本的に長期にわたって孤立状態であったヒロインが、ようやくW世界の味方勢と合流できたのです。
そして同じく長期にわたって進展のなかったカノンとの関係もそれなりの合意を得た状況になったとなれば、少しばかりグダグダデレデレしてもきっとバチは当たらない!
……はず。多分。
というわけで、次の17章はタイトルも『Furlough』
賜暇というか、公暇ですね。
舞台を日本に移して、きっちりと夢小説をやってみようと思います(`・ω・´)
※でも書くのは私というのが最大のネックという罠w